第四章 夜闇の中に潜むもの

興奮冷めやらぬ一夜

 公開試合が全て終了し、閉会式となる。先ほどまでの森林は全て撤去され、開会式と同じようにグラウンド全体には生徒達で埋め尽くされていた。

 閉会式と言っても学園長の挨拶のみで締めくくられ、すぐに解散となる。生徒達はバラバラと寮へと戻っていき、それに合わせて観客席から拍手が送られていった。

 なお、進学に繋がる表彰式は後日行われる。上位者には様々なものが送られ、優勝したシルファたちも何かしら貰えるのだろう。

 しかし今日の催し物がこれで終わりというわけではない。夜には寮にて後夜祭と言う名のパーティが開催されるのだ。

 勿論、そのパーティの主役は公開試合の上位者。つまりシルファ、フィーア、ルビカの三人こそが今回の一番の主役となる。

 今はそのパーティの真っ最中。フィーアとルビカは興奮冷めやらないクラスメイト達によってもみくちゃにされていた。


「ねぇねぇ! なんであんなに魔術を使えるようになったの!? もしかしてあの転校生のレッスンのおかげなの!?」

「あのっ、今まで本当にごめんなさい。これ、お詫びの品と言っては何だけど、食べて!」

「わ、私もごめん! だから魔術について教えて! お願い!」


 大抵のクラスメイトは今までの非を認め、謝罪をしつつ、魔術について質問ばかりしてきた。フィーアは特に気にしていなかったが、ルビカはその様子に目を丸くしているようであった。

 まさか皆の態度がここまで変わるとは。自分が認められるなんてルビカは思いもしなかったのである。

 二人ともクラスメイトの気持ちをないがしろにせず、一人ずつ丁寧に謝罪を受け、質問に答えていった。ただし人数もかなりいるし、質問も絶えず飛び交ってくるしでヘトヘトになってしまう。

 一度休息を取るため、二人はクラスメイトから逃げるように移動する。パーティ会場である食堂から離れたバルコニーに出ると、フィーアはため息を吐きながら愚痴を言う。


「もう! 皆現金なんだから。少し前まで落ちこぼれだったのに、公開試合に勝ったと思ったこれだもの」

「ま、まぁそうだけど……でも良かったじゃない。もうこれで、皆の顔色を窺わなくていいし」

「それはそうなんだけどさぁ……なんか、こう、煮え切らないっていう感じなのよ。特に私たちの力だけじゃここまで来れなかったしさ」


 フィーアもルビカも本当の主役というのは分かっている。それはこの場に居ないチームメイト、シルファであることを。


「もう! なんで一番の立役者であるはずのシルファがいないのよ!?」

「た、確かにどこに行ったのかな? パーティにも姿が見当たらないって聞いているけど……」

「魔術についてあの子たちに教えるなら、シルファの方が適任なのに。何処に行ったって言うのよ!?」


 そう。本来であれば全てシルファが答えてくれればいいのに、何故かその張本人の姿が全く見当たらないのだ。ルビカも苦笑しつつも同意を示している。


「よし、あとで見つけたらあの子たちを押し付けちゃおう。私たちの苦労を味合わせてあげないとね?」

「う、うん。それでいいと思う。――でもさ、本当に勝ったんだね。私たち」


 満月に輝く夜空を見上げながら、ルビカは感慨深く呟く。フィーアもつられて見上げ、薄く目を細める。


「そうだね。全部全部、シルファのおかげだよ」

「だ、だから一つ気になったことがあるの。シルファって、いったい何者なのかな?」

「……私も同じこと思った」


 高揚感とは裏腹に、一つの疑問が生じる。落ちこぼれだった自分たちを、学園内トップまでにのし上げる実力。それは普通の人じゃできないこと。

 あの少女だけは次元が違う。強さだけじゃなく、心の持ちようも、知識も普通ではない。一体何者なんだろうか?


「あら? あなたたち、こんなところにいたの」


 シルファの事を思案していると、突然近づいてくる少女の声に気付けなかった。二人とも声のした方向へと振り向くと、そこには少し前まで敵対していたアイナの姿があった。

 いつもと変わらない制服姿のまま、二人の事を見つめる。しかしその眼はいつもの見下した冷たい眼差しではなく、少し戸惑ったような眼をしているような気がした。


「皆あなたたちの話題で持ちきりよ? 会場に戻ったらどう?」

「あいにくだけどパス。流石に疲れたの。それに正直、あんまりチヤホヤされるのに慣れてないし」

「わ、私も同じ。少し疲れたの」

「そう……ならちょうどいいわ。あなたたちに話があるの」


 他に誰もいないことを確かめた後、アイナは話を切り出し始めようとする。何の話だろうと身構えていると、いきなりアイナは頭を下げた。

 プライドの高いアイナが頭を下げていることに二人は驚きを隠せないでいた。声を無くしていると、アイナの方が先に口を開いた。


「今までごめんなさい。あなたたちの事を見くびっていたわ。頭を下げるだけで許されるとは思っていないけれど、気持ちだけでもと思って……」

「……うん、私はすぐにあなたのことを許すことは出来ないわ」

「フィ、フィーアちゃん!?」


 謝罪するアイナに対し、フィーアは冷たく返す。その態度にルビカは驚くものの、フィーアは続ける。


「だって今まで私たちはこんなに辛い目にあっていたのに、それを謝罪一つで許されるなんて甘すぎるもの」

「で、でもだからといって……」

「だから一つ、約束してほしいことがあるの。それを守ってくれたらあなたのことを許してあげる」

「ええ、私にできることなら」


 アイナは顔を上げ、即座に答える。迷いのない瞳がフィーアを貫くが、フィーアも動じずに真っ向から告げる。


「じゃあ約束して。今後、シルファの事を絶対に『悪魔』呼ばわりしないで。それと彼女にもちゃんと謝罪して」

「…………それだけ?」

「ええ、それだけよ。どう? 守ってくれる?」


 ポカンとした表情でアイナはフィーアの事を見やる。しかしフィーアは至極真面目な表情で微笑み返す。

 フィーアの発言が本気であることをアイナは悟り、ふっと口元に笑みを浮かべる。


「ええ、分かったわ。――といっても、既にその約束は当の本人と交わしているのだけどね。こっぴどくそのことについて注意されたもの」

「なぁんだ、じゃあ気にすることはなかったわね。だったら今後は、ライバルとしてよろしくね?」

「ふふ、次は絶対に負けないんだから」


 二人は笑みを零しながら握手を交わす。その様子を見られて、ルビカは心の底からホッとする。

 が、すぐにその表情が少しずつ変わっていくことに気が付く。よく見ると二人は握手している手に力を込めており、互いにギリギリと握りしめていた。


「あははは……」

「ふふふふ……」

「ふ、二人とも、そこら辺で止めといたら……?」


 引きつった笑顔のまま見つめる二人を言い収めようとするも、どちらも引くようなそぶりを見せない。

 どうしようかと迷っていると、突然バルコニーの扉が開かれ、クラスメイトたちが一斉に現れた。

 三人の姿を見つけると、獲物を見つけた肉食動物のように目をぎらつかせ、猛突進してきた。


「見つけましたわぁっ! 今度こそ、最後まで話を聞いてもらうまで逃がさないわよ!」

「あっ! アイナさんもいらっしゃいますわ! 一緒に捕まえましょう!」

「うわわっ! ルビカ! 逃げるわよ!」

「う、うん!」

「くっ! ここは私も撤退しますわ!」


 フィーアはルビカと一緒にバルコニーから飛び降りる。同じようにアイナも飛び降り、フィーアたちとは別方向へと走り去る。後ろからクラスメイトが追いかけてくるも、お互い振り返ることは出来ない。

 そんなドタバタした一夜ではあったが、二人は今までにない満面な笑みを浮かべたまま、逃走劇を繰り広げていた。

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