地雨

第21話 無題

  最初はほんの労いのつもりだった。

 ただ、やってみるとこんなに喜んでもらえるとは思わなくて、そして自分に自信を持ってしまった。

そして何より、喜んでくれる相手のその声が嬉しくて、つい、調子に乗ってしまったのだ。


「ふよ、・・・ふ、よお・・・・・・ふあっ・・・・」


 とぎれとぎれに聞こえる声。その声は甘く、蕩けるように、快楽の度合いを示すがごとく時に淫猥さを伴って私のキツネの耳を刺激する。


 ソファにくたりと寝そべる蓬は既に芙蓉にされるがまま、まな板の鯉とはこのことを言うのだろう。抵抗するでもなく、むしろ求めるように蓬は小さく嬌声にも似た叫びを上げる。それが可愛らしく、なんと愛おしいことか。

 求められるがまま、くれてやろう。互いに、時間も忘れて授与と受容に没頭する。


 さて、勘違いしてる人もいると思うので、というか勘違いさせたいがための文章で説明しているのでそろそろ種明かしをしようと思う。


ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー


「おう、よもぎ。今夜はうどんが食べたい気分だ」


 コトの発端は、おそらくこのセリフからだ。

 蓬は洗濯物をたたむ手を止め、いつものやる気のなさそうな目で芙蓉の顔を睨んだ。そして開口一番、蓬は言った。


「芙蓉、働かざるもの食うべからずって言葉を知ってるか?」


「うん?初耳だぜ」


「デスヨネ。あー、まあいいや。で、今の状況を見てお前はなんとも思わないのか?」


 そう言われて芙蓉はキョロキョロと空間一帯を見まわした。

日が落ちて数刻。昔ながらの黄熱灯が部屋全体を照らすような、古びてはいるが広く、快適なリビングにて。地デジ対応した時代遅れの象徴とも言えるブラウン管テレビが微妙な画質でバラエティを放送し、部屋の隅で回ってはいない扇風機がコンセントを刺してくれとでも言いたげにこちらを見つめている。窓辺の本棚の中段では光が当たると揺れる子供の置物が楽しげに首を揺らしており、そして部屋の中央、大きくて綺麗な茶色いマットのさらに中央で、取り込まれた洗濯物を広げ、正座して一枚一枚丁寧にたたむ蓬の姿がある。時折奥の洗面所から洗濯機が回る音が聞こえる。なんと平和的で、生活的で、懐古的な一枚絵だろうか。


「オイコラ、お前今何してるか詳しく言ってみろ。」


「ソファに寝そべり鼻をほじりながら片手に少女漫画、片手でポテチの袋をパーティ開けして貪り食っております」


 しかもスカートの端からパンツが見えてるくらいだらしない格好である。


「さて、それが人に物を頼む態度か言ってみろ。あとパンツ見えてるぞ。」


「ゴメンナサイ」


 身を正し、膝をついて頭を垂れた。


「てゆうか、パンチラに一切動揺しないのな。つまんねえ」


「誰が毎日洗濯してると思ってんだ」


「ごもっとも」


 枯れてんなぁ、こいつ。と思いつつも再び平身低頭。まぁ、そういうトコが好きなんだけど。なんて、心ん中で言ってみたりして。


「そういうわけで、悪いと思うなら家事の一つも手伝って欲しいんだけど。ウチに来てそれなりに経つし、そろそろそのくらいしてもらわないとな」


 要は、立場を思い出せと言いたいらしい。しかし、


「手伝いったって、私にできることなんて大してないぞ。」


 例えば、私に料理をさせようものなら信じられないものを卓上に並べるかもしれないし、部屋の掃除をしようものなら捨ててはいけないものまで捨て、掃除機を振り回してあらゆるものを壊してしまうかもしれない。


「いきなり全部任せようとは思ってないよ。俺の手伝いをちょっとずつやって覚えてくれればいい。」


「例えば?」


「じゃあまずは一緒にこの洗濯物をたたんでもらおうか」


「うへぇ、地味にめんどくさそうだ」


「ほら、教えてやるからよく見とけ」


 そうして蓬から最初に教わったのは衣類のたたみ方だった。二人並んで、私は蓬の手を見ながら同じようにやろうとした。上衣は袖をおってから内側に入れるようにしてたたんだり下衣は3つ折りにたたんだりとか、単純だったけど、綺麗にたたむのはできなかった。蓬がたたむと新品みたいにピシっとなってて、並べてみるといかに私のが雑かよく分かる。


「芙蓉、ここちょっとはみ出てるぞ。たたみ直し」


「ええ~、マジかよ~」


「家族の服くらい綺麗にたたむ!たたみ方は合ってるから丁寧にやってよ」


「はぁ~い」


 ちょっとうんざりしてきたけど言われたとおり広げ直し、裾を合わせて綺麗にたたもうと試みる。


「って」


そこで思わずピタリと手が止まった。


「よもぎ、今」


「うん?・・・・あっ」


言った瞬間蓬の顔が真っ赤になった。どうやら、無意識に言っていたらしいが今気づいたらしい。


「違っ・・・!なんていうかたぶん、言葉の綾だ。ほら、間違って人のことお母さんって呼んじゃう現象的な・・・・ぁ~・・・・・なに言ってんだろ俺・・・」


 顔を両手で覆い、恥じらう様子はまさに乙女顔負けだった。女より女らしい、見事な恥じらいっぷりである。思わずにんまりと笑ってしまった私は、蓬が可愛くて、つい追い打ちをかけるような物言いをしてしまう。


「おんやぁ?何をそんなに恥ずかしがってるのかな~?なになに、もっかい今言ったこと、言ってみようかぁ」


「言わない!言うか!だから今のは間違えて言っちゃったんだって!」


 と言うか、こんなに取り乱す蓬を見るのは初めてかも知れない。なんだか、見ているこっちまでドキドキしてくるじゃないか。

 もっと近くで見たい。強欲になった私はさらに距離を詰め、蓬の肩に手を触れて、耳まで真っ赤にした蓬のその耳元で囁くように言った。


「べっつに何も間違ってないぜ~。もう結構一緒にいるもんねぇ。いいんだぜぇオレたちもう『家族』みたいなものだもんなぁ」


「ヒッ・・・~~~~~~~////」


 声にならない声で、蓬は悲鳴を上げる。




なんだ、ホントに何なんだこの可愛らしい生き物は。




 これが、オレの知っている『人間』だというのか。


「・・・あ、あれ?よもぎ?」


「・・・う、ぅぅ、グスっ・・・・」


「ゲッ!泣いてる!わわわゴメン!意地悪いってゴメン!オレが悪かった」


 慌てて謝って、なんか泣かせちゃったかもしれないことへの混乱のせいか蓬の頭を撫で始めるオレ。慌てまくって、一人称も『私』だったのが『オレ』に戻ってしまってるけどこの際気にしていられない。女の子を泣かせてしまった男子小学生ばりにオレはひたすら謝った。


「ほんとゴメンってば!せっかく洗濯したやつだけどほら、これで涙ふこうぜ。な?」


「ううぅぅぅ~~・・・・・う、く・・・・・・・・・・・・・・くく・・・ぷっククク・・・」


「へ?」


「・・・・お、お前・・・・慌てすぎ・・・・!くくく、あははははは!」


顔を覆っていた手のひらを離したかと思えば、蓬はけたたましく笑い出した。その頬には涙の一滴も流れていない。


「んなっ!嘘泣きかよ今の!!?」


「ばーか。調子に乗り過ぎなんだよ、芙蓉。」


 そして、いつもの無表情。見れば涙の跡どころか目も赤くない。これはどうやら、完全にハメられたと見て間違いなさそうだ。


「・・・・・・ナンテコッタイ orz」


「ま、精進し給えよ。」


 そう言って蓬は立ち上がると、畳み終わった洗濯物だけかごに入れてさっさと部屋を出て行ってしまった。

 部屋に残された芙蓉は、両手両膝を床についたまま唸る。


「・・・・・・・・・やっべえ・・・・・・」


自分があんな風に躍らされるのも、あんな風に笑う蓬を見るのも。何もかもが、初めてだ。


「あいつ、あんな風に笑うんだ・・・」


知らなかった。知ってしまった。蓬の今まで見たことない一面を。そして一番知りたかったことを。


止まらない。顔が熱くなるのが。胸がドキドキするのが。心が踊るのが。


ああ。これはどうやら引き返せない。


緊張してこわばってる自分の大きな尻尾を股の間から通して両腕に抱き、潰れるほどに抱きしめる。そして呟く。誰にも聞こえないように、けれど確認するように、小さく呟く。


「オレ、よもぎの事、ますます好きになったかも・・・・」


既にブラウン管のバラエティの音など耳に入らないくらい、夢中になってしまっているのだった。

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