【IF】世界の特異点な参謀閣下と準特異点な覇王様のお話。
「……俺が、特異点のなり損ない、だと?」
驚きのあまり発言内容を反芻すれば、こくりとラウラが頷いた。お前は何を言っているんだとミューと二人で視線を向けるが、我らが凄腕の魔道士殿は動じない。……まぁ、そもそもがラウラが取り乱すことなどよほどでなければ存在しないが。ユリウスの怒りを恐れない唯一の人物でもあるからな。(戦闘能力で勝るために、ユリウスの魔法を全て封じるか相殺できるからだ)
特異点というのは、この世界の法則をねじ曲げる世界にとっての異物だ。それぐらいは俺でも知っている。世界をねじ曲げ、理をねじ曲げ、物理法則をねじ曲げ、異常事態を引き起こすらしい存在。だが、その特異点は基本的に異世界からの召喚者或いは召喚物でしかない。本来この世界に存在しないものが特異点となるのだと、俺達はそう思っていた。
だが、俺が特異点のなり損ないというのは、どういう意味だ?俺はこの世界で生まれた、この世界の理の内側に存在する者でしかない。第一、なり損ないというのも意味が解らん。俺はそもそも、特異点になるために生まれたのか、なれなかったからこそここにいるのか。ラウラに続きを求めるように視線を向けたのは、答えを知りたいと思ったからだ。
「陛下は、我々常人に比べて、理の外側に近い場所におられるということじゃな」
「バカを言うな。俺に物理法則をねじ曲げるようなことは出来ん」
「存在そのものが物理法則無視してんぞ、お前」
「ミュー、茶々を入れるな」
「いや、割と真面目に」
ぱりぱりとポテトチップスを食べながら茶化してくる相棒にツッコミを入れれば、心外だと言いたげに返答された。どこがだ。お前は基本的に存在自体がおちゃらけているだろうが。
「お前そこまで言う?ひどくね!?」
「真面目にやっていても締まりきらんくせに、何を今更」
「ぐぬぬぬ……」
自分でも自覚があったのか、ミューは唸るだけでそれ以上反論はしてこなかった。ぶつぶつと口の中で文句は言っているようだが、まぁいつものことだ。ふてくされたようにごろりとベッドに横になる。……横になりつつも、ポテトチップスの皿を枕元において、食べ続けるのはどうかと思うぞ、お前。
先日の襲撃で負った傷は、持たせておいた
……本当に、持たせておいて良かったと、心の底から思う。提案をしてきたユリウスとツェツィーリアには感謝しかないな。作製するために尽力してくれたアルノー、ラウラ、ヴェルナーも同様だ。これが無ければ、あの襲撃でミューは死んでいただろう。防御結界だけでは防ぎきれなかったと本人も言っていたしな……。
……思い出すだけでも、忌々しい。あの場に居た襲撃者は皆に任せて殲滅させたが、いずれ本拠地丸ごと叩いてくれる。少なくとも、我が国にあんな奴らの居場所はない。新興宗教だろうが何だろうが好きにしてくれて構わんが、理不尽にミューの命を狙うというのなら、その存在を許す理由は俺には無い。
思わず口元が笑みを刻んでいたのか、お前何笑ってんの?とミューに突っ込まれた。……何でも無い。気にするな。これは俺の当然の権利を噛みしめてるだけだ。
「ミュー殿が特異点であるのは、陛下も理解しておるじゃろう?」
「もちろんだ」
「その特異点の力は、『未来を変えること』にのみ使われているらしいことも、説明したのう?」
「あぁ、覚えている。今更そんなおさらいをしてどうする、ラウラ」
回りくどいのは好きでは無い。さっさと結論をよこせと視線を向ければ、外見だけは幼女な我が同胞は、老成した賢者の英智を瞳に宿して笑った。なんとも、姿に似合わぬ笑みだ。嗤うという方が近いのではないだろうか。いったい何を嘲笑っているのやら。
「未来を変えているのは、ミュー殿一人の力ではなく、陛下の存在あってこそであろう、という結論じゃ」
よし、詳しい説明をさせよう。
意味が解らん。自慢ではないが、俺はそういった常識外の事象に関しては造詣が浅い。仕事に必要の無いことはそぎ落としてきたからな。皇帝としての業務に、特異点に関する知識なんぞ必要無かったから、世間一般の認識レベルでしか解らん。
視線を向けたら、ミューも首を振っていた。そもそも、ミューは自分が特異点だと理解はしていても、自覚して何かをしているわけではないので、意味が解らないらしい。それはそうだろうな。こいつが自覚ありであれこれしているとか言われたら、逆に頭を疑う。
「お前はいちいち、人を下げないと気がすまんのかい!」
「正当な評価だと思うが」
「こーのーやーろーうー」
「こら、引っ張るな。くすぐったい」
「全力で引っ張ってるのにくすぐったいとか言うなぁああああ!」
「……これで全力か。お前本当に非力だな」
「うっせー!」
ぐいぐいと鬣を引っ張ってくるミューに呆れれば、拗ねたように叫ばれた。いや、人間は確かに我々
いつものやりとりをやっている俺達を無視して、ラウラが続きを話していた。……お前も大概マイペースだな、ラウラ。いや、知っていたが。
「本来、いかに特異点といえど、未来をねじ曲げるのは並大抵のことではないはずじゃ。それがたやすく行われているのは、陛下も未来を変えることを願って行動しているからに他ならん」
「そもそも、何故俺にそんな力があると思った。第一、そんなものがあるならば、俺は今まで何度も、道筋を変えたいと思ったことがあるぞ」
ラウラの発言に、思わず反論をしてしまった。
そうだ。未来を変えることが出来るなら、願った未来を呼び寄せることが出来るならば、俺には何度も「こうあってほしい」と願った未来があるのだ。父の死も、弟の離反も、それ以外にも様々なことを、俺は覆したいと願って生きてきた。だが、そのいずれも俺の願い通りにはいかず、俺はここにいる。
これをどう証明するつもりだ。
「それは当然じゃ。陛下は特異点に至るはずだった存在であり、この世界の理によって特異点になれぬようにされた存在じゃからな」
「何だそれは」
「何それ、なぞなぞ?」
「そうではない。原因と結果と事象の関係を端的に示しただけじゃ」
「「……」」
ラウラの言葉の意味が解らず、ミューと二人で沈黙した。そんな俺達に楽しげに笑いながら、ラウラはポテトチップスを摘まんでいる。……何気にこの妖精族は、ポテトチップスがお気に入りだった。一応揚げ物だから太るぞと告げたことがあるが、体質的に太らないらしく、当人はどこ吹く風だった。
しかし、本当に、ラウラの言っていることの意味がまったく解らない。俺は特別何か力のある存在などではないと思うのだが。
「陛下はそもそも色々と規格外じゃが、それでも理の内側に収まっている。それは、そうあるべきとして世界の修正力が働いているからじゃ」
「……つまり、俺が世界にとっての異物にならぬように、強制力が働いているということか?」
「そうなるのぉ。本来ならば陛下は、世界の干渉が無ければ、特異点に至っていたであろう存在であると分析しておる。しかし、世界の理は、その内側にあるものを特異点としては決して認めぬ。だからこそ、陛下は『特異点に至るはずだった存在』でしかない」
「……なるほど」
何となく、理解した。つまり俺は、生まれたときに世界にとっての異物と判断され、その瞬間から本来の力を押さえつけられていた存在である、ということか。だが、それなら今の俺は普通の人であるのではないのか?世界の理の干渉下にあるということだろうに。
視線を向ければ、ラウラは頭を振った。違うと否定した後に、眼前の魔道士殿は、俺の予想だにしなかった答えを与えてくれた。
「陛下は押さえつけられてなお、常識を逸脱した規格外の存在でもある。人の範疇に収まっているように見えても、その存在は歴史を動かすだけの力を持っていると言えよう」
「買いかぶりすぎだと思うが」
「事実じゃよ」
そう言って、ラウラは笑った。その笑みは、今まで見たことが無い笑みだった。どこか寂しげに微笑むその笑みは、マイペースな妖精魔道士には相応しくない。俺もミューも呆気にとられるが、ラウラはそんな俺達に構わずに言葉を続けた。
告げられた言葉は、俺の予想の斜め上だった。
「故に、世界は陛下を殺すために歴史を刻んでいると言える」
そこに繋がるのかと、驚愕した。理不尽な世界だと思うより先に、俺の存在はそこまで世界にとって異質なのかと衝撃を受ける。俺は、いるだけで世界にとって不要物と見なされていると言うわけか。面白くないな。
そしてそれは、我が参謀殿も同じだったらしい。
「何それ、ちっとも面白くない」
「ミュー」
「つまり、それってば、世界の理がアーダルベルトを邪魔だと思って排除しようとしてるわけだろ?ワタシを襲撃してきた狂信者共と同じようなことを、世界そのものがやるとかふざけてんだろ!」
「ミュー、落ち着け。お前は貧血状態だろうが」
「じゃかましい!」
ご機嫌斜めになったミューがじたばたと暴れるのを、頭を押さえつけることで封じ込める。煩いと怒ってくるが、お前は自分が安静の必要な状態だと理解しろ。俺のために憤ってくれるのはありがたいが、大人しくしろ。少しは自分を労れ。
ぐりぐりと頭を撫で回すようにして押さえていると、一応こちらの意図は通じたのか不機嫌そうにしながらも大人しくなった。まったく。子供かお前は。感情だけで動くなとは言わんが、もう少し自分の状態を顧みろ。これで体調が悪化してみろ。ヴェルナーを筆頭に小言の山だぞ、お前。
「それは嫌。怖いから嫌」
「なら大人しくしていろ。あくまで仮定の話だ」
「限りなく真実に近い仮定じゃよ、陛下」
「ラウラ」
頼むから火に油を注いでくれるなと視線を向ければ、ラウラはからからと楽しそうに笑っていた。先ほどの表情はもうない。見慣れたラウラの姿に、俺は少しばかり安堵した。……ラウラやアルノーが神妙にしていると、どうにも落ち着かないからな。……ヴェルナー?あいつはそもそも、神妙な顔なんぞ俺に見せたことはない。猫かぶりか本性かどちらかだ。
というか、その物騒な現実が真実だとして、俺はどうすれば良いわけだ?ミューではないが、何が出来るかも、何をしているのかも知らんぞ。そもそも、俺がそうだという確証がどこにある。
「確証は、先日の襲撃の一件じゃよ、陛下。陛下はあの時、
「……あ?」
「何故、あそこにミュー殿がいると思ったんじゃ?奴らは巧妙に気配を消しておったし、周囲に結界を張る周到さじゃった。ワシですら一瞬見落とすほどであったぞ?」
「……何故と、言われても……」
ラウラに真顔で問われても、俺には理由など、解らない。魔法に対する適性はそこまで高くはないし、結界を認識できるほどの魔力の高さも無い。違和感ぐらいは覚えるだろうが、そうやって隠された何かを探せるほどの能力は無いことぐらい、自覚している。
それにそもそも、俺はただミューを探していただけで、勘のようなものだ。理屈など知らん。ただ、あそこにミューがいると、……
……ん?
「ヲイ、ラウラ、もしや……」
「そう、それじゃ。恐らくは無意識に、陛下の特異点としての資質と、特異点であるミュー殿が繋がったのじゃろう。陛下はミュー殿を助けたいと願ったし、ミュー殿はまぁ、陛下に会いたいかどうかはともかくとして、死にたくないとは願っておったじゃろうしな」
「え?別に死に目に会いたいとは思わなかったよ。死にたくなかったけど。つか、別に呼んでない」
「お前は話を混ぜっ返すな」
「いやだって、本当に別に、呼んだ覚えは、……あ」
「……ミュー?」
いつもの調子で茶化しに出てきたミューが、突然黙った。あー、と唸っている。ヲイ、お前どうした。自己完結していないで説明しろ。
「……ごめん、呼んだわ。呼んだというか、呟いたというか」
「は?」
「少なくとも、あの一瞬、アンタが出てくる寸前に、名前は呼んだ」
「……本当か?」
「ここで嘘言ってどうすんのさ。……あー、だからあの超絶ナイスタイミングで出てきたのか?」
「……俺としては、見つけた瞬間に血の気が引いたがな」
一人で納得しているミューには悪いが、どうせ呼ぶなら、もっと早くに呼べと言いたい。お前、あのとき俺がどれほど焦ったか解らんのか。見つけたと思ったら、防御結界も無い状態で、魔法と武器に襲いかかられていたんだぞ。咄嗟に飛び込んで全て弾き返したが、あと一瞬でも遅ければ、確実に直撃していただろうが。血の気が引いたというか、……正直、生きた心地がしなかった。
ミューがひ弱なのは共通認識だからな。人間は確かに非力でひ弱だが、鍛えてもいないミューは更にひ弱だ。戦うことに向いてもいないし、俺達ならばかすり傷程度の攻撃でも重傷だろう。……今まで身近にいる人間がアルノーだけだったせいで、人間がここまでひ弱だと思わなかったぞ、俺は。あいつは人間の中では規格外だったんだな。今更ながらに実感した。いやまぁ、そうでなければ
「えーっと、それはごめん。いや、ワタシも色々と忙しくてね?主に話の通じない阿呆共相手に喧嘩をするのに。つーか、呼んだらアンタが来るとか思わないじゃん」
「お前があいつらと喧嘩をしてた云々はどうでも良いとして、……まぁ、確かにな。通信魔法でもないのに、呼んで届くとは思わんな」
「でしょ?」
確かにその通りだったので、とりあえず頷いておいた。……そういう意味では、呼んでくれて良かったと思うべきなのか。それとも、呼ばれなくとも俺はミューの居場所を察知できたのだろうか?俺達二人が願う、ミューの死なない未来というものを確定させるために。
……考えるだけ無駄だな。確かめる術が無い。視線で問いかけた先のラウラも、頭を振っている。全ては推論で、限りなく事実に近いと思っていても、確証を得る方法は無い。
だが、一つだけ、確かなことがある。この仮説が正しいと言うのならば、だが。
「そういう意味では、ミューが俺の側にいるのは、ある種の必然になるわけだな、ラウラ?」
「おそらくは」
「へ?何で?」
「おそらくだが、『世界に存在を押さえつけられている、特異点になるはずだった存在』であるところの俺が、お前を呼んだ可能性があるということだ」
「えー……。ワタシの異世界召喚の元凶がお前ってこと?」
「元凶言うな」
人聞きの悪い言い方をするな。俺のあずかり知らぬところで動いた事象であるのは事実だが、可能性の一つでもあるというだけだ。世界に押しつぶされる前に、俺の存在がミューという起死回生の手段を呼び寄せたという可能性。あくまで可能性であり、確証はない。
だが、ミューが特異点であり、俺がそれに準じる存在だというのならば、可能性は上がる。……上がるだけでなく、今までの「未来を変える」という行為そのものにも、理由がつく。
基本的に、ミューが願う未来は、俺が願う未来で間違いない。……まぁ、コーラシュ王国の件に関しては、微妙に俺の意思は無視されているような気がするが。とはいえ、積極的に願わずとも、否定する気もなく、協力もしていた。そういう意味では、アレもまぁ、俺達が願う未来の範疇になるのだろう。
「じゃあ、ワタシとアディが願ったら、全部叶うの?」
「そこまで都合良くはないだろう。あくまで事象を動かす力が上がるだけじゃないか?」
「そっかー。まぁ、そんなことで全部叶ったら、楽しくないもんな。今後も頑張って死亡フラグへし折るぞー」
「……お前のその何も考えずに前向きなところは、普通に尊敬するぞ」
「……何か今、褒められたよりも貶されたように聞こえたんだけど」
ジト目で見てくるミューには悪いが、半々だ。呆れるのと尊敬するのが一緒にある感じだな。俺にはどう足掻いても出来ん生き方だと思うが、それがミューらしいとも思うのだから困ったものだ。……基本的に何も考えてないんだろうが、だからこそどうにかなっている部分もあるからな、こいつの場合。
俺の考えが読めたのか、べしべしと腹を叩かれる。が、別に痛くも痒くもないので放置しておいた。お前、本当に非力だな……。それで生きていけるんだから、お前のいた世界は本当に平和なんだろうな。
「普通!ワタシは人間としては割と普通!比較対象にアルノー持ってくんな!あのオヤジは、十分規格外だよ!」
「解ったから落ち着け。大人しくしていろと言っているだろうが」
「うぐぐぐぐ……」
起き上がって叫ぶだけ叫んで、そのまま再びベッドに倒れるミュー。うだうだ呻いているのは、貧血気味の身体が突然の動きに驚いたせいだろう。……だからお前は、自分が安静が必要だと理解しろ。血はすぐには回復せんだろうが。
咎める意味を込めてぺしりと頭を軽く撫でるように叩いたら、痛いと文句を言われた。失礼な奴だな。お前相手にどの程度の力でならじゃれるですむかぐらいは、把握している。
「そういやアディ」
「ん?」
「何であのとき、あいつらの相手を皆に任せたの?アンタの性格だったら、自分で全部蹴散らしそうなのに」
「……あー」
そこか。それか。気になるのか?そうか、気になってるのか……。説明するのも面倒くさいが、どうせ黙ってたら煩く教えろと言ってくるだろうしな……。仕方ない……。
「理由は二つある。一つは、お前をさっさと安全圏に連れ戻すのが最優先だと思ったからだ」
「うん。確かにあの状態でワタシを放置するなら、隣にラウラとヴェルナー置いておくべきだよね。運んでくれてありがとう。めっちゃ寝心地良かった」
「……お前、城に戻ってもぐーすか寝てたからな……」
「いや、アンタの歩く速度というか、揺れ心地が、絶妙でねぇ。乗り物に乗ってて寝るのと似た感じだった」
「それは良かったな」
「うん。で、もう一個の理由は?」
……ちっ、話題がそれたと思ったが、脱線させるつもりはなかったか。話を戻してきたミューに、思わず小さく舌打ちをした。目を丸くしているが、追求を止めるつもりは無いらしい。まったく。その知りたがりは少しぐらいどうにかしてくれ。
……俺にだって、言いたくない、言いにくい事情ぐらいあるんだ。
「アーディー」
「……解った。言う、言うから引っ張るな。服が伸びる」
お前は子供か。人の服を引っ張るな。裾が伸びる。ぐいぐいと俺の服を引っ張って、早く言えと言いたげにこちらを見上げてくるミューは、好奇心いっぱいでこちらを見ている。……お前本当に、その知りたがりどうにかしろ。本当に……。
「あの状況でだな、俺が戦ったらどうなると思う?」
「……へ?」
「良いか?俺は以前、お前が襲撃されたと聞いて、執務机を粉砕したんだぞ?手加減を忘れて」
「……あ」
「正直な話、あの状況で奴らと向き合って、理性を保つ自信が無かった。……流石にな、あの辺り一帯を更地にするわけにはいかんだろうが。自然破壊も良いところだ」
「オッケー、相棒。把握した。お前本当にワタシのこと好きすぎるだろう、この阿呆……」
「煩い」
呆れたようなミューの言葉に、思わずぼやいた。だから言いたくなかったんだ。お前絶対に呆れるだろうが。俺だって自分に呆れたいが、あの時感じた怒りは本物だったし、むしろ踏みとどまっただけ褒めて貰いたいぐらいだ。……まぁ、俺が手を下さずとも、残した五人が盛大に暴れてくれたおかげで、あの辺りが大変なことになっていたが……。……知らんぞ、俺は。殲滅しろとは言ったが、自然破壊しろとは言ってないぞ。
本当にな。やっていいなら、根こそぎこの手で殲滅したんだがな。どう考えても力加減を誤る可能性しか思い至らなかったからな。……後はまぁ、予想以上にミューがズタボロだったので、そっちを優先しただけだが。……リザレクションで回復するのは身体の傷だけで、ボロボロになった服を見れば、どれほどの攻撃に晒されたのかは理解できた。
……あぁ、やはり腹が立つな。ユリウスに奴らのアジトを片っ端から調べさせているが、もう面倒だから、全部潰すか。少なくとも、総本山がどこかは知らんが、国内にあるのは潰して構わんだろう。俺がいらんと思っているのだ。潰すか。
「ヲイこら、お前何物騒な独り言言ってんだ。待たんかい」
「何だ?お前、あの狂信者共を庇うのか?」
「別に庇うつもりはないけど、中にはマトモなのもいるんじゃねぇの?」
「知らん」
「……知らんてお前……。……あー、もう、そういうの却下。ワタシが絡んで暴走するの却下って前言っただろうが、阿呆」
「ちっ」
「舌打ちすーんーなー」
八割ぐらい本気だったが、まぁ、無理だと言うことも解っている。解っているから、考えるぐらい許せ。少なくとも、国内に新興宗教がいらんと思っているのは事実だ。あーゆーのは無駄に増えると変なことばかりしでかす。国民に妙な影響が出る前に、勢力を縮めて貰うのが吉だ。
勿論、きちんと調査をしてから対処する。力業で潰すと、後々面倒くさいからな。ヤバそうなところは強制的に潰すが。
「お前、まだ頭が物騒方向に流れてるぞ。落ち着け、バカ」
「落ち着けるか」
「威張るな」
「……少なくとも、お前が完全復活するまでは、俺の不機嫌は直らん」
「子供か」
別に子供では無いが、本音だ。だから、さっさと元気になれ。お前がそんな風にベッドの住人だとな、いつぞやのことを思い出して落ち着かんのだ。……俺の知らないところでばかり死にかけやがって。お前に解るか?大事なものが掌からすり抜けていく恐怖が。……頼むからお前は、もう少し自覚してくれ。
あぁ、いかん。泣き言みたいになった。違う、いや、違わないが。確かに本音だが、俺は、……俺は。
「ちゃんと側にいるから、安心しろって」
「……あぁ」
「生きてるよ。危なかったけど、ちゃんと生きてるし、ここにいるだろ?それで良いじゃん」
「良いわけあるか、馬鹿者。……お前は本当に、俺を心配させてばかりだ……」
「うん。ごめん」
俯いて、目元を掌で覆った。顔を見られたくなかった。泣きそうだと思った。涙は出ないが、泣いてしまいそうだと、そう、思った。
ぺしぺしと、ミューの掌が背中を叩く。慰めているのか、宥めているのか、どちらだろうか。別にどちらでも良いか。背中に触れた掌は温かくて、こいつがちゃんと生きてそこにいる証のように思えた。……それだけで良い。そう、思っておこうか。
俺の参謀。俺の親友。お前が、お前だけが、俺の感情を剥き出しにする。自分でいても良いのだと教えてくれる。……俺は多分、お前が特異点であることよりも、未来を変えることができるという事実よりも、ただお前がお前のままで、俺の隣にいてくれることが、何よりも幸福なのだと思う。お前の隣にいるときだけは、心がひどく自由だと解るから。
「大袈裟」
「放っとけ」
「へいへい」
いつものように笑うミューに、俺もいつものように返事をした。それだけだった。
……ところでラウラ、大人しく黙っていたと思ったら、何故通信魔法を使って控えの間の侍女女官に中継してたのか、簡潔に答えろ。俺達はお前の面白い玩具ではないんだぞ。
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