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この仕事をしていると男女の色々な面を目にすることがある。距離のあった二人がラブラブになっていたり、逆に冷めていたり。来るたびに連れている人が変わっていたり。
そのなかで一番違和感があるのが恋人や伴侶をあまりに大切にしていないこと。愚痴や悪口もあるけれど、それだけじゃなくて浮気をしたり、欺いたりしていること。
そこまでしてどうしてまだ一緒に居るんだろう、なんて思ってしまう。
「マスターはやっぱりロマンチストね」
「え?」
「結婚に夢を見ている、と言ってもいいわ」
ふふふ、と微笑んでミサキさんはショートグラスを傾けた。
「結婚だけじゃなくて、誰かと一緒に同じ時を過ごすことってそんなに綺麗な事ばかりじゃないわ。むしろ大変だし、面倒だし、辛いことも沢山あるのよ。好きだって思っている気持ちだって薄れるときだってあるもの」
「ミサキさんにもありましたか?」
「もちろんあったわよ」
あんなに幸せそうに旦那さんのことを話していたのに?
「お金がないって言っているのに凄く高い望遠鏡を買って来た時はそれで殴ろうかと思ったし、こんな生活が続くなら別れたいって思った時もあるわ」
「そんな時が」
「もちろんあったわよ。そしてこれはどこの夫婦でも恋人でもあることだわ。こういう気持ちのズレがないってことはあり得ないと思うし、このズレが大きくなって我慢できなくなると愚痴が出たり他に目が移ってしまったりするんでしょうね」
ってことは結局デメリットの方が多くないか?
「そんなのデメリットの方が多いに決まっているわよ」
「え」
「ひとりの方がどんだけ楽か」
そうカラッと言って笑って見せる。ミサキさんは旦那さんと死別されて今は一人暮らしだ。
「それじゃぁメリットって、何だと思いますか」
結婚のメリットって? 楽なひとりよりもいいことって何だ?
「安定、なんて答えがきっと多いんでしょうけれど、私の場合は安心、かしら。少なくとも収入があるから安心という訳ではなくて、そのままの言葉の意味よ」
「そのまま?」
「心が安らぐって言うの? それをメリットと感じられない人もいるかもしれない。結局は個人差があるんだろうけれど、恐怖を感じたときに傍にいてくれる安らぎや、ただ寝顔を見ているだけで感じられる安らぎ、同じことで笑顔になれた時の安らぎとか。こうやって一人になった今でもふと彼の事を思い出して心が安らげるのよ」
そうやって微笑むミサキさんは本当に柔らかい表情で。
「結婚しなくても幸せになれる時代かもしれない、それでも結婚する人がいるのはみんなそういうメリットを感じられるからよ。子孫繁栄だけじゃなくってね」
「私もそのうち結婚出来ますかね?」
「それは、分からないわね」
ふふふ、と口元に手をやって笑う。
「私、未来を視る力がないから。でもね」
「でも?」
「マスターには幸せになって欲しいって本当に思っているのよ」
余りにもその瞳が優しくて。あぁ今この人生はメリットの方が大きいなって思える。きっと結婚もそうなのかもしれないな。
「私は幸せですよ。私の幸せを願って下さる方がいて。ありがとうございます」
「どういたしまして」
今この瞬間はメリットで溢れているんだから。
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