可愛らしい魔術師
ルビカが驚いている最中、シルファとカリアは二人だけにしか聞こえない声量で話し合う。
「してシルファよ、この現状はなんだ? なぜこんな学園なんぞに魔人がこうもうじゃうじゃと現れている?」
「そんなこと俺が聞きてぇくらいだよ……詳細は分からないが、この学園に潜んでいた教師が魔人を呼び寄せた、ってのが妥当だろうな」
「なるほど……確かにこの数を相手にするのは、学園の教師だといささか骨が折れるだろうよ」
チラリと辺りを見回すと、教師たちが必死になって生徒たちの前に立ち、魔人たちを相手している。しかし力量の差も歴然としており、時折突破されている地点もある。
その地点では代わりに勇気のある生徒たちが防いでくれていた。しかしまだ力及ばず、何とか持っているのがギリギリだというところ。
ならばと言わんばかりにカリアはシルファへと目配せをする。シルファもそれだけで何をするのか理解し、頷きだけで返す。
シルファはカリアから離れ、全生徒たちへと向かって声を張る。
「みんなグラウンドの中心に固まれ! カリアの魔術に呑まれるぞ!」
シルファの言葉に皆、一斉に振り返る。いったい何のことを言っているのだろうと困惑している様子だったが、すぐにその意味を理解することとなる。
たった一人の少女。それこそ、学園内の生徒と比べても遜色ない程度の幼さである少女の周りに、あまりに濃密な魔素が集まっていくのが目に見えて分かったからだ。
「『赤説はここにありて、赤き獅子は、煌々と吼えろ』」
カリアは指を一本だけ高々とかがげ、朗々と呪文を詠唱すると指を中心に高熱の炎が宿る。
その温度は百を超え、千にたどり着くほどの灼熱。見ただけでその魔術がどれだけのものかを理解されるほどの、圧倒的な才能。
魔術の恐ろしさを知ってか、魔人たちは一斉にカリアから距離を離す。それはつまり生徒教師群から離れる事であり、カリアは迷うことなく手に込めた魔術を魔人たちへと放つ。
魔人たちも抵抗して灼熱に対して黒の魔術を放つが、ことごとく熱風によって吹き飛ばされる。幾人もの魔人が灼熱に飲み込まれ、苦悶の声を上げた。
だがしかしカリアは手を止めない。さらに詠唱を続けて紡ぐと、先ほどとは異なる魔素が具現化し、もう片方の指へと集まる。
「『青説はここにありて、青き龍よ、雄々しく噛み砕け』」
灼熱とは真逆の、冷たい水。しかしその刃は鉄をも切り裂き、一度飲み込まれれば紙屑のように潰される圧力を兼ね添えている青の魔術。
水はカリアの意のままに動き、灼熱から逃れた魔人たちを飲み込んでいく。水中に取り込まれた魔人たちは身動きもできず、水底へと叩きつけられ、その体内をひしゃげた。
「な、なんなのよあれ……赤の魔術『ボルケーノレオ』に青の魔術『メイルストローム』って、どっちも最上級の魔術じゃないの!? どうしてあんな少女がいとも簡単に使いこなせているのよ……」
「いや、そもそも魔術の概念を覆しているじゃないの。だって、どうして赤と青という相反する色の魔術を使えているのよ……?」
どこからか驚愕の声が上がっているが、シルファは一々答えることはしない。
わざわざカリアを『虹の担い手』だと公言する必要はないし、そんなことをしても特はないからだ。――まぁ、自慢したい気持ちはあるがここはぐっと堪えて。
魔人たちを一網打尽したことを目の当たりし、シルファは即座に判断する。この場はカリアに任せ、自分はローゼン教師に攫われたフィーアを助ける算段を。
シルファはポンとカリアに手を置き、満面の笑みで告げる。
「よし、じゃあここはカリアに任せても問題なさそうだな!」
「うぇ⁉ 今なんて言ったシルファ!? 私一人でこんなところに残すといったのか⁉ 知っている人が誰もいないここに!?」
「非常事態だからそのくらい度量でカバーしてくれ! フィーアを見失ったら助けられないだろ!? ――というわけでルビカ、フィーアの位置は分かるか⁉ 魔素の探知については簡単に教えたけど察知できるか?」
「え!? え、ええっと、微弱だけど、フィーアの魔素はあっちの方向に流れていっているはず、だよ。絶対とは言い切れないほど消えかけてるけど……」
先ほどまでの威厳ある表情から一変、涙声でカリアはシルファに抗議するも華麗にスルーする。
突然問いかけられたルビカはそんなカリアを見て目を泳がせたのち、先ほどまで探索していたフィーアが居るであろう場所を指さす。
指さされた方向を見やると、礼を言う代わりにルビカの頭を撫でてやる。するとそれを間近に見ていたカリアが嫉妬深そうな眼差しで二人を睨みつけた。
カリアの視線に気づかず、咄嗟の事に驚いて見上げるルビカに対し、ニカっと笑ってシルファは告げる。
「大丈夫。フィーアは絶対連れ戻してくるよ。――例え俺の命に代えてでも」
「え、え……?」
シルファが後の方に言った言葉は小さくて聞き取れなかった。しかし一瞬だけ自分のことを『俺』といったかと思い、ルビカは首を捻った。
しかしそれ以上は問いかけることが出来なかった。何故ならシルファが魔素を具現化し、『コンセントレーション』した力で飛び去ってしまったから。
残されたのは生徒たちと教師たち。そしてまだ地面から現れる魔人たちと――
「う、ううぅぅ――ッ! 分かったわよ。やってやるわよ! シルファのバーカ!」
何故か涙を浮かべながら魔人たちを相手取りながら、シルファの事を悪態づくカリアだった。
「憂さ晴らしさせてもらうから! 『緑説はここにありて、世界樹の根よ、有象無象を絡みとれ』」
完全に八つ当たりするカリアはさらなる魔術、『ユグドラシル』を発動する。地面から生える巨大な蔦が魔人たちを取り囲み、人の腕のように薙ぎ払った。
三つの魔術を同時に使いこなす魔術師。学園内の人々は尊敬と畏怖の眼差しでカリアを見つめ、呆気に取られている。
これが自分たちが目指す、最高峰に到達した景色なのだと。
「ふんっ。まだまだ現れるか魔人共。他にも試したい魔術は山ほどある。精々楽しませてもらおうか」
魔人たちを一端跳ねのけることに成功したカリアは、一度魔術を停止させる。
すると自身に視線が集中していることを今さら悟るや否や、口をパクパクと開閉させながら赤面し始める。
その姿は先ほどまでの悠然とした姿の魔術師ではなく、年相応の少女よりもさらに幼く見える。
挙句の果てにカリアは涙目になり、べそをかき始めた。
「う、うぇぇ……わ、私を見るなぁ――ッ! それよりも、お前らも魔人たちと戦えよぉ――ッ!」
なんだか可愛らしい姿に皆、毒気を抜かれる。だがしかし魔人たちを目の当たりにしている教師たちはカリアの魔術の邪魔にならない距離で魔人たちと応戦し始める。
これがのち、『可愛い魔術師』と世間に話題になることとは、誰も知る由もなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます