第二章 変容、変貌、変更
低く
それらについている爪は、異常なほど伸びており、もはや
まるで
「−−−−
不可視の斬撃を持つとされている、幻想種。
全国各地に残る伝承の内容を
あの幻獣の
鎌鼬も風に乗って現れるとされているが、
“
見れば完全に臨戦態勢に入っている。
いつ襲われるか分からない状況。
……まずい、どうする。ここで使うか?
相手を
けれど、
だが、今はまだ朝だ。
太陽は未だ東から昇る最中、陽射しは更にきつくなるのだろう。
それなのに、すでに二体の幻想種と
この後、鎌鼬より危険性の高い幻想種が現れる可能性は十分にある。
それを考えれば、今ここで使うのは早計ではないのか。
決断を迫られ、俺は
……いや、迷ったら負けだ。
祖父の訓戒の一つを思い出していた。
“迷うな。迷って判断を鈍った時点でお前の負けだ。”
判断を先延ばしにし、過ち、後悔するくらいならば。
「−−−−
「……
意味を数舜遅れて理解したのであろう果琳が何か言う前に俺は立ち上がり、鎌鼬の方へと歩いていく。
けれど、そうして鎌鼬が後退していく先は家屋の壁しかなく、袋小路だ。
左右後方に逃げ場は無い。
確かな勢いで俺と鎌鼬の距離は詰まっていく。
……動いた瞬間、仕留める。
そして互いの距離が
けれど、それは俺の予想を大きく裏切る行動で。
「なっ、逃げた!?」
鎌鼬が行ったのは左右前後方向どれでも無い、三次元の逃走だった。
猫科動物よろしく、タンタンッ! と、軽い身のこなしで
それは、普段平面でしか移動を行わない人間であるが故の油断、
このままでは見失い、取り逃がしてしまう。
「マジかよ……果琳!」
「わかってる、追いかけるよ!」
けれど、それは俺一人だった場合の話だ。
ここにはつい先ほど三次元移動をかました人間が一人いる。
「
隣に立った果琳は、
それが起こるのは、これから。
一歩、踏み出した瞬間−−−−俺は浮き上がっていた。
果琳の魔法の効果だ。
移動速度を物理的に上げる、緑魔法の
それによって数メートルの跳躍を行い、音も無くふわりと屋根の上に着地した俺は同じ様に隣へ着地した果琳に声をかける。
「場所はわかるか!?」
「ちょうど東山の方向! 今も向かってる!」
「わかった! 行こう!」
東山を見据え、俺と果琳は走り出した。
一歩、また一歩と足を出すたび、追い風を受けている様な感覚で、走る速度は加速度的に増していき、京都の街を
様々な屋根の上を駆け抜け、
そうして駆けている先に十字路が見えた。
人々や車が
おまけに向こう側の屋根まではおよそ十メートルもの距離がある。
しかし俺と果琳は足を止める事などせず、一層強く踏み込み、屋根の
それは十メートル超の大跳躍。
走り幅跳びの要領で、けれど速度は放たれた弓矢もかくやというほど。
世界記録とK点を軽々越えて、しっかりと屋根を踏み締め、また走り出し、ものの数分で山際まで辿り着いた。
「見つけた! 山中歩道沿い!」
果琳が鋭く叫んだ先を目で追うと、山中を駆け上がっていく鎌鼬の姿をこの目で捉える。
鎌鼬は歩道を外れ、生い茂る草木と枝葉の中を跳ねる様に突き進んで行く。
後を追い、俺と果琳は東山を駆け上がった先、目の前に見えてきたのは
元からいた観光客は、突然、山の中から俺たちが現れたのに困惑の声を上げているが、気にしていられない。
と、蒼龍殿の目の前まで辿り着いた所で、果琳がはたと立ち止まった。
「…………」
「果琳? どうしたんだ、早く追わないと−−」
「−−鎌鼬の気配が消えた」
「は?」
「もっとヤバいのが向こうにいる!」
果琳は顔面蒼白で唇を
「待てよ果琳!」
俺には止める術など無く、ただ追いかける事しかできない。
……そんなもの、どうやって対処すればいいんだ?
鎌鼬ですら、果琳が俺に逃げろと告げてくる程だというのに。
何も浮かばぬまま、蒼龍殿の裏側まで来てしまう。
果琳が立ち止まり、気づかなかった俺は果琳にぶつかってしまった。
「いだっ! わ、わるい」
しかし、果琳は俺の事など気にも止めず、
「か、果琳?」
「消えた……どうして、こんな一瞬で消えるはずないのに!」
「落ち着け果琳、深呼吸だ深呼吸」
荒れた息を抑えもせず、
「あれ? 貴己くんと果琳ちゃんじゃないか」
予想するまでも無く、そこにいたのはノートとペンを
「静さん……どうしてここに?」
「それはこっちの
「それは−−−−」
と、ここまでの
けれど静さんは
「そうか。実はね、僕は大学でその土地が与える魔道的影響に関する研究をしているんだ。言ってみれば
「……それが、今話した事とどう関係が?」
俺が
「ここ、東山の蒼龍殿は、霊脈的に特に強い力を持っているんだ。それこそ、向こうに見える
「……つまり?」
話の核心が見えてこず、思わず結論を
「つまり、今の状況、何が出てもおかしくないって事だ。今言った京都御所や晴明神社の他にも注意しておいた方がいい場所は
言って、静さんはノートにサラサラと何かを書き込むと、そのページをビリリと破き、手渡してくれた。
「これは?」
「特に霊脈の強い所が書いてある。百鬼夜行の原因を突き止めるには、そこを重点的に回ると何かわかるんじゃないかな」
書かれた場所を見ていくと、俺でも名前を知っている様な有名どころばかりが名を連ねている。
やはりそういった場所に建てると加護やら何やらがあったりするのだろうか?
と、俺が紙を見ながらウンウン唸っていると、
「まだ講義があるから僕は大学に戻るよ。何かあったら後で教えて欲しい」
静さんはそう言い残し、去っていってしまった。
追っていた鎌鼬は忽然とその姿を消してしまい、俺たちはやることが無くなってしまう。
「……とりあえず、ここに書いてある所回ってみるか」
横にいる果琳に声をかけたが、心ここに在らずといった様子で
「何で……絶対いたのに……どこ行った……」
「どんだけ逃したのショックだったんだ。また現れたら仕留めればいいだろ」
「うん……」
「ほら、いいからいくぞ」
未だ煮え切らぬ様子の果琳を促し、俺は紙に書いてある場所を一通り回って行った。
けれど、手掛かりの一つも見つからず、幻想種とも出会わず、
「今日はもう帰るか」
「そうだね〜、お腹も空いたし戻ろっか!」
何も収穫を得られなかったのは心残りだが、帰る時にすっかり果琳の
そして、夜。
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