17.ヴィラーロッド


 西の街、ヴィラ―ロッド。

 この王国、最後の街に着いて、地面に足をおろした。

 入口にある門は、大木を無理矢理捻じ曲げたような、不思議な形をしている。

 “ヴィラ―ロッド”と彫られている木製の板が、門から乱雑にぶら下がっていた。

 治安が悪い街、なんて言うから、街は寂れていて、怪しい人たちがそこら中をウロウロしているのかなーなんて思っていたけど、実際来てみたらそんなことは全然なかった。

 人通りは少ないけど、街を歩く人々は至って普通の人に見える。

 街の中は薄暗くて、不思議な形の建物や装飾が多い。明るい色は少なく、ほとんどが暗い色に塗られている。

 何て例えたらいいんだろう。

 映画で見たことあるハロウィンタウンみたい。不思議な雰囲気の街だけど、私はきらいじゃない。


「変わった街ですね」

「たしかに変わってるけど、俺はこの街が一番気に入ってんな。他の街はごちゃごちゃしてて落ち着かねぇよ。ここは、たまに来るにはいい場所だぜ。美味い飯屋も多いしな」

「うまい飯屋ですか」


 その言葉にちょっと驚いた。

 まだこの世界に来たばっかりだけど、王宮の騎士が大衆のご飯屋さんに行くイメージが無かったからだ。何かもっとこう、高級食ばっかり食べて、大衆食なんて見下してるのかと思ってた。スラム出身のエルマー様が特殊なだけなのかもしれないけど。


「あ? 何だその顔」


 無意識にまじまじと見すぎてしまったらしい。

 不審に思ったらしいエルマー様に顔をしかめられて、慌てて首を振った。


「いえ! 何でもありません!」

「すぐそこの飯屋が美味いんだよ。せっかく来たし、食っていこうぜ!」

「え、いいんですか? 疫病が蔓延してるスラムがあるって言ってたのに……」

「んなの、ここから遠いから大丈夫だよ。マジで美味いからな。お前もびびるぜ?」


 エルマー様は上機嫌にそう言って、門をくぐっていく。

 後に続いて歩きながら、街の風景を見渡す。

 ちょっとデコボコしてて歩きにくいけど、石を敷き詰めた道はとても広い。ときどき不思議な色と形をした街灯が道を突き抜けるようにして生えている。

 五分ほど歩き、道の端に生えている大きな大木の前で止まった。

 大木には扉が設置されていて、すぐそばに“ホーンテッド”と書かれた看板がある。どうやらこれがレストランの名前らしい。

 エルマー様が扉を開ける。中には地下へと続く階段があった。エルマー様の後を追い、照明のない暗い階段を下っていく。

 階段下にある扉を開けると、視界が一気に明るくなった。

 店内は細長い作りになっている。カウンターが十席、テーブル席が二つのみ。

 カウンターの奥のキッチンで調理をしているらしい店主は顔を上げた。


「いらっしゃいませ。あ、エルマーさん。お久しぶりですね」


 無精ヒゲの生えた、四十代半ばぐらいの店主は淡々とした声でそう言った。

 王宮の騎士相手だってのに、畏まった様子もなく淡々と接している。悪い人じゃなさそうだし、おそらくあまり表情が豊かじゃない人なんだろう。


「任せるから適当に二つ、何か出してくれ」

「今日はいいヴォルが入りましたから、ヴォルの料理でいいですか?」

「ああ」


 エルマー様がカウンターに座ったので、私も隣に座る。

 カウンターテーブルからはキッチンが丸見えで、店主さんが料理をするところを見ることができた。


「エルマー様、ヴォルってなんですか?」


 気になって小さな声でそうたずねる。

 それと同時に、大きな保管庫から物凄く歪な形のピンク色の肉が取り出された。エルマー様はそれを指す。


「あ? あれがヴォルだろ」

「……な、何かすごい形してますけど、どういう生物なんですか?」

「ヴォルはヴォルだろ。何言ってんだ、お前」

「……やっぱ何でもないです」


 ……きっと、私の知らない生物なんだろう。深く追求するのはやめよう。食べれなくなりそうだし。

 店主さんの手つきは鮮やかだった。

 すごいスピードで肉を捌き、調味料を混ぜ、根菜類を調理する。一つ一つの動作に無駄が一切ない。思わず見とれてしまう。


「はい、どうぞ。お待たせしました」


 ものの五分ほどで、きれいな料理が出てきた。

 深めの大きな皿の真ん中に、お肉。周りに色とりどりの根菜類が添えられて、いい香りのするソースがかけられている。付け合わせはふかふかのパン。

 今まで嗅いだことがないぐらい、いい香りが食欲を刺激してくる。

 ヴォルとかいう肉も、あのグロテスクな肉だと想像できないぐらい、綺麗に整えられてすっごくおいしそう。


「いただきます」


 一口食べて、フォークを置く。頭を抱えた。

 何だこれ。美味しいの次元を超えてる。大げさじゃなく、今まで食べたものの中で一番美味しい。


「美味いだろ? ここの店主は、調理レべル7の能力者だからな」

「そ、そんな能力あるんですか……っ!? やばいです……美味しすぎて涙出てきました……」

「王宮の調理師にならねーかって勧誘してるんだけどなー。ここで店主やってるのがいいんだとさ」

「いやいや、王宮の調理師なんかになったら、王宮の人しか食べられなくなっちゃうじゃないですか……! これはいろんな人が食べるべき料理ですよ!」

「でもよーヴィラ―ロッドにあると、そこそこ遠いから、なかなか来れないんだよ。お前だって王宮に入ったんだから、近い方がいいだろ?」

「私は移動能力があるので、ここでいいです」


 そう言うと、エルマー様に肩をがしりと掴まれた。


「……行くときは俺も連れていけよ?」

「あ、はい。たまには声かけますね」

「たまにはじゃなくて常に声かけろよッ!」


 隣から聞こえるエルマー様の罵声を無視して再び料理を味わう。

 あーやばい。幸せ。ヴォルが何なのかついに分からなかったけど、めっちゃ美味しい。毎日でも食べたいよ。

 綺麗にたいらげて、お皿をカウンターに置いた。


「美味しかった~! 絶対にまた来ますね! あ、エルマー様、私お金持ってないんで、ごちそうさまです」

「……お前、調子いいな。店主、釣りはいいから」


 エルマー様はそう言って、カウンターに銀貨を一枚置く。店主さんは首を振った。


「代金はいいですよ。前かなり多めに頂いたんで、その分から引いておきます」

「別にいいよ。これでいい食材仕入れて、また美味いもん食わせてくれ」

「そうですか。なら、遠慮なく頂きます。いつもありがとうございます。ぜひまた来てください」


 銀貨一枚がどれぐらいの価値なのかも分からないが、この料理の対価としては多すぎるらしい。

 ぺこりと無表情で頭を下げた店主さんに見送られて、レストランを後にした。


「それじゃ、飯も食ったし王宮に帰るかー。飯以外は陰気くさい場所だしな」

「私はヴィラ―ロッドの雰囲気結構好きですけどね」

「俺も気に入ってるが、あんまり中まで入ると今は危ねぇしな。チンピラに絡まれるぐらいならいいんだが、万が一疫病にでもかかったら、自分じゃ何ともできねぇからな」


 そう言って、エルマー様は私の腕を掴んで、踵を返した。


「じゃ、スズ。帰りもよろし――」

「騎士様ッ!」


 エルマー様の言葉は、後ろからの叫び声にかき消された。

 まだ若い、少年の声だ。

 驚いて振り返る。その声の主――少年の姿を見て、さらに驚いて目を見開いた。

 着用している汚れた服から、伸びているはずのものが無い。身体をふらつかせながら、まるでカカシのように一本の右足のみで地面に立っている。

 十代半ばほどに見える少年は、両手と左足が無かった。

 肩ぐらいまで伸びた茶色の髪はボサボサで、わずかにみえる顔は青白い。小さな背中には、ボロボロの布で何十にも包まれた大きな荷物を背負っていた。少年には両手が無いので、荷物を落とさないよう、身体にロープを巻きつけている。

 あまりにも陰惨な姿だった。


「き、騎士様……っ、どうか、どうか、お助けください……」


 懇願するようにそう言った少年は、片足で跳びはねながら近づいてくる。

 エルマー様は庇うように左腕を私の前に伸ばした。


「近づくな。ここで話を聞く」

「ああ……っ、あの、どうか、どうかお助けください。女神さまを呼んでください。どうか、助けて……たった一人の、僕の大切な妹なんです」


 少年は涙を流し、声は震えていた。

 途端に、ずるりと背負っていた大きな荷物が落ちる。両手がない少年はなすすべもなく、荷物が地面に落下する。その拍子に覆っていた布が外れ、荷物の正体が明らかになった。


「……っ!」


 絶句する。

 それは人間の少女だった。

 いや、少女と言っていいのかも怪しい。

 小さな身体のほとんどが真っ黒に染まり、壊死していた。

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