ローリングタウンの丸い石

@sakuemi

第1話ローリングタウンの丸い石

花火の火薬が天空で弾けると同時に、今年も小さな島の港町、ローリングタウンのフェスティバルの幕開けだ。年に一度のこの大祭典は、世界中の食文化の試食会、土産物や最新の家電製品の販売、高級車の試乗会、人気のファッションブランドのアウトレット店舗など、各企業ごと特色をもって企画され、町が出資し開催される。毎年、大きな黒字を叩き出す町の一大イベントである。

空から覗けば、赤や緑のカラフルな縞模様のテントが所狭しと軒を連ねる。残りの広大な土地には、一夜で魔法のように現れた移動遊園地が見える。ジェットコースターからは黄色い悲鳴と鈍い轟音がこだまする。小さな観覧車やメリーゴーランドにも長蛇の列ができている。正午にさしかかり、日射しが強まるにつれて、ビーチサイドに人々が集い、大きな虹のシャワーの下で涼んでいる。ハワイのトロピカルジュース、アイスキャンディコーナーにも人々が密集しているのが見える。ステージショーでは、何処かの夢の国からやってきた愛らしいキャラクターたちと、子どもも大人も歌い踊り、壇上で撮影会をしている。このフェスティバルは、今日から三日三晩続くのであった。

一方、賑わい離れた砂浜に、海岸線を見つめ、涙する一人の車椅子の少年がいた。名前はカケル。カケルは、町外れの病院に長く入院していた。そして、とうとう今日、主治医から余命を知らされたのだった。これまでも、カケルは呼吸困難や激痛で、幾度となく救急車で運ばれ、入退院を繰り返していた。その度、体調の良いときを見つけては、小さい頃海賊ごっこをして自由に走り回ったこの砂浜に、海を眺めにきていた。カケルは、余命を知らされた時、この痛みや苦しみから解放されるという安堵した気持ちもあった。しかし今、こうして大海原を目前にしていると「この海の先に行ってみたい。この目で、海の先を見てみたい、、っ」という好奇心が、とめどなく溢れ、大海原からカケルの中に流れ込み、涙となって込み上げてきたのだった。潮風と混ざりどうしようもなく辛い涙は、とめどなく、とめどなくカケルの頬を伝い、下を向けば真っ白な砂浜に落ちていくのであった。

「どうか、この僕にチャンスを」

下を向きながら涙するカケルは、砂浜の中に光るものを見つけた。それは、自分の涙を浴びて光る丸い石だった。

カケルはそれを見て唇を噛み締めてつぶやいた。

「丸い石の伝説は、やっぱりホントだったんだな」

カケルは、冒険家で新聞記者だった父から、幼いときに聞いたローリングタウンの丸い石の言い伝えを思い出していた。

「転がれ、転がれ、丸い石

闇から 逃れし 魔術の渦

全ての命を 飲み干せ

転がれ、転がれ、丸い石」

この町の北側の入り江には誰も近づかない崖っぷちの森があった。そこには、至るところに幾つもの大小の丸い石が転がっていた。通称「人さらいの森」である。森に入った人々が、これまで何人も帰らぬ人となってきた。森の端の崖から落ちたという説が有力であったが、必死の海の捜索において見つかった者は誰もいなかった。やがて町の人々は、丸い石の言い伝えを信じるようになり、100年ほど前から、丸い石は「人さらいの石」として恐れられるようになった。たまに、工事現場や家を建てる時に、丸い石がひょっこりでてきたときは、人さらいの森に捨てるというのが、言わずと知れた町の掟であった。

そしてカケルは、丸い石を見て、やはり自分にはもう余生がないと悟ったのだった。

カケルは、自分の涙の跡で光る丸い石を両手でそっと拾い上げるとハンカチを取り出し、ピカピカに磨き上げた。すると、石はまるで真珠のように美しい輝きを放った。「わあ、、なんてキレイなんだろう。もし君が、本当に全ての命を飲み干す力があるのなら、ボクにその力を少しだけ分けてくれ」

付き添いの者がカケルに声をかける。カケルは病院へと戻っていった。砂浜に残された艶やかな丸い石は、カケルが見えなくなるまで、その姿を見つめていた。

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