悪魔の脅威
チラッと横目で見やると、シルファの真横には異形な腕がいつでも反撃できるように準備されていた。最初からシルファを生かして帰そうなど考えていないことに、シルファは気づいていた。
距離という概念を覆す穴。そしてそこから現れる異形な腕や足。こちら地上に居る魔術師が使えるような魔術ではない。否、そもそも魔術と呼べる概念ですらない代物だろう。
そんなことを考えていると、クスリとローゼンは笑う。シルファの思考を読んだかの如く、自らの腕を引き寄せる。
「ならば実力行使でしかありませんね。でも私に勝てるとでも? あなたは私の力に、手も足も出ていないというのに」
「それはどうだろうか。こちらとて、まだまだ本領発揮したわけじゃねぇんだ。少しは楽しませてくれよ!」
超高速移動。それは先ほどよりも濃密に魔素を込め、ギリギリまで身体強化したシルファの実力。
目に見えない速度でローゼンへと肉薄する。そして行く手を阻む異形な腕を蹴り飛ばす。
込められた魔素は腕の内部へと侵入し、内側から破裂する。しかし先ほど同様、崩れかけた腕のままシルファを薙ぎ払おうとする。
とはいえ二度も同じ技を喰らうつもりは毛頭ない。迫ってくる腕に対し、即座に距離を取って一撃を避ける。さらに後隙を逃さないよう今度は遠距離から魔術を発動する。
しかしシルファは全くもって詠唱しない。その代わり指に魔素を込め、宙に何かしらの文字を描く。
完成した文字は宙に浮いたまま形を作ると、そのまま黒い剣を象る。大きさは異形な腕とほぼ同じ程度。そんな巨大な剣は宙に浮いたまま前方へと射出される。
『ファントムウェポン』と呼ばれる黒の魔術。破壊に特化した武器を生成し、意のままに操作することの出来る魔術である。実際、フィーアやルビカにも見せたことの魔術だが、如何せん威力や規模が桁違いに高い。
剣は巨大な腕を刺し貫いたかと思うと、そのまま自身を崩壊させる。内側から砕いた腕はズタズタに引き裂かれ、動くことはもうできないだろう。
一息ついていると、少し離れた位置に待機しているローゼンから、意外そうな声でシルファに問いかけてきた。
「もしかしてそれ、記載魔術かしら? 詠唱魔術が主流な今、そんな古風な魔術を使うなんて変わっているのね」
「そいつはどうも。俺はこっちの方が得意なんだよ」
記載魔術というのは文字通り、手で呪文を記載することで魔術を発動する方式の事である。ローゼンが言った通り、今では口で詠唱する魔術の方が使われることが多いが、シルファは記載魔術の方が慣れている。なぜならば――
「だってよ。口は一つしかないけど、手は二つもあるだろ? なら応用すればこんな感じなことも出来るし」
口にしたと同時に、シルファは両手に魔素を込めて宙に魔術の発動キーとなる呪文を記載する。左右全く同じ文字を描くと、先ほどと同じ巨大な剣が二本現れる。
飛ばした二本の剣と共に、シルファも突撃する。
二本の巨大な剣は異形な腕を再度串刺しにして動きを封じる。まだ両足が残っているだろうが、お構いなしにシルファはローゼンに目掛けて突っ走る。
あの異形な腕や足は得体がしてない。何度破壊しようと傷を負ったまま攻撃を行い、穴に引き戻されたら瞬時に回復している。どれだけ壊しても意味がないのだ。
だから狙いは操作しているローゼン本体。腕と足は最悪放置するのが良いだろう。といっても――
「流石に単調すぎないかしら? 先ほどと同じですわよ」
両腕を封じても、まだ両足は残っている。上空に現れた穴から異形な足が出現し、シルファを押しつぶそうと踏みにかかる。
しかしシルファも同じ手を喰らうわけにはいかない。上空から足が襲ってくることは予想できていたため、あらかじめ自分が進もうとした経路を瞬時に変更。降り注ぐ両足を難なく避けることに成功する。
「な――っ⁉」
その速さはおよそ人間に視認できる速度ではないだろう。瞬時に姿を消したかと思えば、シルファはローゼンの目の前までに移動していたのだから。
さらに魔素を込め、魔術を発動。一本の長剣を出現させると、そのままシルファは剣を掴み、ローゼンを袈裟懸けに切り裂く。
赤黒い鮮血がほとばしる。しかしシルファはその手ごたえに妙な気配を感じた。
切った感じがしない。まるで粘土を切り裂いたような、微妙に粘膜のあるような感触でローゼンを切った。
まるでそれは、あの異形な腕や足のような手ごたえのなさ。切られたローゼンも、痛む素振りすら見せず、ただ自身が切られたという事実を認識しているだけのようであった。
その様子に恐怖を感じ、シルファは大きく跳躍してローゼンから距離を開ける。その間、自らの身体を見下ろし、ふぅとローゼンはため息を吐いた。
「……これは参ったね。まさか本気で私が切られるなんて。流石に手を抜いている場合じゃなさそうだ」
「へぇ、まだ本気じゃないって言いたいのか? 奥の手ってやつがあるなら、さっさと見せてみろよ」
挑発をするも、シルファは気を緩めることはしない。おそらくローゼンの言葉は本気だからだ。
今まで全くローゼン自体は動こうとしなかった。両腕両足を動かすためのデメリットなのかもしれないが、それにしても動きが単調であったことに、疑問を感じていた。
その疑問に答えるように、ローゼンはすべての腕と足を穴の内部に引っ込める。そして自身の目の前に一つの穴を出現させ、自ら飛び込む。
骨と内臓が潰れ、抉れ、折れるような音が数度響き渡ったのち、一つの巨大な穴が上空に出現する。
何が来るかと待ち受けていると、超巨大な何から現れる。穴から落ちたそれは空間に着地すると衝撃を発生し、びりびりとシルファのいるところまで轟かせる。
現れたのは先ほどの腕や足を付けた異形な存在。四足歩行ではあるが、胴体も巨大。そして一番の特徴と言えるのは、その顔であった。なんと顔が三つもあり、それぞれの頭部には角が生え、獣に悪魔の仮面を被らせたような姿をしていた。
「これが私の本当の姿。種別をケルベロスと呼ぶ。三つ首の悪魔を象徴とした魔人の姿よ」
「……こいつはたまげたな。本物の悪魔とご対面できるとはな」
「私が呼び出した魔人、ゴブリン共と一緒にするなよ? 私は正真正銘の悪魔の力を受け継いでいる。その本気を味わえることを、光栄に思うんだな!」
三つ首の顔が同時に口を開く。魔素を込めた一撃は、魔術を発言したのと同じ威力らしく、三種の魔術が同時に放たれる。
だが発動した魔術の組み合わせが最悪だった。ローゼンが使った魔術は、赤と青と黄。水流を電気で分解し、発生した蒸気に灼熱が加える。それによって発生するものは――
大爆発。魔術の着地点となる箇所で大規模な爆発が発生した。魔術自体は避けられたものの、爆発の衝撃によって吹き飛ばされたシルファは苦悶の声を上げる。
「ぐ――っ!」
吹き飛ばされた衝撃で地面と呼べるべき空間に叩きつけられる。肺に残っていた空気を吐き出し、意識が刈り取られる。
だが瞬時に回復した意識でなんとか状況を理解する。既に目の前まで突進してきたローゼンが居ることに。無理矢理身体を起き上がらせ、迫ってくる一撃をぎりぎりで回避する。
「ほらほらほら! 一息つく暇なんてないわよ!」
回避した着地先目掛けて、ローゼンは腕を振るう。丸太のような太さを持つ腕を真正面から受け、大きく吹き飛ばされる。
遠くにあった書棚に叩きつけられ、バラバラと本が舞い上がる。ずるりと重力に従うようにシルファの身体が落ち、見えない空間に倒れる。
さらに目の前には腕を構えたローゼンの姿が。地に付しているシルファ目掛けて拳を叩きつける。
衝撃が拡散し、辺りに響くような衝撃音が発生する。数トンほどの力を正面から受け、シルファの身体が千切れ飛ぶ。
片足が潰れ、腕もあらぬ方向へとへし折れている。既に身動きすることもできないシルファに対し、ローゼンは自らの魔術を発動するため、大きく跳躍して距離を置く。
「これでお終いよ!」
倒れ伏すシルファ目掛けて、ローゼンは再度口を開く。三つ首それぞれに異なる魔術がこめられ、最強の一撃が用意される。
赤と青と黄の魔術が一斉に放たれる。同時に受けたシルファの位置を中心に、大規模な爆発が生じる。
もくもくと発生する煙に、ローゼンはうっとうしそうな表情で見つめる。流石にあの爆発を直撃したら跡形もないだろうが、念には念を入れて死体を確認しておこうと考えていたのだ。
「まぁ生きていても、五体満足って訳はないでしょう。ここまでやれば流石に肉塊になっているでしょうし。それにしても疲れましたわね……」
ふぅ、と疲れような仕草でため息を吐く。まさか自分がこの姿で応戦することになるとは、思ってもいなかったからだ。
ただの天人があの一撃を防げるはずもない。そもそも、その前に四肢を破壊しているのだから、立つことすら困難のはず。だからこそ、もう生きているはずがないと思っている。
「早いとこ姫様を連れて帰りませんと。確認しなくてもどうせもう――」
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