夢は儚いモノと当事者は気づかずに

 ガエリア王城勤めの女官や侍女と言えば、誰もが羨む出世街道である。仕事として身を立てるもよし。礼儀作法を学ぶ行儀見習いとして一定期間勤め、女性としての価値を高めるもよし。勤めている間に、様々な有能な男性陣とお知り合いになって婚姻するもよし。世の女性達にとって憧れの職場であることは間違いが無かった。

 そして、今現在、女官や侍女達は日々をとても楽しく過ごしている。それはもう、あまりにも楽しすぎて、休暇をそっちのけで城内に張り付いているくらいには、彼女たちは仕事を楽しんでいるのである。


「あぁ、今日も陛下とミュー様は本当に仲睦まじいですわ……」

「陛下ったら、片時もお側から離されませんのよ……」

「お二人が並ばれると、とてもお似合いですわよね……」


 うっとりとしながら彼女たちが呟く言葉の内容は、皆一様に同じであった。

 彼女たちの喜びは、恋愛方面に感性が欠如しているのではないかと思っていた皇帝陛下が、一人の少女(にしか見えない見た目だが歴とした成人女性)を自らの参謀として傍に置いていることであった。二人の仲睦まじい姿を見るだけで、彼女たちは輝かしい未来を夢想して幸せに浸れるのである。ある意味とてもお手軽であった。

 なお、ここで事実を告げておくならば、陛下ことアーダルベルト・ガエリオスと、ミュー様こと参謀榎島未結えのしまみゆ(異世界からの召喚者であり、それ故に名前が発音しにくいためにミューと名乗っている)の間に、彼女たちが望むようなキャッキャウフフな少女漫画的展開は存在しない。微塵も存在しない。そもそもが、双方共に恋愛方面に対する感性が完璧に欠如した状態で、悪友ともとして日々を過ごしているのである。

 だがしかし、ヒトとは、己が信じたいモノだけを信じるイキモノである。両者と付き合いの深い面々などはその事実をあっさり認めているのだが、女官や侍女たちには通じておらず、彼女たちは二人がいずれ結ばれるに違いない、と確信を持ってその動向を見守っている。


「……え?あの運び方見て、それでもそういう風に思えるのか?女性って怖いな…」

「言うな……。今更だ」

「あぁ、うん、そうだな……」


 彼女たちの会話を小耳に挟んでしまった不憫な近衛兵達が、ぼそぼそと呟いていた。なお、むしろ彼らの方が正しいのであって、いつまでも恋愛フィルターが外れていない彼女たちがオカシイのである。

 何故ならば。



 彼の覇王様は、参謀である彼女を運ぶ際、当たり前のように自らの肩に荷物のように担ぎ上げるのである。



 もはやそれが普通。それが当たり前。というか、最初からそうであったので、今更誰も何も言えなくなっている、という感じである。丸太を肩に乗せて運ぶように、華奢な少女(にしか見えないだけで以下略)を運ぶ皇帝陛下。しかも、担いだ彼女からは罵声が浴びせられ、暴れるように殴ったり鬣を引っ張ったりしている。その状況を見ていながら、彼女たちは二人の間に恋愛感情があると、信じている。信じ切っていた。

 そもそも、二人のやりとりを聞いていて、何故そういう発想になるのか、と近衛兵達は思う。皇帝と参謀は仲が良い。それは間違いが無い。唯一無二と言って良いほどの間柄である。彼らが深い絆で繋がれていることを、きっと誰も疑わないだろう。それは別に構わないのだ。


 だがしかし、それは誰がどこからどう見ても、同性の友人でしか、ない。


 そこに勝手に恋愛要素を追加して、「お二人が結ばれるのはいつかしら」「陛下がミュー様に婚姻を申し出られるのはいつかしら」「お二人の婚礼衣装はどんな風になさるのかしら」などと幸せな妄想を展開できるのであるから、女性って怖いと近衛兵達が思わず引き気味になってしまうのも、無理は無かった。

 なお、彼女たちを束ねる女官長は現実を正しく認識しておられる。ただし、彼女たちに何を言っても無駄だということも理解されているようで、「申し訳ありませんが、脳内が花畑のような彼女たちの発言は放置してください」という実にありがたいお言葉が、関係者各位に伝達されている。……何気にヒドイ発言であるが、そう言いたくなるほどに、女官や侍女たちは、現実が見えていなかった。


「だからアディ!ワタシを荷物のように運ぶなと言っているだろう!」

「お前の足に合わせていたら時間がかかる」

「それならそれで、他の運び方考えろよ!」

「これが一番楽だ。暴れるな。落とすぞ落ちるぞ

「ヲイこら、今なんか空耳聞こえたぞ、アディィ!」


 実に賑やかな皇帝と参謀の、いつも通りのやりとり。近衛兵達は、ちらりと壁から二人の様子をうかがっている彼女たちへと視線を向けた。なお、皇帝付きの近衛兵エーレンフリート、参謀付きの近衛兵ライナーの両名は、もはやのぞき見している彼女たちのことなど気にしてもいない。どうでも良いらしい。あいつら図太いなぁ、と同僚達は思った。

 …正確には、そんな外野に構っている暇が、彼らにはないだけである。気を抜いたら騒動の源になってしまう参謀閣下。それに便乗して何かやらかしそうになっている皇帝陛下。その相手をしているだけで、彼らの日常は賑やかなのだ。そこに、二人の関係に恋愛要素を勝手に加味して、行く末をひたすら見守っている女官や侍女など追加されても、付き合っている余裕がないのである。


「本当に、お二人は仲睦まじいですわよね」

「陛下があんな風に素直に感情を出される相手はミュー様だけですものね」

「ミュー様も、陛下の前だからこそ素直でいらっしゃるのでしょう?」


 キャッキャウフフと楽しそうな女官や侍女達に、近衛兵達は遠い目をした。何で今の会話を聞いて、そんな風に夢想できるのか、彼女たちの脳内が心配になった。大丈夫か、現実は見えているのか、病気じゃ無いのか、などと心配になるのだが、そんな彼女たちの反応はいつものことなのだ。通りがかった侍従が、今更ですよと一言告げて去って行ったのが、実に印象的だった。…侍従は、女官や侍女と一緒に仕事をすることが多々あるために、免疫が出来ているのだろう。

 確かに、黙っていればあの二人の取り合わせは、色んな意味で絵になる。それは近衛兵達も認めるし、皇帝と参謀が並び立っている姿を見ると、謎の安心感を覚えることも事実である。

 皇帝、アーダルベルトは赤毛の獅子だ。燃える炎のような鬣が印象的な、野性的かつ精悍な顔立ちをした偉丈夫である。獰猛な獣の風情を宿しながら、国主としての威風堂々とした立ち居振る舞いなど、近衛兵達ですら見惚れてしまうほどだ。群を抜いて大柄な巨躯で戦場を駆け抜ける姿など、憧憬と羨望を持って眺めるしか出来ないほどである。

 参謀、ミューは黒髪の少女(にしか見えない成人女性)である。完全な黒髪黒目はこの世界においては稀少であり、まるで闇を溶かし込んだようなその色彩は、肌の白さも相まって、非常に幻想的ですらある。人間としては平均的といえる小柄な体格は、覇王の傍らに並べばまるで子供のようにしか見えないが、凜とした眼差しで皇帝を見上げる姿には、暗黙の了解を感じさせ、誰もがその立ち位置を疑うことは無い。顔立ちは可も無く不可も無く、これといって特徴は無い、至って平凡な少女(にしか見えない以下略)。だが、皇帝と良く似た不敵な笑みを浮かべる姿を知っていれば、彼女が覇王の相棒であると誰もが納得できるのだ。

 赤と黒。巨漢の獅子と小柄な人間。何から何まで似通ったところなど存在しない二人であるが、並ぶとまるで誂えた一対のように見える。新年会で揃いの男性の第一礼装モーニング(しかも色はそれぞれのイメージカラー)を披露した時には、まさにこれこそ在るべきカタチ、と城内勤務の一同納得したものである。



 だがしかし、繰り返すが、彼らの間に男女の感情は微塵も存在しない。



 何だかなぁ、と近衛兵達は遠い目をした。女官や侍女を見る目が変わってしまうのだ。何しろ、どれだけ真実を説いても、現実を指摘しても、微塵も受け入れて貰えないのだ。憧れの美人も、話をちっとも聞いてくれず、自分の夢想を絶対と信じていられると、百年の恋も覚める状況である。

 ついでに、当事者二人は真顔で「そんな気持ち悪い話があるか」と否定してくれるのだが、彼女たちは「まぁ、お二人ったら照れ隠しですわね!」と全然話を聞いていなかった。女って怖い、と男性陣が思ったのは無理も無いことである。どれだけ説明しても信じて貰えない濡れ衣って、どういうことであろうか。


 

 かくして、今日も女官や侍女達は、いずれ来たる幸福な未来を夢想して、大変幸せそうであったという。



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