本文

始めに語るは前日譚

「――で、その桃太郎ももたろうって言うの? 彼がなんて?」


「ええ、鬼ヶ島おにがしまに鬼退治に行く、と言っているそうです」


「へえ、鬼退治。うちに? 何人くらいで来るのかな? 周りの村って言ったってこ

こ二十年は特に争ったりとかもなかったと思うけど」


「そうですね。人数は把握しておりませんが、もし本当に退治、と言うつもりなら村一つや二つでは済まない程の人数を集めてくるでしょうね」


「はあ、それはまた面倒だなあ。なんだって今、退治されなきゃいけないんだろう」


「それは私にもわかりかねます。けれど、すぐにではないと思われます。報告によると、彼はまだ年端もいかない子供のようですから」


「そっか、ならむしろ飽きてやめてくれる可能性だってあるんだ。大人になるまでにちゃんとした考えを持ち直してくれるとありがたいんだけど」


「ええ、そうですね。それで、どうされますか? 長」


「そうだね、一応桃太郎君の周囲を警戒しておこう。彼自身に力が無くても、もしかするとそれなりの魅力はあるのかもしれない」


「ええ、承知しました」


「怖いのはそこなんだよね。無茶なことを平気で言う人に、人はカリスマ性を感じざるを得ない。それが蛮勇か、はたまた、ただのドあほうか。それについてくる人も一

筋縄ではいかないんだよね」


「ええ、では周りの村を含め、情報を集めます」


「うん、お願い――あ、あと、彼の両親についても調べておいてくれないかな?」


「ご両親ですか?」


「そう、鬼退治が夢見がちな子供のさいな夢だといいんだけど、本気で言っているなら、本気で息子にそんなことを言わせているのなら、そいつがどんな親なのかを知っておきたいと思ってね」


「かしこまりました」


「それじゃあ、一応俺も体を鍛えておくとするかな」


「ふふ、そうですね。ですが、あなたは統率すべきお方。失礼ですが、あなたが今から鍛えたところで周りの皆さんの足下にも及ばないのでは?」


「いやあ、せめて人間には勝てるくらいにしておかないとね。それに――」


「それに?」


「話し合いで解決できるならそれに越したことはない。話し合うにしても、こっちにもそれなりの説得力が無いといけないからね」


「はあ……ですが、それと筋力に何の関係が?」


「うん、つまり、一口に話し合いと言っても、過程と結果は様々って事だよ。和平もあるし、お互いに譲歩することもある、そしてもちろん、脅迫によって決着することも必要だってことだよ」


「なるほど、笑顔でなんということを仰るのでしょう」


「まあ、一番いいのは和平だし、もし出来るのなら、お互いに出会わないのがいいんだけどね」


「はい、そのためにも監視を続けます」


「うん、お願いね」




「で、その後どうかな」


「はい、報告によると、今のところ彼に目立った動きはないそうです」


「はあ、半年経つ頃には何かあるかと思ったけれど、随分のんびりしているんだね」


「そうですね。周囲に確認してみても、彼に協力をあおがれたこともなく、また、本気で鬼退治に行こうとしているのかもわからない。とのことです」


「そっか、これは本当にただの話だった。って事でいいのかもしれないね」


「かもしれません。ですが、桃太郎が最近剣の稽古を始めたという話も聞いております」


「剣の稽古ねえ。それは誰に?」


「いいえ、誰に師事しているというわけではないようです。恐らく我流、もしくはご両親に教わっているのかと」


「両親……そう、両親だ。彼の両親については何かわかったかい?」


「今のところなにもわかってはいません。けれど、逆に何もわからないと言うことがわかりました」


「というと」


「彼らは周囲の村との接触を避けているようなんです。桃太郎の稽古の様子も、村人が興味本位で覗きに行ったというだけで、桃太郎含め、一切村との交流はありません」


「はあ、その状態でよく鬼退治の面子を揃えようとしたもんだ。まあいい、とにかくその二人についてはもう少し調べておいて」


「かしこまりました」


「ううん、不思議だなあ。ふんに駆られて、というほど俺たちは村の

人たちに危害を加えたわけじゃないし、仮に危害を加えていたとしても村との接触がない桃太郎君が鬼退治に行くという理由にはならないだろうし。君はどう思うかな」


「私ですか? ええ、ですが私にも想像できません。退治、退治と言ったのなら……ううん、それこそ鬼だからという理由でなのかもしれませんし」


「そうか――鬼ねえ」


「最近は滅多に聞きませんが、鬼はなんとしても退治しなくてはならない。と考えて

いる人間もかつてはおりましたし」


「とは言ってもねえ……鬼の語源、おんの通り、ただ見えないけどそこにあるもの。くらいの感覚でいてくれたらいいのに」


「なかなかそういうわけにはいかないものですよ」


「ううん……こんな島まで来たんだから、そろそろ無視してくれよ。角だって僕らみたいに若い世代のは――こんなに短いのに」


「ええ、もうほとんど小石を乗せたようにしか見えませんね。時に長、それはつまりちゃんと外からも見えるような長さの角を持つ私は、古い世代の鬼だ。とそう仰りたいのですか?」

「え、い、いやあ! そんな、そんなことはないよ、同じ世代にだって長さの違いはあるし、いや、実際俺と同い年くらいだと思っていたよ。むしろ年下? みたいな」


「――それはそれで嫌なので、不合格です」


「おっと理不尽!」


「女心も知る必要があります。長」


「はあ、そうかな」


「――ええ? はい、確認しました。長、報告がもう一つ」


「なにかな」


「桃太郎宅には鎧と太刀がひとそろえになって置いてあるそうです。どこから持ってきたものかはわかりませんが、一般の家に置いてあるには不自然なほど立派なものが」


「鎧、おじいさんは何処かの武士だったのだろうか」


「そういった話も聞きません。第一、何処かの武家のものなら、あそこまで離れた地でいんとん生活をさせられる理由もわかりませんし、跡継ぎをそうそう死にに生かせるとも思えません」


「だよねえ。ますます彼ら二人の存在がわからなくなってきたよ」


「取り急ぎ、彼らの正体を知らねばなりませんね」


「そうだね、ほとんどそれを優先してもらっていい、動きが少ないうちはね。周囲の村の動きや本人の動きはもう少し後でもいいかもしれない」


「かしこまりました」


「鬼も腕っ節が強いとはいえ、鎧に刀に仲間まで揃えられたらひとたまりも無い。ちょっとまずいかもしれないな」

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