間章 別れ際、門前にて

 七年前。

 初夏、蝉時雨せみしぐれにはまだ早く、けれど連日うだる様な暑さが続く、ある日の朝方であった。


「「いっぱいお世話になりました!」」


 あどけなさの残る快活な声が二つ、同時に響いた。

 片や人間離れした容姿の少女、片や帆布の竹刀しないぶくろを持った少年。

 まるでチグハグな組み合わせだったが、彼らの息はぴたりと合っていた。


「はい、また来てね二人とも! おばちゃんいつでも待ってるからね!」


 薄紫色の着物を着た女性が、彼らに向かって笑いかける。


「「わかりました!」」


 またも声が重なった。


「はっはっは! 貴己たかみくんと果琳かりんちゃんは元気一杯だな。ウチの子達も見習わせなきゃだ」


 今度はこんの着物に黒羽織くろばおり羽織はおった男性が、闊達かったつに笑いながら言った。


「「ありがとうございます!」」

「うん、元気一杯だ!」


 それは京都南禅寺なんぜんじ近くに位置する老舗旅館しにせりょかんの門前。

 その旅館を切り盛りする女将おかみや亭主、その子供達が、さる少年少女を家族総出で見送るところであった。


「大丈夫? 二人だけで帰れる? 送ってあげようか?」

「大丈夫です! お迎えが来てますから!」


 少女が思い切り後方を振り向き、鮮やかな緋色ひいろの髪を振り回した先、街路樹の濃密なアーチが数百メートル続くその出口には、送迎車であるホンダのニューヴィーが見えた。

 そうしていよいよお別れ、となった時、眼鏡をかけた青年が二人の前に歩み出た。


「果琳ちゃん、貴己くん、またね」


 その背後には半ば隠れるような形で双子がいたが、どうやら隠れている訳ではなく、別れるのがさびしくてねているようであった。


「また……来てくれる?」


 双子の片割れである乳白色の髪色の少女が、涙ながらに問う。


「来るよ! 約束したじゃん!」


 その問いに、少年は竹刀袋を背負い直して、決然と答えた。


「ほんとのほんと……? きっとだよ? 望と、お兄ちゃんとの約束も叶えなきゃダメだからね?」

「わかってるよ! だからそれまで希も望も元気でね!」

「「……うん!」」


 今度は双子の声が重なる番だった。


「じゃあね、静くん! 次会った時はきちんと勝負しようね! 私も強くなるから!」

「うん、できるように僕も頑張るよ。それと……貴己くん」


 少年が、緋色の少女と青年が次こそは、と正々堂々の再戦を誓いあう様子を眺めていると、声をかけられた。


「僕との約束、覚えてくれてる?」

「当たり前だよ。どっちが先に使えるようになるか、競争だね!」

「ああ。それで使えなかった方は、使えるようになった方のお願いを聞く」

「お互いが使えるようになったら、お互いのお願いを聞く!」

「忘れちゃダメだよ。僕、頑張るからさ。貴己くんも頑張ってね」

「うん!」


 と、そこまで話したところで、緋色の少女が話に割り込んでくる。


「なになに〜なんの話〜?」

「男の約束!」

「なにそれ〜! 私も知りたい〜!」

「教えないよーだ!」


 それは、遠い日の約束。

 胸に抱かれた約束への期待は、遠く彼方から近付いてくる入道雲の様にふくらんでいった。


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