第44話 一輪の薔薇と手紙を添えて
「実は・・・・その・・・・・オスだったんです・・・・ぶくぶく・・・・」
竜頭蛇尾の勢いで水しぶきを上げながら立ち上がったかと思えば海坊主のようにゆっくりと水面下に沈む芙蓉。
あまりに意味不明のことに「は?」とチベットスナギツネさながらの覇気の失せた顔で頭上にハテナを浮かべるしかない。
「は?って・・・・・驚かないの?怒らないの?」
「驚くも何も理解の範疇を超えてて違う意味で放心したよ」
と言うより、芙蓉と出会ってから色々とあったこともあり、もはやその程度では驚けないというのもある。時々「オレ」という一人称が出てきたこともあって、まさかと疑うこともあったし男性経験を幾度も強制させられた俺にとっては今更気にすることですらない。
何よりそれを抜きにしても、そんなことでは俺の芙蓉を好きであるという気持ちは揺らがない。俺が惚れたのは芙蓉の見てくれではなく、その有様なのだから。
「なんかよくわからんけど、何。ホントは男だけど化けてるってこと?」
「いや、体は正真正銘メスだよ?化けるのは苦手って言ったじゃん。」
「・・・・そう言えば、初めて会った頃そんなこと言ってたような。だとするとますます意味がわからないんだけど。」
「ええとそれは・・・・・待って。頑張って説明する。んっとね、私さ、元から神様なんじゃなくて、最初はただの雄狐だったんだよね。山に住んでて、ちょくちょく人里に降りて子供と遊んだり玩具や売り物の魚をちょろまかしたりしてそりゃもう獣らしく過ごしてた。けどなー、悪戯が過ぎたバチが当たったのかね。最期はズドンと鉄砲で撃ち抜かれてあっさり殺されちまった。あの頃は改心し始めてた頃だったのになぁ。んで、死んだら土に還るもんだと思ったら、何の冗談か知らねえが天国行きだとよ。そこで、会った神様に勝手に私も神様にされて、気づいたらこの体たらくだ。頼んでもないのに神に転生させやがるわ、こちとら人に殺されたのに人の姿にしやがるわ外道の極みだよなぁ。お陰で人も神様も大ッキライになった。おまけになんで性別変えるかねえ?まぁつまり、体は女だけど精神は男って話だ。」
それを聞いて、俺は絶句した。
それを隠していた芙蓉が信じられなかった。いい加減、限界だった。
この女には一度わからせてやらねばなるまい。
俺がどれだけ芙蓉のことを信頼し、好感を抱いているのか。芙蓉の良い部分悪い部分を含めて、どれだけ欲しているのかを。
「で?」
「・・・・・・え、まだ伝わらない?ここまで丁寧に話したのにわかんないとかお前チンパンジーかよ」
「違えし理解したけど。もしかしてそれがお前のひた隠してきた秘密だって言うのなら、最っ高にどうでもいい内容だった。いや、よく考えたらお前も人のこと言えないくらい悲惨な人生な気がするが性別の話に限って言えば激しくどうでもいい。その程度で俺がお前を嫌うと思ったか?俺はお前が思ってる以上にお前のことが・・・」
「ええええ!いや、だって!」
予想外の反応だったか、芙蓉は眉をハの字にして狼狽える。ここまで溜めるからにはもっと凄惨な裏切りでもあるものかと覚悟したものが、よもや初期不良の家電を掴まされたほどの期待はずれとは恐れ入る。
むしろ秘密にしていたことに怒ると思われていたことに憤りを覚えて凄むと、芙蓉はみるみる目頭に涙を溜め、ついにはダムが決壊したようにわんわんと泣き始めてしまった。
「だってぇえええ!わ、わたし・・・・・!蓬のこと好゛きで・・・・中身オスだけど好きになっぢゃったって言うの怖ぐて、でも蓬のこと大好きなんだもん!うう・・・ひっく、ずっと女の子らしくなること考えて、意識して自分のことわたしって言うようにして、たまに色仕掛けしたりして、全部蓬に好かれたかったんだもん!」
「え゛っ・・・・・!」
それは嵐のような告白だった。
仰け反るほど怒涛の心中の吐露に心臓が高鳴る反面、背筋がひやりとし始める。芙蓉は泣きわめくのをやめたと思ったら、キッと赤くなった瞳で睨みつけ再び言葉の津波と風呂の湯を浴びせかけられた。
「さっきだってベッドの上でこれでもかとお膳立てしたのに蓬ってば無反応だし、蓬から水族館のデートに誘われたからずうっと告白のタイミング考えてたのにあれ以来なんにも予定の話はないし!いい加減にしろこの唐変木!朴念仁!木偶の坊!甲斐性なし!没趣味!糞真面目!頓痴気!愚物!昼行灯!野暮天!表六玉!クソ野郎!うえええええん!バカバカバカ!ホントはもっとロマンチックな告白したかったのに!!蓬なんて!蓬なんて、ちくしょお・・・・好きだ馬鹿やろお・・・・!」
まいった。
そして
心に漫画でよく見る「ガーン」の効果線をこさえつつ俺は洗礼を受ける。俺もよし、ここいらで流れるように告白しようと思っていたのに先を越された上にすげえ告白しづらい雰囲気になってしまった。
ようやくおとなしくなった芙蓉は俺の胸に倒れ込むようにして荒い息を整えている。どうやら昼ドラはフィクションではないらしい。此処から先の展開を穏便に済ませる手段を俺は心得ていないし、恋ドラで予習もしてないので100%アドリブである。
だが昔の偉い人は言った。心に従えと。それにきっと俺以外の幾万の男子だって同じ試練と立ち会ってきたに違いない。
その言葉を信じて俺は芙蓉の髪に巻いているタオルを取った。顎を下から擡げて顔を上げさせ、涙と鼻水で濡れた顔を拭いてやる。芙蓉の髪がほどけてしまったのを、せめて湯に浸からぬよう片手で支えて言った。
「お前の気持ちは・・・よくわかったよ。その、すごく嬉しい。」
タオルの下から現れたのは、玉のような美しい肌だ。血色の良く、傷一つない
「ずず・・・・ほんとか・・・・?私がオスだとわかっても態度を変えずにいてくれるのか?」
「男っていうのは、野狐の頃の話だろ?男の体に未練があるのか?お前は自分が今も男のつもりでいるのか?」
「それは・・・・・ないけど。」
「なら不都合なことは何もないと思うけど。」
そう言って俺は芙蓉を抱き寄せ、髪を支えている手で芙蓉の手を取り、彼女の狐耳の内側に唇をやって囁いた。
「・・・・・ありがと。芙蓉に会えただけでも、俺には生まれた意味があったんだって思える」
「やめてくれよ蓬。そんなこと言われたら、嬉しいのに悲しくてまた泣いちゃうよ。19歳なんて、私たち神にすれば赤子同然だ。人間っていうのは長ければ100年は生きれるはずだ。だから、こんなことで満足しないでくれ。私のことなんて二の次・・・いや、三の次で構わないからさ。命短しと言えど謳歌してくれ。そうでなきゃ蓬が報われなさすぎる!」
「なんだ。結局同情してくれてるんじゃないか。それなら大丈夫」
俺は表を抱く腕に力を込めた。夏で風呂場で、暑苦しいのも構わず芙蓉の体温と肌を感じたくて抱きしめる。
芙蓉が苦しいと言おうが、痛いと言おうが知った事か。
芙蓉が眼の前にいるこの幸福を1秒でも長く堪能したい。この幸福を言葉で表すなら、やはりこの2文字に込めるしかなかった。
「だって、俺も芙蓉が“好き”なんだ。」
そういった瞬間、芙蓉の涙腺はまた崩壊した。
どうして、そんなつもりはないのに俺はいつも女の子を泣かせてしまうんだろうか。
そんなことを思いながら、俺は芙蓉の号泣する様子を見守った。そろそろふやけてきた指先を見ながら、二人は人生初の満足感につつまれていた。
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