第三章 決戦のとき、来たれり
レッスンツー:魔素の濃淡
フィーアとのいざこざが起こってから早一週間。あれからというものフィーアはシルファのレッスンを受けようとしなくなった。
二人は顔を合わせても、挨拶を交わすだけで談笑する様子は見られない。間にいるルビカも困り果てておろおろしている始末。
しかしその状況を四苦八苦しているのはルビカだけではない。当の本人であるシルファ自身も頭を悩ませていた。
別に喧嘩をしているわけではない。だが何故かフィーアの顔を見ると気まずい気持ちになり、今日こそはレッスンに参加してもらうよう話しかけることが出来なくなる。
忘れてもらっては困るが、シルファとて境遇こそは普通の学生とは異なっているものの、同じ年頃の少年である。魔術に関しては自信あるが、人関係の問題を解決するのはまるっきし素人なのだ。
そんな苦悩を抱えながら、本日もレッスンが始まる。いつも通り太陽が昇り始める頃、グラウンドにシルファとルビカの二人の姿があった。
「おはよう、ルビカ。フィーアは今日も……?」
「え、ええ。『体調が悪いから先に行ってて』って。やっぱりずっとシルファと距離を置いているみたい……」
「そっか……まぁ、仕方ないかな。それじゃあ今日もルビカと二人きりでレッスンを始めようか」
一瞬だけ悲しそうな表情を見せるが、すぐにシルファの言葉でルビカは気を引き締めた表情へと変わる。シルファとてフィーアの事は気がかりであるが、今は目の前のルビカとのレッスンに意識を集中する。
二人とも向き合うようにしたまま、その場に座る。シルファは胡坐で、ルビカは持参したタオルを地面に敷いた後、その上に正座する。
「それじゃあ今日のレッスンでは前回のおさらいをしようか。魔素をより濃く具現化するための方法についてだ」
ルビカの魔術は基本問題なく発動している。実際フィーアと違って安定し、正常に発動することは視認している。
しかし問題が一つ。ルビカが発生させている魔素の色が薄いのだ。魔素の色が薄いと、具現化する魔術の威力は減少してしまい、結果として通常の魔術よりも劣化してしまう。
ならばどうすれば魔素の色は濃くなるのか。方法は簡単に単純。精神を安定させることである。
「前も話したけど、ルビカは他の人と比べて、少し魔素が薄いんだ。多分それは自分に自信がないから。魔素は自信――『自分を信じる力』によって色の濃淡が変動するから、ルビカのメンタル面を鍛えれば魔術の練度が良くなるはずなんだ」
「は、はい。だから私のメンタル面を強化させることになったんですよね? で、でもこんなことで本当に魔素が濃くなるんですか?」
二人が今から行うのは、眼を瞑り、意識を無にする行為。――そう、ただの瞑想である。
これから何も口にせず、何も考えないようにし、完全に頭の中を空にすることを人は瞑想と呼ぶ。しかし実際にやってみようとすると、かなり難しいのが瞑想なのである。
「『こんなこと』っていうけど、かなり難しいんだよ? とりあえず今日もやってみようか?」
ルビカが神妙に頷くと、ゆっくりと瞼を閉じていく。瞑想が始まると、ルビカの身体の周りに魔素が具現化される。魔素は前回見た時よりもより濃さが増しており、青々と浮かび上がっている。
が、十秒も経たずに魔素の色が薄くなっていく。その様子を見てルビカへと声を掛ける。
「はい、そこで終了。今の記録は八秒ってところだ。これがさっきルビカが完全に無心になれた時間だよ」
「も、もうですか……た、確かに何も考えないというのは難しいですね……」
集中を解いたルビカは、ふぅと一息つく。シルファも瞑想を初めてしたときは同じくらいしかもたなかったこと思い出し、クスリと笑みを零す。
「そうでしょ? 無心になるっていうのは、何回も練習しないとそう簡単には出来ないことなんだ。何せ自分の考えを外に押し出して、考えることを放棄するんだからね」
「で、でもなんで無心になることで魔素が濃くなるの?」
「理論として、まず考え方を逆にしてみよう。魔素を濃くするんじゃなくて、薄くならないようにするんだ」
シルファは人差し指を立てながら、自身の魔素を具現化させる。黒を象徴とした魔素が集約し、身体が仄かに黒く染まっていく。
「人は必ず外側から何かしらの影響を受けてしまう。空気、温度、体調、ストレス。魔素はそういった対外的問題によって色の濃淡が変わるんだ。だから無心になるのは、外から発生するストレスを遮断するだけなんだ」
そのままの姿勢でゆっくりと目を閉じ、深く深呼吸する。すると先ほどまでの黒々とした魔素がさらに濃さを深める。
一瞬、完全な闇が生まれたかと思えばすぐに元の色味へと戻っていく。
「ルビカは外からの精神的な負担が大きい分、何も考えない方が魔素を具現化しやすいんだ。だから瞑想しているときは魔素が如実に濃くなっている、って訳」
「そ、そういうことなんだ……じゃあ瞑想を続けていけば、私の魔素は濃くなるんだ」
「といっても確実じゃないけどね。あくまでも精神状況を平坦な状態に維持させ続けることで、ルビカ自身の精神面を出来るだけ瞑想状態に近づけるだけだから。極端に精神が不安定になれば、どんなに訓練しても魔素は薄くなっちゃうことには注意してね」
シルファの忠告にルビカは神妙な面持ちで頷く。理解はしているものの、それが出来るかどうかが不安な様子に見られる。
それもそうだろう。ルビカは他者を思いやりすぎていて、自身のことを疎かにしている傾向がみられる。
「さて、それじゃあもう一回。最低でも十秒は超えられることを目標に。出来なかったらペナルティを課すからね」
「う……が、頑張ります……」
シルファはニッコリと笑みを浮かべるが、その眼は全く笑っていない。ルビカもそのことに気が付いており、シルファのスパルタ精神が浮き出て見えていた。
結局本日のレッスンも、時間ギリギリまでやることになったのはここだけの話であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます