美しい風景

TARO

美しい風景

人々が決して知りえぬ領域。時空を超えて存在する世界。


天×柱××の神

「見よ、大地に人は増えすぎた。我々の思惑と異なり、勝手気ままに増え続けている。我らで捏ね上げた泥人形は今や大地の王の様に振る舞っている。このままでは大地の他の生命に害を及ぼすかもしれない。

 もう人は滅ぼしてしまおう。彼らは増えすぎた」


木××夜の神

「天の主宰の御神よ、偉大なる我等の主よ。彼等は何も知らない無垢な存在なのです。よい知恵を身に付け、彼らが繁栄することによって、世により多くの良い果実が地に溢れるかもしれません」


天×柱××の神

「それでは、いましみことはこれより船に乗れ、その船は時を移ろい彷徨うままどこに留まるか我でさえ知りえぬ。

 辿り着いた先でいましがそこを離れぬならば、その間世は保たれるであろう」


 女神は光の船に乗り込んで、神々の世界から消えた。


 夏の暑い午後、古いマンション。ここに配送にやってきた若者がいた。しかし、宅配先は不在で、徒労に終わってしまった。不在伝票の処理をしながら、彼はむしゃくしゃする気持ちを抑えきれないでいた。彼はふと、建物の屋上にでも上がってみようと思った。気持ちが晴れると思ったのである。悪いとは知りつつも、階段をさらに上へと登って行った。

 古いせいか屋上にはたやすく登れた。しかし、そこで目にしたのは目を疑う光景だった。

 人間離れした美しい容貌の女が仰向けに寝ていた。目は天を虚ろに眺めており、ぱくぱくと口を動かしていた。貝殻のような首飾りを、薄いベールの上に身につけていた。ベールの下には豊かな肢体を想像させた。

(オフィーリア! まるで、ミレーのオフィーリアではないか)彼は美術大学を出ている。中学生の時に見たミレーの「オフィーリア」に感動して以来、美の道を志した。彼は奇跡を確信した。これこそ予定調和だ、と。彼は一歩踏み出した。興奮して気を使うのを忘れ、後ろでドアが閉まる音が大きく響いた。

 横たわっている女がそれにより、彼に気づいた。すると、彼を向いて突然鬼のような形相になり、

「ギョギョガガッガガギーグエーッゴー」

と、人の発声ではない音を発した。理解できないが、口汚く罵られているのは確かだった。

 しかし、これも彼にとっては「想定内」だった。ハムレットの中で、オフィーリアの死は王妃の伝聞という形で表現している。ミレーはその伝聞をそのまま絵画で表現したにすぎない。それは、そのような美しい死ではなかったことを暗示している。現実には汚穢に塗れて頓死しているのかもしれないのだ。

 美しいものに感動して美の道を進んだはいいが、ぱっとしない自分の境遇こそが現実なのである。

 青年は構わず進んでいった。


これが終末の五分間の光景である。

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美しい風景 TARO @taro2791

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