第25話 明日は明日のブリ大根

ドサリと何かの落ちる音がした。見れば床には真っ白い謎の箱が落ちていて。そしてそれを持ってきたらしい長身の人物は口をぽかんと開け目を皿のようにして棒立ちしていた。それを見た俺も芙蓉も、その人物と同じように時が止まったかのように固まった。


 俺はその人物を知っている。彼女は俗にいう、幼馴染という存在だ。13年ほど前にある出来事で知り合ってから、何かとつるむようになってしまった仲だ。未だに玄関のドアホンを鳴らさなず勝手に家に上がる癖は直っていないらしい。普段ならまぁ、小言は言うものの軽く受け流しているところだったろうが…今日という今日は最高にタイミングが悪い。こんな状況、どうあっても言い訳できっこない。


「うっ・・・・・うおおおおおおおおおおわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


事態と状況を把握した俺は、たぶん人生最大の絶叫をしたと思う。


*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*


「いっやぁ、悪いねえ。なんかイイトコお邪魔しちゃって」


あの状況を見たにも関わらず、あっけらかんとして『大野木オオノギ 金魚カナミ』は言った。


とりあえずリビングから立ち退き、3人でダイニングテーブルを囲んで着席する。俺と芙蓉は隣りあわせて座り、向かい合う形で座るのが、妙に背が高くこの時期にウクレレを背負いアロハシャツに身を包むという、奇妙な出で立ちの金魚だ。こちら俺と芙蓉に至っては、ゆでダコも顔負けなほど赤面してお互い顔も合わせられない状態だというのに、こののっぽの女はどうしてこうも図太く居られるものか。


「あ・・・あんたもう21だろ!そろそろ玄関のドアホン鳴らすとか、常識ってものをな・・・!」


「いや今回はほんと悪いと思ってるよォ。一応連絡入れたしいつも通り突撃でいいかと思ってたんだけど・・・お取り込み中ならそう言ってくれればオイラだって空気読んださ」


言われて、スマホを確認すると確かにSNSの通知が来ている。確認しなかったのはこちらの落ち度とはいえ、それとこれとは話が別だ。


「な、なぁよもぎ・・・・この女は一体何だ」


一方、芙蓉はといえば何か言おうとしていたのを金魚に邪魔されたことが相当ご立腹らしく、珍しくドスのきいた低い声で言った。今はその矛先は俺の方へ向いていないが、それでなくてもちょっと、いや結構怖い。下手に芙蓉を刺激するようなことを言わないでくれよと思いつつ、ざっくりと俺はこの女性のことについて紹介した。


「・・・・この人は金魚カナミって言って、俺の幼馴染。良く言えば明朗快活な性格で、俺にとっての姉貴みたいな人だ。金魚と書いてカナミって読むらしいけど、俺も含めて周りからは普通に『キンギョ』って呼ばれてる。」


ちなみにキンギョは『こっち側じゃない』、芙蓉にだけ聞こえるようにそう付け加えたところで、キンギョはハァイとにこやかに笑った。うっ、もう胃がキリキリしてきた。


「ふうん、で?」


 そんなに恨みが深いのか、話を聞いてるのか不安になる。


 とは言え、これ以上キンギョについて説明することもない。内心あの状況を無理やりとはいえ打破してくれたキンギョに心の隅っこで感謝してたりするのであまり悪くも言えない。かなり不安ではあるものの、最低限の紹介にとどめてキンギョに目配せした。


「あ、どうもどうも!キンギョです。ヨモギのおねーさんやってます!あ、趣味は珍品コレクションで特技はスポーツ全般だよ!よろしくねキツネちゃん!」


そう言ってまた金魚はニコっと笑った。合コンのテンプレみたいな自己紹介で安心したが、そういえばと芙蓉の耳や尻尾を隠していなかったことに気づく。どうせ今更だし様子を見るにキンギョの方も芙蓉の姿をコスプレか何かだと思っているようで、そのへんの心配はいらなさそうだ。それもだが、俺は先程の状況を見たにも関わらず何も言及してこないことが不安を煽られて仕方がない。


「でさ、ヨモギとキツネちゃんはどういう関係なの!?」


そう思っていたら、案の定早速問いつめられた。らんらんと目を輝かせるキンギョはいかにも興味津々といった様子である。


ぎょっとしたのは俺だけではなかった。隣りにいる芙蓉もまた、まるで俺とシンクロしているように背筋やら耳やら尻尾やらをピンと立たせ、大きく見開いた目の瞳孔と口の端はキュッと絞られている。


俺と芙蓉はお互い困ったように視線を交わす。この様子だと、なんと説明しようか、何を言っても言葉足らずにしかならなさそうであぐねているといったところか。芙蓉に直接説明させるのは…いや、どうだろう。いらぬ曲解を招くならまだしも、自身の正体を隠したまま説明できるだろうか。


キンギョの問に悪意はない。ただ純粋な興味、好奇心にすぎない。だが、だからこそ逆にたちが悪かった。からかっているだけならまだしも、これでは回避のしようがないからだ。


「そ、それは・・・ただの・・・」


幸いにも、聞かれていることは芙蓉との関係だけである。芙蓉がどこの誰であるかなどは、いずれはバレるだろうが論じられていない。なので俺は今だけはなんとか誤魔化せないかと思考する。


(・・・・いやいや、落ち着け蓬。いつもならこんなの軽くあしらってたじゃないか。そりゃあ、ちょっと距離が近くなってるかもしれないけれど、俺と芙蓉には何の接点もないじゃないか)


しかし、ならば『ただの居候だ』と答えたとして、果たしてあの絵面の状況の説明ができるだろうか。

脳天気に見えるが、キンギョも馬鹿ではない。そんなふうに答えても、自分を含め誰も納得はしないだろう。かと言って、キンギョには関係ないだろうとか、露骨に話を逸らすような物言いをすればかえって怪しまれるのは必至だ。


(なら・・・・けど、ううん)



 ちらちらと芙蓉はこちらに視線を寄せる。その目が言いたいことは何なのか。それはどこか期待を孕んでいるようにも見える。狐の耳はピンと立ち、急かすように尻尾は揺れている。



それを見て、俺は思った。


そうだ、何を取り繕う必要がある、と。


いつまで言い訳を通せば気が済むのだと。


どのみち芙蓉をウチに住まわせると決まった時点で遅かれ早かれこの問から逃れられようはなかったのだ。甘夏のように理解ある者もいれば邪推するやつだって居る。


キンギョはあくまで純粋な興味から問うている。芙蓉は俺にとっての何なのかを。


芙蓉と俺の関係は何か?そんなもの、決まっているじゃないか。


それは誤魔化すものではない。恥じることではなく、間違いでもない。


ならばためらう必要はない。正直に答えてやればいいのだ。俺が芙蓉を、どう思っているのか。


息を吸い、吐く。語弊なく、正しく伝えるために言葉を選ぶ。

肩の力は抜けている。鼓動は普段のペースで脈打つ。

誰にどう思われても知ったことかと逃げずに本心を告げてやる。


「こいつは、芙蓉は・・・・」


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