11 不穏

 違和感は、教会に入る前から感じていた。


 道を歩くと、人々の視線が突き刺さる。

 それは、今までリナリアに向けられることのなかったものだ。

 当たり前に享受してきたものが、ある日突然、全くの別物となり、同等の量が降り注ぐ。

 いつもは一人で歩けば、リナリアを慕う子達が誰かしら寄ってくるのだが、今日はそれもない。

 今は実際声も出せないが、言い様の無い不安が襲う。

 昔から、リナリアは自分が特別だと暗示をかけてきた。

 同じように、大丈夫だと、自分に言い聞かせる。

 何も不安に思う必要はない。

 声はすぐに出せるようになる。


(だって、私は神様に愛されているから……すぐに許してもらえるわ)


 まだ、自分の気持ちを誤魔化せていられた。


(でも、私のことよりも、お母さんを……)


 母の体調は年々悪くなる。

 加護はリナリアにしか影響しないのだが、祈らずにはいられなかった。


 心の奥底では、リナリアが一番、神様の愛を疑っていたのだけど。




 教会の中には、まばらに人がいた。

 まずはカーネリアンを探すが、見当たらなかった。

 まだ来ていないようだ。

 心細くなる。

 リナリアが入ると、やはり遠巻きに見られているのが分かる。

 今日は誰も周りに集まって来ない。


 予感はしていた。


 おそるおそる中ほどへ歩いていくと、リナリアに一人、二人と寄ってきた。

 その目には、疑惑の色が浮かんでいた。


「リナリア、おはよう」


 挨拶されたが、やんわり笑みをつくり、頷くことしか出来ない。

 友人たちは戸惑い、お互いに目を見合わせた。

 逡巡し、やがて一人が切り出す。


「ねぇリナリア、声が出ないって本当……?」


 リナリアは目を伏せた。

 そんな気がしていたが、リナリアの事情は知られてしまっている。

 心配というよりは、良くない思いを抱かれているようだ。

 神支えが、人に話したとは思えない。

 すぐに、フリージアの仕業だと思った。

 フリージアがどのように話したかは分からないが、この反応を見る限り、まだ半信半疑といったところだ。

 声が出せれば、いくらでも弁明できる。リナリアの場合は、取り繕うと言ったほうが正しいが。

 しかし、声が出ないのは事実なのだ。

 服の裾を強く握りしめる。

 母が刺繍してくれたスカートが、しわになってしまった。

 仕方なく、リナリアは頷いた。







 リナリアが、弱気な態度であることが、余計真実味を増してしまう。

 よっぽど悪いことをして、普段強気なリナリアもばつが悪いのではないかと。

 ここにいる友人たちは、リナリアとあまり親しくはない。

 それぞれの親に含みのある言い方をされていたから、態度が変わるのも早かった。

 恵まれ過ぎたリナリアに、思う所もあって、次々とリナリアを責める言葉があがる。


「フリージアが、泣きすぎて顔を腫らしてたのよ」


「いくらリナリアでもやり過ぎだよ」


「ちゃんと謝ったの?」


「聞いたんだけどさ、」


 彼らは段々、リナリアに詰め寄っていく。いつの間にか人が増えていて、リナリアを囲む形になった。


「神様の加護、無くなっちゃったんでしょ?」







 違う。

 リナリアは心の内で咄嗟に否定した。

 自分は、別の神様を怒らせただけだ。

 リナリアの神様は、まだ……


「いつもの口癖、言えないね」


 言い返せなかった。

 頷くことも、首を振ることも出来ない。

 リナリアは周囲に甘やかされて育った。悪意を向けられることに慣れておらず、対処の仕方が分からなかった。

 自己暗示が解けていくようだった。


「カーネリアンだってね、内心迷惑してるのよ」


「………………!」


(違う!! カーネリアンは、)


 話せないと分かっているのに、口を動かさずにはいられなかった。

 他人にもそう思われるということは、まるで真実のようではないか。

 カーネリアンに嫌われているかも知れない。

 何度も考えたことだ。


 これまでリナリアを持て囃してきた人達が、手のひらを返す。

 言葉の棘に、もう耐えられそうにない。


 逃げ出したかったが、どうやって抜け出せばいいか分からなかった。


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