61 無くした手帳と親友の手紙

 


 リナリアへ。


 何度も手紙を出したけど、迷惑に思っていないかな。

 手紙の話をミモザにしたら、内容はちょっと引く、と言われてしまったの。リナリアのことをたくさん書いたけど、私自身の話はしてなかったよね。今回は私の話をするね。

 実は最近、私も仕事を始めました。

 教会で働いているの。恥ずかしい話なんだけど、仕事が見つからないって、神仕え様に相談したら、貴女も神仕えを目指してみませんか、って言ってくれたんだ。

 私の神様はね、まだ私の事見守ってくれているみたい。そういう人は、神仕えの素質があるんだって。だったら、リナリアもなれるね。

 今まで知らなかったのだけど、修行とかもあって大変なんだ。頑張って仕事覚えるよ。まだ見習いだけど、私もゆくゆくは神仕えだからね、加護持ちの誕生に立ち会ったり、神様をもっと近くに感じたりするのかな。

 恩恵とか、加護とか、魔法とか、呪いとか、今までよく知らなかったこと、もっと知っていこうと思う。


 中略


 だからリナリア、辛い事があったら相談してね。

 私は一生リナリアの味方だからね。

 リナリアが頼れるように、立派な神仕えになるから、街に戻った時には、教会に立ち寄って。

 リナリア大好きだよ。ずっと親友でいてね。


 フリージアより。








 フリージアから手紙が届いた。前回よりはよほどまともな内容である。


「親友……」


 手紙の内容を思い出して、リナリアは苦笑する。嬉しいと思うのに、素直に喜べない。


 カーネリアンの事を調べるのに、サーシスの力を借りた。カーネリアンはまだ結婚していないと聞いて安心したが、フリージアと恋仲であるのは疑いようがないと思っている。あんなに素敵な人を手放す訳が無いからだ。フリージアがカーネリアンの話題を一切出さないのも、リナリアの気持ちを知りながら、恋人であることを気遣っているようにしか思えない。


 カーネリアンは王国騎士団に入るために、貴族の養子になったのだという。その貴族――ラドシェンナ家は、もともと彼の親族らしい。カーネリアンは教養も強さも申し分の無い騎士だが、平民というだけで、試験を受けるのが難しくなっていた。無事に試験さえ受ければ、あとは実力で出世できると聞いて、リナリアは納得した。


 リナリアはサーシスの元で、助手のような仕事をしている。

 研究の資料を纏めるのを手伝ったり、書庫の整理をしたりと、簡単なことをさせてもらっていた。解呪をしてもらう条件として始めた事だったが、リナリアは意外と楽しくやっている。

 リナリアがやりがいを感じているので、サーシスも少しずつ難しい仕事も任せてくれるようになった。魔法に関する研究をしているらしく、これを極めていけば、職には困らないと聞いて、リナリアはここに就職させてもらえないかと、本気で思った。


「親友?」


 リナリアの呟きを拾ったサーシスが聞き返してくる。


「あ、ええと……友達から手紙が届いたんです」


「ほほう。手紙ですか……手紙と言えば知っています? あの人、リナリアさんからの手紙、寝る前に毎日読み返しているみたいですよ。先日聞き出しました。愛されていますねえ、うっとおしくないですか?」


 あの人とはグラジオラスの事である。

 サーシスは面白そうに言っているが、悪意は全く無い。

 リナリアにとってサーシスは話しやすく、サーシスもまた、リナリアを好ましく思っていた。

 言動の端々から、サーシスがグラジオラスに好感を持っていることが伝わって、リナリアはそれだけで彼を同士のように思った。サーシスは言葉巧みにグラジオラスの話を聞きだし、彼が娘を溺愛する様子を思い浮かべては、ニヤリと、口角を上げるのだ。


「サーシスさんも、相当お父さんのこと好きですよね?」


「おやおや、わかりますか? 彼はそうは思っていないみたいですけどねえ、私は好きですよ、ああいう人。あれですよ、ツンデレってやつですねえ。見ていて飽きませんよ。リナリアさんには顔が緩みっぱなしですものね?」


「ええと……家で一緒にいるときは、いつも笑顔です。出かけるときは、きりっとしています」


 サーシスは、ぶは、と音を立てて吹き出した。


「いやあ、話を聞くだけで面白いですが、実際に見たいものです。でも他人がいると表情固めてしまうんですよ? そうですか……リナリアさんと二人きりだとニコニコなんですねえ……ふふふ」


 グラジオラスの話をしていると、サーシスは実に楽しそうだ。

 リナリアも自然と、楽しくなった。


 リナリアと会話をしながら、サーシスは別のことも考えている。

 今日はグラジオラスとカーネリアンが、レユシット邸で会う日なのだ。

 いつもはすぐに帰せとうるさいグラジオラスも、今日は一日リナリアを借りていていいと言っている。

 リナリアはもとより、もっと働きたいと言っていたので、否は無かった。

 カーネリアンがレユシット邸に来ていることを、リナリアは知らない。


(本当、秒読みなんですけどねえ……)


 グラジオラスも、リナリアも、本当によく似ている。

 外見だけではなく、内面も。

 本当に、代々恋愛に不器用な家系だなと、可憐な少女の横顔を見ながら、サーシスは思った。




 その頃のレユシット邸。


「着いたよ、カーネリアン君!」


 レユシット邸の前で止まった馬車から、二人の男性が降りた。

 先に屋敷の中に足を踏み入れ、オーキッドがにこやかにカーネリアンを迎え入れる。使用人の出迎えもそこそこに、オーキッドはずいずい進む。

 オーキッドは今日の話を設定した時から、決めていた通り、わざわざ馬車でカーネリアンを迎えに行き、一緒に帰宅したのである。

 この場に立ち会うために、オーキッドは仕事を調整していた。

 さあさあ、といっそ楽しそうにカーネリアンを案内する。


「……面白がっています?」


 カーネリアンは若干呆れながら言った。その顔にはありありと、人事だと思って、と書いてある。


「もちろん。面白そうだから帰ってきたんだよ」


 オーキッドは正直に答えた。



 グラジオラスは応接間で、不機嫌そうに眉根を寄せ、腕を組んでいる。椅子に深く腰掛け、カーネリアンを待っていた。

 オーキッドが帰って来るのは嬉しいが、非常に複雑な心持ちである。


 やがて騒がしくは無いが、優雅な靴音が部屋の外から響いてきて、待ち人が来た事をグラジオラスに知らせた。

 扉をノックして、満面の笑みでオーキッドが部屋に入ってくる。


「ただいま兄さん! カーネリアン君を連れてきたよ!!」


 明らかに楽しげな声に、グラジオラスは目線を上げた。

 オーキッドのやや後ろに、緊張した面持ちで、カーネリアンが立っている。


「……どうぞ」


 グラジオラスは声が低くなるのを自覚しながら、向かいの椅子に座るよう、カーネリアンを促した。





 グラジオラスとカーネリアンでは、カーネリアンのほうが、リナリアとの付き合いは長い。

 グラジオラスはたった二年しか一緒に過ごしていない。

 そんな自分から娘を取り上げるのか。……要約すればそのような内容の事を、グラジオラスは長々と、切々と、訴えていた。

 小言程度ではない。

 想像していたのと違ったのか、カーネリアンは呆けたように聞いていた。

 その話の節々には、カーネリアンとリナリアが結婚する事を前提として織り交ぜている。

 認める、認めないではなく、ただ父親の愚痴を聞くだけの場になっていた。

 オーキッドは笑いを堪えて、肩を震わせている。

 グラジオラスは、何故想い合っているのに、こんなに拗れているのかと、完全に人の事を言えない問いかけをカーネリアンにしてくる。

 一応、リナリアには好かれているという体で話を進めていたので、こういう質問がくるのだろう。

 長々と呪文のように続いた愚痴の途中で、不意にグラジオラスに問われ、カーネリアンは思わず口を滑らせてしまった。


「それは……手帳を読んで……」


 カーネリアンはリナリアの手帳を読むまで、両想いの自覚はなかった。だからつい、手帳という言葉が口を出たのだ。

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 問い詰められ、言いくるめられ、手帳を見せる羽目になった。

 カーネリアンは手帳を、肌身離さず持ち歩いている。それはもう、お守り代わりのように、大切に。

 勿論、リナリアの知らないところで勝手に見せるのは気が引ける。しかしそれはグラジオラスやオーキッドも同じだった。それでも気になってしまうのは人の性である。

 人としてどうかと思うが、グラジオラスはカーネリアンに共犯者になることを強要したのだった。



 カーネリアンに、手帳を手に入れた経緯も説明させ、中を見てようやく、グラジオラスは愚痴を溢すのをやめた。

 オーキッドも横から覗き、グラジオラスは暫く手帳を読みふける。

 手持ち無沙汰なカーネリアンは黙って待つしかない。

 ふと顔を上げると、グラジオラスが目を潤ませ、今にも泣きそうな顔をしていたので、ぎょっとする。

 ちょうど読み終わったところだった。


「え、泣くほど?」


 オーキッドは思わず口を挟む。


「リナリアは一途だな……」


 ぽつりと、グラジオラスは呟いた。はあ、と、溜息を吐く。

 暫く動かなくなった。

 沈黙が落ちる。

 カーネリアンは非常に気まずかった。オーキッドは面白そうな顔を崩さない。そのせいで深刻さが薄れる。どういう状況だと、誰かに問いたい気分だった。



 グラジオラスは、リナリアに一途に想われるカーネリアンを羨ましく思う。

 リナリアはグラジオラスと似ている。だが決定的に違うのは、リナリアの想いは正しく相手に理解されていることだ。

 自分もアザレアに伝えられたら。

 そんな、リナリアと暮らし始めてからは考えないようにしていた事を願ってしまう。

 リナリアが居てくれて幸せなのに、もう叶わない事を。

 戻れない過去を思い出す。



 徐にグラジオラスは立ち上がると、向かいに座るカーネリアンに手を伸ばした。カーネリアンも慌てて立ち上がり、グラジオラスの手を取る。

 カーネリアンの手が、力強く手を握りこまれた。


「君の事は、カーネリアンと呼んでも?」


「え、はい、是非」


「では、リナリアの幸せのために力を尽くそう。ただ、少しばかり、私の要求も呑んで欲しい。受け入れてもらえるなら、カーネリアンは、リナリアの婚約者だ」


 カーネリアンに、グラジオラスの心は、読めない。だが、深い海の瞳は、カーネリアンを拒絶していなかった。

 婚約者という言葉が、頭の中で反芻される。

 リナリアの、婚約者。

 急に実感は湧かないが、じわじわと、体に力が巡っていくような感覚がした。

 要求がどんなものだとしても、成し遂げる。

 それでリナリアが手に入るのなら。


「……はい」


 カーネリアンは、グラジオラスを真っ直ぐに見つめ返し、答えた。








 前略


 リナリア、王都では元気で過ごしていますか。

 先日、フリージアが手紙を出したと言うので、何となく、どんな内容を書いたのか聞いてみました。リナリアの事を褒め称える言葉しか書いていないようだったので、フリージアの近況を書いてはどうかと、余計な助言をしておきました。

 少しはまともな内容になっているかしら。

 ところで、カーネリアンが王都勤務になったらしいです。そちらで会えるかもしれません。

 そろそろだと、皆で言っているのですが、どうでしょう。変化はありますか。

 カーネリアンがリナリアに会いに来る事があったら、是非、報告が欲しいです。

 私もずっと諦めずに、ランス一筋です。

 最近、少しだけ、私を見てくれるような気がします。

 リナリアが早く結婚してくれれば、諦めて私と結婚してくれるかも。

 なんてね。

 もう丸二年会っていないので、たまにはリナリアの顔が見たいです。

 次に会えたら、直接話したい事がたくさんあります。

 もしかしたら、謝らないといけない事も。

 何となくだけど。

 私は元気です。リナリアも体に気をつけて。


 ミモザより







 レユシット邸に戻ったリナリアに、渡し忘れた手紙があったと、デイジーが言った。

 受け取った手紙の差出人は、ミモザである。

 部屋で封を切り、読んだ内容が、見事にフリージアの手紙と関わっていたので、少し笑ってしまう。


(でも、謝らないといけない事って、何だろう?)


 無くした手帳のことは、リナリアはすっかり忘れていた。





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