もう一つの任務

 寮にてパーティが開かれている最中、シルファは一人学園の中へと侵入していた。

 目的は勿論もう一つの任務の対象。禁呪書を探すためである。今なら教師もパーティに参加していることで、学園が手薄なのだ。


「さて、と。今夜にでも見つかれば儲けもんなんだけどな……」


 隠すための鞄を引っさげながら、学園内を歩き回る。各教室に隠しているとは考えにくいため、生徒が使わなそうな部屋をくまなく探す。

 今は学園長室へと侵入したところ。中にある資料を手あたり次第漁る。

 しかし目当てとなりそうな本は一向に見当たらない。次第に苛立ちが募り、舌打ちをしながら鞄から通信用の宝石を取り出す。

 通信を始めると、すぐさまカリアと接続が繋がる。


『はいよ。こんな夜更けにご苦労さん。恐らく禁呪書が見つからなくて困っているところかと思うが?』

「分かってんなら話は早いな。その通りだ。この学園内に禁呪書なんてものあんのか? これだけ探してもないって言うなら眉唾もんってことじゃねぇのか?」

『そう言うと思ってこちらでも調べてみたさ。――私が禁呪書を紛失して今まで、学園内の図書館には数回程度の書籍が搬送されたらしい』

「そりゃそうだろうな。新しい書籍を取り入れるのが学園の基礎だ。魔術書ならなおさらな」

『確かにな。だけどその書籍の冊数が尋常ではない。どう考えても学園内に配置するだけの数を超えているのだよ。――ここまで言えば、お前さんでも分かるだろう?」


 おとがいに手を当て、しばし考え込む。すると一つの考えが浮かび上がり、カリアに問う。


「まさか地下アンダーグランドに蔵書があるとでも? わざわざ魔人が住まうとこに禁呪書を置いておくか?」

『その考えが間違えだ。地下と言っても魔人が住むところまではいくはずがあるまい。狭間である空間、ダアトに蔵書があるはず。そこに目当ての禁呪書があるはずさ』

「……分かった。なら今夜はその通路があるかだけ確認しておく。実際の潜入はまた明日にだな」

『好きにしな。だが忘れるなよ。もうお前がそこに入れる時間は少ないのだからな』

「そんなこと言われなくても分かっているっつーの。んじゃ、通信を切る」


 返信を待たずに通信を切り、目的地の図書館へと向かう。

 歩みを進めながら、シルファはこの一月の事を思い返していた。学園というものを知り、友達というものを作り、成長していく過程を見ることが出来たことを。

 全てシルファにとって、初めての経験であった。――勿論、女学園で経験したあれやこれも初めてではあったが。

 それももう少しで終わりを迎える。始めは心から嫌だったが、終わりが近づくと寂しさが増していく。


「夢はいつか覚めるもの、か。全くその通りだよ」


 図書館の入り口を前にして嘲笑する。始まりがあれば終わりもある。これが終われば、シルファは元通り別の任務に就くことだろう。

 ならば今は何をすべきか。任務を達成すること、それだけなのだ。

 図書館の入り口を魔術で破壊し、中へと侵入する。前回調べた上階ではなく、今回は一階を念入りに調べる。

 書棚は前回調べたため、今回は受付付近を探す。生徒が近寄ることが出来ず、かつ教師のみが使える場所となればここだろう。

 受付には端末が置かれており、図書館内の本を管理しているようだ。シルファは端末には目もくれず、背後にあるスペースを注視する。


「ん? ここなんか違和感あるような……」


 何もない空間。他の場所には資料などが置かれているにもかかわらず、そこだけは何も置かれた様子がない。

 あまりにも怪しすぎる場所に、シルファは魔素を具現化する。魔素を込めた手の平を地面に這わせると、ズルリとフロアの板がスライドし、地下への通路が開かれる。


「ビンゴ。この下に禁呪書が――」

「誰かいるの!?」


 突然、背後から声が轟く。心臓が飛び跳ねるものの、すぐさまフロアの板を元に戻しながらデスクの下へと身をひそめる。

 図書館に入ってきたのはローゼン教師であった。手元で明るくしながら、コツコツと受付へと近づく。

 シルファが隠れている真横、つまりは先ほどシルファがスライドさせた地面で足を止め、その場でキョロキョロを見回す。


「おかしいわね。図書館の鍵が壊れていたから、不審者でも侵入していたのかと思っていたのだけれど……」


 困り顔で呟くと、デスクの上へと腰掛ける。真下にはシルファがいるが、気付いている様子は見えない。

 ドクン、ドクンとなる心臓音がうるさい。息も静め、気付かれないよう気配もかき消す。

 するとその願いが通じたのか、ローゼン教師は立ち上がってその場から離れていった。しかし図書館内にはまだいるようで、念のため巡回しているらしい。


「ふぅ……今日はここらへんで退散するのが吉だろうな」


 もし寮に居ない生徒を探し出されて、シルファの名が挙がるのも不味い。ここは素直に撤退し、明日試みるべきだろう。

 シルファは音を殺したまま、図書館を出て行く。背後でローゼン教師が気付いたようだが、見つかる前に即座に寮へと帰宅する。

 寮へとたどり着いたとき、念のため背後を確認する。追いかけてきた様子はなく、ホッとするも、一つ疑問が生じた。

 何故、ローゼン教師はこんな夜更けに図書館に来たのだろう、と。

 何かしら目的があって来たに違いない。しかしシルファの存在に気付いた様子は見られなかった。一体どういうことだろうか。


「ま、考えても仕方ないか。今日はゆっくりと休ませてもらおう」


 確か今夜は寮内にてパーティをやっているはず。参加すれば大量のクラスメイトに詰め寄られることは自明の理。それ故にシルファは正面から入らず、回り道して窓から自室へと入ることにした。

 手入れされた花壇を飛び越え、忍び足で寮の外側を進む。自分の部屋を見つけ、窓目掛けて跳躍しようとする。

 が、その直前に両腕を掴まれ、阻まれる。驚きのあまり声を無くしていると、押さえているのはフィーアとルビカであった。


「見ーつーけーた――ッ!」

「も、もう逃がさないわ!」

「フィーア!? ルビカ!? どうしてこんなところに?」

「あなたが戻ってくるのを待っていったのよ。どうせ入り口からは来ないと予想していたけど、まんまと当たった訳ね」


 怪しい笑みを浮かべながら、フィーアとルビカはずるずるとシルファを引きずるっていく。何処へ連れていかれるのかと冷や汗をかいていると、寮の裏口へと到着する。

 その裏口は食堂の入り口。つまりは今現在パーティの真っ最中の現場である。

 そこを目に入れた瞬間、シルファの顔色は真っ青になる。何とか逃げようともがくも、魔素によって強化された二人の腕は全く外れなかった。


「ちょ――ッ!? 待って!? 何もそこまでしなくても――」

「行ってらっしゃーい」

「ど、どうぞ頑張ってください」


 ルビカが扉を開けると、大量のクラスメイトが。そしてフィーアが勢いよくシルファをその中へと放り投げ、扉を閉める。

 無情にも施錠された扉を目の当たりにした後、背後から黄色い声が沸き上がる。


「シルファだわ! あ、あの私にもレッスンをしてください!」

「抜け駆けは許さないわよ! シルファさん、わたくしにも!」

「え? ちょ? うわぁぁッッ!?」


 大量の女子生徒にもみくちゃにされ、身動きも出来ずに人の流れに飲み込まれる。

 それからシルファが解放されるまで、およそ一時間以上は掛かり、翌朝フィーアとルビカに謝罪することとなった。

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