第4話

 ヴィートが町に戻って来てから三か月が経ち、季節はすっかり夏になっていた。

 ヴィートはというと、いままで行ってきた修行がようやく終わろうとしていた。


 『さて、それじゃ卒業試験といこう。まずは魔力制御から。』


 『りょーかい。』


 体の魔力を動かし始めるヴィート。その動きは素早く目で追えないほどだ。また、制御力も高まっているのだろう、急停止、平行操作、密度変化などを一瞬のうちに行っている。体に走る魔力の経路は、修行当初を若木とするなら、数千年を生きた大樹の様に成長している。


 『よし、素晴らしい。次は瞑想だ。』


 瞑想を始めるが、こちらもかなりの錬度に達していることがわかる。一瞬のうちに極集中状態に入ったヴィートは完全に精神世界へと入り、宇宙の中心、魔力の源である無限の渦と一体になった。その無限の魔力がヴィートの身体を満たし、うっすらと輝いて見える。


 『うむ。戻ってこいヴィート。ここまでできれば十分だ。私がいままで見てきた魔法使いと遜色ないレベルだ。修行の終了を宣言しよう。』


 『やっと終わったー!!毎日毎日魔力制御、瞑想、魔力制御、瞑想でもう気が狂うかとおもったぞ!』


 『仕方なかろう。普通は小さい頃からずっと修行を続けるものだ。三ヶ月でここまで仕上げる方が異常なのだからな。まぁ〈宿命通〉のおかげで随分と短縮されてはいるが。』


 『なあ、気になってたんだけど、ステータスカードってもう見ていいか?』


 『うむ。修行中は精神を集中させるために禁じたが、今はもう良いだろう。自身の魔力がどう上がったか確認するといい。』


 『やった!』


 ごそごそとステータスカードを取り出す。



 ヴィート 聖人 15歳 男

体力 455/455

魔力 165000/165000

筋力 350

器用さ 270

頑丈さ 420

速さ 350

知能 2750

精神 3200

幸運 720

【スキル】

 〈宿命通〉〈瞑想〉〈神代魔法〉〈生活魔法〉〈無属性魔法〉

【契約】

 〈父神との契約〉



 『おお、めっちゃ増えてる!……これって凄いの?』


 『うぬぼれるな。これくらいなら魔法使いとしては並だろう。決して修行を怠ってはならんぞ。』


 『並みか……りょーかい。』


 二人は知らない。現代魔法使いの平均魔力は3500ほどで、ヴィートの魔力は約47倍にも膨れ上がっている、という事を。


 二人は知らない。一般的な人間の平均ステータスは100程度で、一人前の冒険者でも200程度が平均だ、という事を。


 二人は知らない……神代の人間は現代の人間に比べて神気を多く体に有しており、現代に比べ遥かに強かった、という事を。


 全ては他者とあまり関わらず、一般的なステータスを知らないヴィートが悪いのだが。


 『ちょっと待て、俺の種族が人間から聖人になってるんだが……。』


 『私の神気を浴び続けたせいだろう。おそらく常人よりも多少ステータスが高くなっているはずだ。』


 『これって大丈夫なのか?』


 『ステータスカードは他者に容易には見せんものだろう。問題ない。』


 『いやそういう事じゃなくて、人間ってくくりにまだいるの?俺は。』


 『聖人は人間だ。ここからさらに神気を取り込み続けると亜神であったり真人であったりと上位種族へ進化していくはずだ。』


 『え、人間じゃなくなっちゃうの!?』


 『人間じゃなくなってもお前はお前だ。意識が急激に変わったり乗っ取られたりする訳じゃない。安心しろ。』


 『ううん……なんか微妙に不安があるけど、とりあえず納得した。』


 『それでは久しく休業していた冒険者生活に戻るとしようか。まず何を目標にするのだ?』


 『まずは王都だな。武器を買うなら物と人が集まってくる王都が1番ってよくいうし。武器を手に入れたら次は領都だ。魔物の領域に近い領都では魔物の皮を使った防具が手に入りやすい。ひとまず冒険者ギルドにいって王都行きの護衛依頼がないか探そう。』


 『人と物が集まる王都か。異能の情報もありそうだな。忘れるなよ。』


 二人は修行を終え冒険者ギルドへ向かった。兄チャックを護衛した依頼は個人的に引き受けたもので冒険者ギルドは通していなかったため、ここに来るのは約4か月ぶりとなる。


 冒険者ギルドはその名の通り冒険者を支援、管理する集団の事だ。生活を魔物素材に依存しているこの世界で、魔物と戦う冒険者は極めて重要だ。燃料、食材、衣料、医薬等とその分野は多岐に渡っている。さらには魔物が出る影響で物流にも冒険者の手を借りねばならない。


 冒険者ギルドはその冒険者を握っているため、下手な貴族など相手にならないほどの権力を保持しているのだ。……といってもこのルイスの町は王都から遠く、魔物もほぼ出ない。なにが言いたいかというとルイスの冒険者ギルドはかなり小さいのだ。看板が無ければ普通の民家と見間違うほどである。


 中に入るとこじんまりした事務所といった雰囲気だ。依頼掲示板にほとんど依頼が貼られていない。パーティ募集掲示板などは完全に機能を停止しておりまっさらな状態となっている。カウンターの端に、少しでも緑をと置かれているしなびた植物の鉢が寂しさを際立たせている。


 ヴィートはそんな静かなギルドを見て、前世を思い出していた。前世で読んでいた物語では、冒険者ギルドには酒場が併設されており常に荒くれたちが酒を呑み暴れていたのだが。


 (他の冒険者ギルドには行ったことが無いが、もっと栄えている所はあんな感じなのか?世も末だな……。)


入ってきたヴィートを見つけたカウンターの男性が慌てて話しかけてくる。


 「ヴィートさん!生きていたんですね!」


 「あー、しばらく(魔法の)腕を磨くため修行をしてたから……。」


 「私すごく心配したんですよ!いつもギルドに来てたヴィートさんが急に来なくなるんですもん。」


 「悪かったよ。一度は報告に来るべきだった。」


 「本当ですよ。それで今日は何の御用ですか?」


 「王都まで行こうと思ってね。依頼を見に来たんだ。」


 「ヴィートさんいつもお金が無いって言ってませんでした?」


 「ちょっと色々あってね。依頼は?」


 余計な事を聞くなと目線で制し、依頼へと話を戻す。


 「あ、すいません。冒険者に詮索はご法度でしたね。ええっと……残念ながら王都行きの依頼はでていませんね。あと二月もすれば収穫物を運ぶ荷車が出てるんでしょうけど。」


 「なるほど。領都の方は?」


 「領都は……領都も出てません。すみません……どうしても依頼が少なくって。」


 「いや、構わない。それじゃ依頼無しで行くとするかな。」


 「ヴィートさん、拠点を移されるんですか?」


 「金もあるし、しばらくは王都を拠点にするつもりだ。」


 「そうですか……皆さんあまり熱心じゃないからヴィートさんにはお世話になってましたが……仕方ないですね。」


 ルイスの冒険者はほどほどに稼いで節制することで金を長く持たせるタイプが多く、害獣が野放しになる事が多かった。反対にヴィートはより多くの金を稼ぐために残った依頼をこなしていたのだった。とはいえ害獣駆除はほとんどお金にならず、割のいい魔物討伐は他のランクが高い冒険者に取られていたのだが。


 「長い間世話になったな。またいつか会おう。」


 「はい。またいつか。」


 冒険者ギルドを出たヴィートはふとひらめく。


 (要は商隊と一緒だと食事を荷馬車で運んでもらえるのと夜の見張りが楽になるのが利点なわけだ……でも異次元収納があるし商隊と一緒に行動する意味なくない?寝る時も異次元収納内で寝ればいいんじゃ?)


 『なぁ、ローランド。異次元収納があるからもしかして1人でも王都まで行けるんじゃ……?』


 『ああ、可能だろう。というかいままで気が付かなかったのか?』


 『いや、冒険者と言えば護衛依頼で町を渡るのが一般的だから……。』


 『突然手に入れた力だから、慣れるまでは仕方あるまい。おいおい自分の強みを自覚するようにな。』


 『はぁー……それじゃ食料を買い込むとしますか。せっかくだし異次元収納に鍋とかベッドとか全部入れとこう。』


 以前古代文明産の保存食を卸した際の金貨がまだ残っている。宿に支払った分やちょっとした生活費を差し引いて、今の所持金は金貨7枚と銀貨が4枚。大銅貨と銅貨が数枚ずつとなっている。


 これだけあれば大抵のものは揃うだろう。武器を買う金はまた王都で依頼をこなして稼ぐ予定だ。ヴィートは食料をはじめとした生活用品を買い集めることにした。


 ベッドを買う時などはかなり不審がられたがなんとか買い物を終えた。ヴィートはそのままチャックのいる商店へと顔を出した。


 「いよいよ出発か。意外と長かったね。お金があるからすぐに向かうのかと思ってたよ。」


 「ちょっと色々とね……。」


 「また秘密かい?ヴィートもいっぱしの冒険者ってとこかな?」


 「ははは……。」


 「前も言ったけど詮索はしないよ。体に気を付けてね。」


 「本当にありがとう兄さん。兄さんのおかげで冒険者をやり直せるよ。」


 「そんなことないよ。それなりの価値があるものをそれなりの値段で買っただけさ。王都では上流階級向けのお菓子として売れてるらしいよ。」


 「それでもだよ。王都で稼いでたっぷり礼をするから楽しみにしといて。」


 「まぁ期待しないで待ってるよ。」


 「それじゃ……また。」


 チャックへの挨拶を済ませ、宿へと戻った。宿の親父にも出発を告げる。


 「おやっさん。いろいろ世話になったが明日には町を出ようかと思ってるんだ。」


 「とうとうか。王都に行っても頑張れよ。そうだ!今日は特別に1杯おごってやる。おめえ、毎日いっぱいいっぱいで酒飲んだことねぇだろ?」


 「そう言われれば……ないかな。」


 「ほら、ぐっと行け、ぐっと!」


 そう言いつつ木製の杯に酒をつぐ親父。注がれたのは滋養に良いとされる蜂蜜酒だ。甘い香りが広がり非常に食欲を刺激する。巡礼者の疲れを癒すため昔から近辺の農村で製造されており、町の数少ない名物なのだ。


 「ん……けっこう酒精があるんだな。甘くてイケる。」


 「そうだろう?なんたってうちの蜂蜜酒は混ぜ物無し!粗悪なワインなんかとは比べ物にならないぜ。この町ではこの蜂蜜酒を呑んで旅の安全を願うのさ。」


 「ありがとうおやっさん。王都で一旗あげてくるから見ててくれよ。」


 「そのときはお大尽様にがっぽり金を落としてもらうかな。」


 その夜は遅くまで宿の親父と語り合った。酒を飲むのは初めてだったが存外に楽しいものであった。冒険者は女か賭け事か酒で身を崩すと言われている。他の二つは経験がないが酒に関しては少しだけわかる気がしたヴィートだった。


 「行ってくる。またな。」


 「ああ元気でな。」


 (二年間大変な事ばっかりで全然周りが見えてなかったけど、こんな風に世話焼いてくれる人もいたんだよな。いつか恩返しがしたいが……今は旅だな。腹いっぱい冒険がしたい!)


 宿を出たヴィートは一路王都へと歩き出した。



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