第5話



 宿場町ルイスから王都へは歩きで3日はかかる。


 ルート王国西部はヘバリッジ領と名前がついている。貧乏領で道の整備が出来ないため非常に道が悪く歩きにくい。


 『はぁー、乗合馬車使えばよかったかな……。』


 『そうぼやくな。金の事を思えば1人旅が1番だっただろう。異次元収納を使える、魔法で自衛ができる。1人旅1択だろう!』


 『まぁそうなんだけど。道がでこぼこで歩きづらいし、退屈だしで……。』


 『ふむ……それじゃ少し急いでみるか?無属性魔法で身体を強化すればもっと早く到着するだろう。』


 『そんなことできんの?』


 『魔力を十全に扱えるようになった今ならすべてはイメージ次第よ。いろいろ試してみるといい。』


 『ほぉー。やってみるわ。』


 すぐに魔力を運用し体にまとう。極細部まで魔力がいきわたり、細胞の1つ1つが脈動する。通常では考えられない高効率の身体強化魔法が発生したのだった。


 「体が軽い!風になったみたいだ!」


 結果としてその速度は人間が出せる速度を大幅に超え、なんと150㎞/hとなった。プロ野球選手の投球スピードとほぼ同じか若干早い。


 『どうやら前方にゴブリンがおるようだぞ?』


 1時間ほど経った所でゴブリンが全部で3匹歩いているのを見つける。見通しの良い平原だったから気が付いた。これが山岳や森林だったらあまりのスピードに見落としていただろう。もっとも急襲されようと対処できるスピードでもあるのだが。


 「このままつっこむ!」


 基本的に瘴気を好む魔物は、魔物の領域と呼ばれる瘴気の濃い土地から離れることはない。領域を外れて現れる魔物は大抵が領域内での生存闘争に負け領域を追われたものだ。そんなは食べ物を求めて人間の町を襲ったり、恵み豊かな森で生活したりしている。そこを冒険者たちが倒す、という訳だ。


 今回の犠牲者である彼らもその例に漏れていなかった。ルート王国内の魔物の領域である“亜人の森”での生存競争に負け森から出てきたのだ。


 「うらぁ!」


 急停止したヴィートの足元から多量の土埃が舞い、強烈な速度で放たれるダブルラリアットが3匹のゴブリンのうち2匹の頭に直撃する。水風船が弾けるように……これ以上の描写は必要ないだろう。


 土埃が晴れると仲間の2匹の頭が無くなっていたのだ。残った1匹は何が起こったのかすぐには理解が出来ないようで一瞬ひるんだが、すぐに逃走しようとする。厳しい生存競争を生き抜いてきただけあって逃げる判断は速かったがその足は遅い。


 「逃がすか!」


 手ごろな石を拾い上げてゴブリンめがけて投げた。実際走って攻撃してもさして変わらない気がするが、ヴィートはまだ普段の行動原理に縛られている。


 ドパンッ!と小気味いい音が辺りに響く。石の方が速度に耐えられなかったらしくショットガンの様に破裂した。逃げるため後ろを向いていたゴブリンは胸から上が粉々になり千切れとんでいる。


 「これは……グロいな……。」


 自身の凶行だというのに他人事である。身体強化魔法がどの程度やれるのか試してみたのだが予想以上だったという事だろう。2年間でゴブリンなど数度しか戦っていないがこんな結末は初めてだった。


 『対人戦を行うなら身体強化はかけない方がいいだろうな。相手の命のみならず尊厳をも奪いかねん。』


 『ああ。あと早く剣が欲しい。見て、これ。』


 『これは……王都に入れてもらえるのか?』


 ゴブリンをラリアットで倒したヴィートの腕は今、血と脳漿にまみれていた。はっきり言って不審者、狂人、血狂いのそれである。異次元収納から水を出し何よりも優先して腕を洗う事になった。


 身体強化は魔力をかなり消耗する。通常の魔法使いに比べて化け物の様な魔力量を誇るヴィートも少々疲れがでたため野営することにした。日中に距離を稼いだためもうすぐ王都なのだが、王都に着くころにはもう夜になり城門を通れないだろうという判断だった。


 たき火をつけ屋外用椅子を取り出しのんびりするヴィート。夕食のメニューは缶詰の様な保存食とルイスで買った黒パンだ。


 『これは……前世の軍用食料に近いか?』


 缶詰の中身は茶色いシチューの様だ。前世でのビーフシチューに近い味がする。どのような技術で開発されたのかはわからないが芋やニンジンがホクホクしており、甘みがある。肉はすじ肉なのだろうがトロトロになるまで煮込まれている。


 この世界では魔物が出るため流通が盛んではなく、塩とハーブで煮込む料理が多い。この缶詰の様に複雑な味というのはかなりの上流階級でなければ食べられないだろう。黒パンを缶詰シチューにつけ、最後の1滴まで逃がさなかった。


 『ある程度力を取り戻せば肉体を得ることも可能なのだが。その缶詰やお前の前世の料理には興味があるぞ。』


 『神だから全知全能って訳でもないんだな。』


 『うむ。私が封じられてからの数千年の間の事はよく知らん。これは古代文明時代と言われている時期に作られた物だろう。私の知っている人間の食事という物は現代と大差なかったのだが……一体何があったのだろうな。』


 『宿命通で前世を知った人間がいるとか?』


 『全員が全員、地球人が前世ではないのだぞ。それに宿命通も修行の末に手に入る能力ではあるが普通の人間はこの力を得るために何十年と修行をするのだ。それはあるまい。』


 『存外前世のラノベみたいに転生者や転移者がいたりしてな。』


 『ない話でもない……のか?ううむ……。』


 『さ、腹も膨れたし今日はもう寝よう。日中すごい速さで走ったから疲れちゃって。』


 腹いっぱいに夕食を楽しんだヴィートは火の始末をし、早い段階で異次元収納に引っ込んだ。異次元収納内の壁や床は味気ないが、その一角には木を使った家具が置かれている生活感あふれるスペースがある。ルイスの町で買い込んだ家具を配置して部屋を作っていたのだ。そのおかげで財布の中は金貨が2枚程度である。剣を買うには到底足りず王都ではまた金稼ぎに奔走することが予想される。そんな王都での生活を想像しながらヴィートは眠りについた。


 目を覚まし外へ出るとまだあたりは薄暗かった。朝日が昇る直前といったところか、東の空が明るくなってきている。服を整え、朝食に冒険者の必須保存食であるクラッカーを食べると王都に向けて歩き出した。


 「おお、これが王都か。」


 昨日と同じ平坦な、それでいて歩きにくい道を歩く事約5時間。王都の全容が徐々にあらわになる。美しい白亜の城を中心に据えた城郭都市。かなりの大きさである。前世ではこれほどの石造りの建物は存在しなかった。魔法があるため建築に関しても無理が効くのだろう。大きな円形の外壁が都市をすっぽり覆っている。


 北方が貴族街、中心に商家や飲食店が立ち並び、南部にギルドや職人街が集まっている。日差しが悪く日陰になりがちな外縁部は貧しい者が住んでおり治安が良くない。


ヴィートは、王都に来るのは初めてである。街門での受付を済ませるために門へ向かう途中もおのぼりさん全開であった。


 「へへ、兄さん。王都は初めてかい?」


 馬車に乗った商人に話しかけられる。


 「ああ、故郷から一旗揚げにね。」


 「やっぱりなぁ。王都にはじめてくる奴は首が上向いてるからすぐわかるぜ。兄さんも気をつけな。田舎じゃいなかった詐欺師やスリにやられる奴が多いんだ。」


 「気を付けるよ。ありがとう。」


 「忠告が役に立ったと思ったら“ゲラード商会”を御贔屓に!食いモン、雑貨は大抵そろうぜ。」


 「宣伝上手だな。用事があればよらせてもらう。」


 「次の者、前に!」


 話をしていると門番が呼んでいる。軽く手をふり商人と別れた。


 「名前と職業、それから身分を証明するものを出してくれ。」


 「ヴィートだ。冒険者をしている。」


 そう言ってギルド証を門番に見せる。ギルド証は4,5センチほどの大きさの円盤の形をした証明書だ。円盤内に情報を保存することができ、クラスごとに素材が異なっている。下から木、鉄、銅、銀、金、アダマンタイン、ミスリル、オリハルコンと続く。


 ヴィートのギルド証は鉄製、つまり下から2番目で半人前レベルという訳だ。


 門番は水晶を用いた読み取り用の魔道具をつかって情報を表示させる。


 「拠点はルイスか。王都へは何の目的で?」


 「冒険者として恥ずかしくないような良い剣を買いたくてね。買えるまでは王都で活動するつもりだ。」


 「なるほど……よし、異常なし。通れ!」


 城壁の正面にある巨大な門……ではなくその脇の小さな門を抜け王都へと入った。大門は王家か王軍の行軍の際にしか開かれない。


 目前を埋め尽くすような人の群れに圧倒される。ヴィートが今まで見た町で最も大きかったのは宿場町ルイスである。王都のメインストリートは城門からまっすぐ王城まで通っているが、その間にルイスが何個入るかわからないほどだ。人の数で言うなら比べ物にもならない。また、ちらほらとヒト種ではない種族、獣人であろう種族や耳の長いエルフと思しき種族、背の低いドワーフらしき種族も見える。


 「おおっ、これが王都か!」


 奇しくも王都を遠目で見た時と同じセリフが口から飛び出た。都市の大きさで言うなら、前世の東京の方が大きかった。しかし前世の記憶はあくまで記憶であり、生の実感を伴っていない。ヴィートは初めての王都に間違いなく感動していた。


 『おお、これは大きな都だ。神代でもこのような都市は存在しなかった。』


 『そうなのか?神代なんて神の力で何でも解決みたいなイメージがあるけど。』


 『神代では人は村を都市ほど大きくできなかった……私と戦っていたからな……。』


 『ん?どういう事だ?』


 『そのままだ。神代において私は人間という種を滅ぼさんとして戦ったのだ。その末に人間の戦士に討ち取られ力を失った。』


 『げっ、お前ヤバイ奴だったのかよ!アレか!?このまま行くと魂取られたり身体を乗っ取られたりすんのか!?』


 『まぁてまて!違うぞ!お前との契約はそのような邪悪なものでは無い!私は自身の短慮で人間を滅ぼそうとしたことを悔いている。人間を滅ぼす気はもう全くない!』


 『ならいいけど……。』


 『急にこんな話をしては動揺するのも当然だな。しかしそんな邪心を持っていない事はこれからの行動で示していきたい。これからもよろしく頼むぞ。』


 『行動で、って言ってもお前何にもできないじゃん。』


 『む、確かに……。しかし何もできないは酷いのではないか?私は魔法の師匠なのだぞ。もっと敬え!』


 『はいはい。感謝してますよお師匠様……。』


 そんな話をしながらぶらぶらと店を見て回る。目当ては食堂だ。朝早くから行動したので腹が減り、昼食をとる事にしたのだ。城門周辺は冒険者ギルドがあるせいか、冒険者向けの宿や酒場、雑貨屋や武器屋が立ち並んでいる。王都周辺にも魔物の領域があるため冒険者の数が多いのだ。


 酒場の中でも特に良い匂いをさせていた店に入る。席についているのは冒険者なのだろうか、逞しい男性が多い。よく見ると皆同じものを食べているようだ。肉の入った煮込みの様なもので腹にたまりそうだ。ヴィートも空いた席に座り同じものを食べてみることにした。料理を運んでいる店員の娘を呼び止める。


 「ご注文は?」


 「皆が食ってる煮込みを1つ。あとパンを適当に。」


 「酒はつけるかい?」


 「何があるんだ?」


 「ははーん。お客さん王都は初めて?ここいらで酒って言ったら南部ワインの事。うちに置いてるのは安いからあんまりおいしくないんだけど、癖になる味よ。」


 「それじゃあ1杯頼むよ。」


 「かしこまり!それじゃしめて大銅貨2枚ね。」


 「ずいぶん安いんだな。王都は物価が高いと聞いたけど。」


 「近くに魔物の領域があって肉には困らないから。肉料理は安いの。」


 「なるほど。」


 煮込みとパン、ワインが運ばれてくる。肉はどうやら魔物の肉らしいが見た目では分からない。口に運ぶと臭み消しのハーブが効いており旨い。噛めば噛むほど肉のうまみが広がる。皆が同じ煮込みを食べているのは安いからだろう。豆や穀物は高いのか肉ばかり入っている。体が資本の冒険者には助かる。


 初めて飲むワインは爽やかで酸っぱい味だった。前世の記憶ではもっと渋い印象だったのだがそれに比べると遥かに飲みやすい。製法が異なるのだろう。


 食べ終わったヴィートは店員におすすめの宿を聞き、そこに宿をとる事にした。


 その宿の名前は“星光の誓い亭”。建国史には、建国の祖とされる英雄“チャリオット・ベルナード・ルート”が仲間達と国を創る事を星に誓う場面があり、そこから名前がとられている。冒険者向けの宿で城門近くに位置しており、二階建てだ。


 扉をくぐるとカウンターの30代位の女性が声をかけてくる。宿の女将らしい。整った顔立ちで凛とした雰囲気だ。……胸の膨らみが非常に豊かであり、それとなく観察する。


 「いらっしゃい。うちは掃除洗濯あり、朝夕2食付きで1泊銀貨1枚だよ。払えるのかい?」


 どうやら装備が貧相である為、宿泊料を払えるか心配されているようだ。


 「ああ、これでひとまず10泊頼む。1人部屋だ。」


 1枚金貨を差し出す。


 「それじゃあ1階の1番奥の部屋だよ。これが鍵ね。部屋に籠が置いてあるから洗濯物はそれに入れて。酒は置いてないから飲みたかったら買ってくるか外で食べておくれ。……それから、あんまり人の胸ばっかり見てるんじゃないよ。」


 バレバレであった。聖人になったものの精神的にはたいして変わりがない。色欲が無くなったわけではないのだ。恥ずかしくなり顔を赤くしながら急いでその場を後にした。




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