輝かしい勝利と暗雲
「なるほどね……魔術が使えないから、どう来るかと思っていたけれど、そういうこと……」
控室の映像ではなく、実際にシルファたちの試合を観客席から見ていたアイナは、一人だけ納得した様子で頷く。
「魔素を身体中にまとわせ、身体強化する技法『コンセントレーション』。しかも魔術をも相殺するほどの質を具現化しているようね。かなりの集中力が必要って話ですが、あの二人とも使いこなせている……」
言葉にするだけでは簡単だが、並大抵の努力では出来ない芸当だ。それに彼女たちがそんな技法を使っていることに気付く人も少ないくらい、マイナーな技なのだ。
底辺だと思っていた二人が、まさかこれほど強くなっているとは思いもしていなかった。あまりの事に目を逸らしたくなるが、アイナはグッと噛み締めて堪える。
「とはいっても所詮は付け焼刃。連戦していくうちに集中力は落ちるはずだし、あの子は私の魔術と相性が悪い。――それよりも問題はあの悪魔もどきね」
肩をすくめて控室に戻ろうとする寸前、一度だけ喜んでいる三人の内の一人を睨みつける。今の戦いでただ一つの動きすら見せなかった黒の魔術師。それこそが一番の要注意人物だ。
当の本人は戦わないと嘯いていたが、そんな余裕はすぐに打ち砕く予定。むしろアイナはその後の展開を考えていた。
「まぁ、私なら出来るでしょう。この公開試合では、絶対に、誰にも負けるわけにはいかないんだから」
試合前の余裕な笑みは既になくなり、真剣な眼差しへと変貌していた。
それはアイナの本気の表情であると、周りの誰よりも己が良く知っている。
コツコツと足音を響かせ、控室に向かう。次の試合など眼中にない。頭にあるのはただ一つ。決勝戦のみ。
それからシルファたち三人は順調に勝ち進んでいき、遂に決勝戦へと上がることが出来た。
試合を重ねて行くにつれて、二人の緊張もほぐれていったのが目に見えてわかる。決勝目前となったものの、今や二人は緊張するどころかむしろ楽しそうに笑いあっている。
「遂に決勝戦だね! これで約束通りアイナと戦えるわ!」
「ほ、ホントにここまで来られるなんて、夢みたいだわ……」
「夢じゃないよ。フィーア、ルビカの実力があってこそ、ここまで来られたんだ」
お世辞ではなく、心からの本音から二人の実力を褒める。
シルファからの言葉より、二人は照れた様子で笑いあう。が、シルファはそこで終わらせず、一変して真顔のまま告げる。
「でも次はそう簡単にはいかない。アイナ=ドクトリーンのチームは何より、彼女のカリスマ性と魔術が他の生徒と比べても段違いだからね」
「でも、私たちなら勝てる。だよね、シルファ?」
真面目な顔つきでフィーアが続ける。調子めいた発言にシルファは苦笑するも、頷きで返す。
「……ああ、そうさ。君たちなら勝てる。何故なら私が直々にレッスンした友人だからな」
「――そこまで信頼されたなら、答えないわけにはいかないよね?」
スッとフィーアは拳を突き出す。どういうことか気づいたのか、ルビカも拳を突き出しながら口を開く。
「う、うん。シルファの教えが間違っていないことを、証明するためにも」
コツンと二人の拳がぶつかる。そして最後に、シルファも微笑みながら拳を突き出し、告げる。
「さぁ、決戦のときだ! 勝ちに行こう!」
「「おぉ――っ!」」
三人の拳が勢いよくぶつかる。吹っ切れた様子で三人は控室を出て行き、決戦の場へと向かっていく。
グラウンドには変わらず審判であるローゼン教師と、アイナ率いるチーム。
相対したアイナはフィーアたちを見るや否や、いつもとは違ってキッとした目つきで三人を見やった。
「ここまで本当に来るとは、思いもしなかったわ」
「それは見くびり過ぎね。レッスンの成果って奴よ」
「そうね。少し油断していたのかもしれないわ。――だから今はもう、余裕は見せない」
真面目な表情で答えるアイナに、フィーアは少し圧倒されているようであった。いつもと違う雰囲気に呑まれている様子が見られる。
それ故に、シルファは二人の間に入って真っ向からアイナを見やる。
アイナの眼は蔑みではなく、純粋な疑問といったものが浮かび上がっており、唐突に口を開いた。
「……悪魔もどき、と言っていたけれど撤回するわ。あなた、もしかして本当に悪魔?」
「さぁね。それに答える必要はないんじゃないかな?」
おどけるようにして肩をすくめる。対してアイナは気にした風も見せず、一度目を伏せる。
「それもそうね。どうせこの試合で化けの皮が剝がれるものね」
フンと鼻で笑うと、ローゼン教師が片手を挙げる。試合開始前の合図である。
全員、チームごとに整列すると、ローゼン教師が宣誓する。
「それでは公開試合、決勝戦を行います。各チーム、好きな領域に配置してください」
ローゼン教師の言葉に、アイナたちのチームが一斉に散らばる。シルファたちも作戦を伝えて配置に着こうとする。
「フィーア、ルビカ。今回の作戦は二人で行動だ。アイナを見つけ次第、重点的に狙うことを優先。いいね?」
「うん! 分かった! ルビカもそれでいいよね?」
「…………」
「あれ? ルビカー? 話聞いてた?」
作戦について話していたのだが、何故かルビカは俯いたまま黙ってしまっていた。緊張して身体でも動かなくなったのだろうか?
心配したフィーアは「おーい?」と呼びかけながら肩を軽くたたいた。すると――
「ギャ――ッ!?」
肩を叩いたフィーアが突然その場で叫びながら飛び跳ねたのだ。
慌てて近寄ったシルファは、フィーアの様子を見て声を上げる。
「これはまさか……黄色の魔術!?」
「……う、うぁぁ」
驚愕の声が響くと同時に、うめき声をあげてルビカは走り去ってしまった。
方向はアイナたちのチーム側。フィーアは慌てて駆けだそうとするも、シルファの手によって止められる。
「放して! ルビカを追わなきゃ!」
「落ち着け。ルビカはアイナの魔術によって操られている。ノコノコと罠に引っかかっては全滅するぞ」
「でもっ!」
抵抗しようとするも、シルファの手を振り払うことはフィーアにはできなかった。
悔しくも、シルファの言うことは正しいからだ。結局フィーアは、ルビカが去っていった方向を見つめることしか出来ないでいた。
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