ストーキングヒーロー

路傍の石

前編

「ありがとうございました」

「いや、困っている人たちを助けるのは当然の事です」


 うっそうとした樹木に囲まれた辺境の集落。その一角で。

 立派な鎧に包まれた騎士風の男にその集落の代表者と思われる老人が深々と頭を下げていた。

 そんな老人のお礼を手を上げて答える騎士風の男。

 その回りを取り囲む仲間達も皆朗らかに対応している。


 一人は魔術師の姿をした若い女性。持っているワンドの質からかなり上位に位置する魔術師だと言う事が見て取れた。


 一人は戦士風の屈強な男。自分の身長程はあろうかというグレートソートを担ぎ上げたその肉体は隆々たる筋肉に覆われ、その肉体に刻まれた傷跡が歴戦の戦士である事をうかがわせた。


 一人は神官風の若い男。被っている帽子からこの国では一般的である信仰の高位司祭であることがわかる。現にこの集落では、この男の奇跡によって沢山の人々が救われていた。


 そして、最後の一人は白銀の鎧に身を包んだ騎士風の男。その胸に輝く紋章から、この国の騎士である事が、そして、腰にかけたバスターソードから、その騎士の中でも最上級に位置づけられる近衛騎士団の一人である事が、見る人が見れば分ったはずだ。


 全部で四人。


 まるで王国の上級者の尺図と言ったいでたちの彼らこそが、この大地に取り巻く混沌を取り除く為に各地に派遣された小隊の一つであり、言ってみれば『未来の英雄候補生』達であった。


 そんな彼らだからこそ、その実力も一級品で、つい先ほどもこの集落に襲い掛かってきた凶暴化した獣達を難なく一掃した所だった。


「さて、我々は他にも救わなければならない人たちがいるのでここで失礼させてもらいますが、この集落の周辺にはマルドが結界を張っておいたのでもうこれからは魔物の類に襲われる事は無いでしょう。どうかご安心を」

「本当に何から何まで……」


 仲間の神官の方に視線を向けながら話す騎士に、老人は再び深く頭を下げながら感謝の意を表す。

 その行為を騎士は満足そうに眺めると、


「なに、もうしばらくの辛抱です。我々がすぐにでもこの混沌の原因を探って、平和な大地に導きましょう」


 そう、力強く宣言した。

 その言葉に老人は顔を上げると、神妙に頷き、期待を込めて別れの言葉に代えた。


「あなた方ならばそれが出来るでしょう。私たちもこの辺境で村人ともども旅の無事を祈っています」

「はい。では、我々はこれで」


 そう言って集落を後にする一行を、村人達はその姿が見えなくなるまで見送るのだった。

 彼らこそがこの大地に平和を取り戻してくれる勇者であると確信して。




◇◇◇





 混沌。


 それはこの国に突然現れた争いの火種。


 それは一言では説明できない原因不明の大地の荒廃だった。


 凶暴化する獣達。各地で広がる農作物の不作。そして、人とも獣とも取れない『魔物』達の徘徊。

 正に突然、それらの事が同時に起こったのである。

 それに伴い、この国の各地で沢山の人が行方知らずになった。


 大抵の人が、魔物や獣達に殺されてしまったのだろうと思ってはいたが、その真の原因は分らないままだった。

 それを受けて、国王の名の下にこの国の優秀な人材を各地に派遣したのが数年前のこと。


 それ以降、各地の人的被害は減少したものの、根本的な解決には至らなかった。

 不作続きで国の食料事情は深刻化し、沢山の国民が貧困に陥った。

 それに伴い各地で強盗略奪が頻発し、外側だけではなく内側からの混乱の対応に迫られ、この国の首脳は連日頭を痛める事態となった。


 ゆっくりと。しかし、確実に。


 この国は滅亡へと歩み始めていたのだ。


 それはともかく。


 苦し紛れに国王が各地に派遣した騎士達が辺境の集落を救っているのは事実だった。

 それと同時に、その中の騎士の中には「自分達がこの国を救ってやろう」と考えるものも現れだした。


 それが現実のものとなるかは別として、だが。


 そして、先ほどそんな騎士達に救われた辺境の村に、一人の青年が現れた。

 ボサボサ頭に覇気の無い顔。真っ黒なマントに身を包んだその姿は、不審人物以外の何物でもなかった。

 村のあちこちに視線を這わせては二へラーと、意味不明の笑みを浮かべている。

 そんな不審人物に気がついたのは、先ほどまで騎士達御一行を見送っていた村人の一人だった。

 壮年のその村人は、その男を見て正直変人だと思ったが、村が救われたことにより気分がよかった事もあって、朗らかにその変人に話しかけた。


「おう、この村に何か用かね? 黒い人」

「ん~? 用? 用……。用!」


 村人に話しかけられた事にも気付かずに辺りを見回していた男だったが、突然その声に気付いたのか、村人の方に勢いよく振り向いた。

 目玉をグリッとひん剥き、都合一センチの位置まで顔を近づけられた村人は、驚いて思わずしりもちをついてしまった。


 瞬間、その男の顔がさっきまで自分の顔があったところを通過したところを見て、心の底から恐怖した。

 尻餅をついた事をこれほどまでに嬉しく思った事は初めてだった。

 そんな村人の姿を見た後、チッと舌打ちをした変人は見下ろしながら先ほどの質問に答える。


「用ならある! ついては、この村で俺を泊めてくれる親切な方はいませんかっ!」

「……」


 ビシッと村人を指差しながら答える変人を見ながら、「さっきの舌打ちの意味は?」と、聞きそうになって思わず口をつむぐ。

 どうにも痛い返事が返ってきたら自分では対応できないと思ったからだ。

 だから、村人はこの場から逃げ出したい一心で適当に話をあわせる。


「さ、さあ……何しろ、皆忙し……」

「いないかなっ! 親切な人がっ!」


 そんな村人の言葉を遮りながら変人は馬乗りになると、村人の顔を両手で掴んで叫び声を上げてきた。


「ひ、ヒィッ! お、お困りならどうぞうちに泊まってください!」

「ありがとうっ!」


 喰われる!

 そう判断した村人は、思わず自分でも予想していなかった返答をしてしまう。

 そして、その返答に満足した変人は笑顔で立ち上がると、村人に手を貸して立ち上がらせた。


「いやあ、村に来た早々親切な人にあって助かった。ところで、親切ついでに一つ頼まれごとをしてくれませんか?」

「……頼まれごと?」

「ええ。これを……」


 そういいながら変人はごそごそと胸元を探ると、中から細長い札状の紙の束を差し出した。


「村人全員に一枚づつ配ってほしいのです。持っているのは明日の朝まで。それ以降は捨ててしまって構いませんので、必ず携帯させる事。それから、今夜だけは外出はしないように言っておいて下さい。……もしも渡し漏れがあったら、あなたを折檻しますよ?」

「ヒィッ! か、必ず渡します!」


 ジュルリと舌なめずりをしながら怪しい視線を投げかける変人に、反射的に答える村人。

 そんな村人を変人は満足そうに頷くと、紙の束を村人の手に握らせる。


「結構。それではお願いします。……あっ、そうそう」

「な、何ですか?」

「あなたの家の場所と、食べ物の置いてある場所を教えてくれませんか? いやー、長旅で心身ともに疲れてしまって……」

「……はい」


 それから、家の場所と食べ物の場所を教えた後に村を奔走する村人。

 すっかり変人の下僕に成り下がってしまった自分に人知れず涙を流すのであった。




◇◇◇




「あ、あぁ……」


 夜も更け、漆黒に染まった村はずれで、一人の少女が座り込んだ状態で恐怖の呻き声をもらしていた。

 その目の前にいるのは1頭の狼。

 しかし、その眼に光はなく、まるで死体が動いているような錯覚にとらわれた。

 吐き出される息は辺りに立ち込める闇よりも暗く、黒い。

 これこそが、混沌に犯された狂いし獣そのものだった。


「ど、どうして……もう大丈夫だって言っていたのに……!」


 その少女の言葉は、つい半日前に残していった騎士たちに対して向けられたものだった。

 しかし、当の本人達はもうこの場にはいない。

 勝手に大丈夫だと判断して、ろくな確認もせずに先を急いだ結果が……これ。


 その感情が、無念が。

 少女の両眼に大きな雫を生み出した。

 目の前にいる獣は今にも襲い掛かってくる寸前だ。

 そして、自分は腰が抜けてもう立ち上がる事が出来ない。


 ろくに楽しい事も知らない若いみそらで、自分はこのまま死んでしまう。

 そして、沢山の行方不明者と同じようにその他大勢として扱われてしまうのだろう。

 そんな思いで一杯になり、泣きながら少女はその時を待った。

 しかし、いつになってもその時は訪れず、代わりに聞えるのは気の抜けた声。


「おーおー。可愛い女の子を泣かせちゃって。悪魔だね。お前」


 その声に少女は驚いて、顔を上げる。

 すると、狼を挟んで反対側に一人の男が立っていた。

 暗闇でよく見る事は出来なかったが、闇になれた瞳に映ったのはボサボサ頭の黒ずくめの男。

 両手に何か持っているようだが、それが何かは分らなかった。


「とは言え、それ以上は近づけないんだろう? 悪いな。俺が前もって遮断帯を配っておいたんだ。相変わらずの手際だと思わねえ?」


 その男の声に反応するように、狼は少女から背を向ける。

 それと同時に少女は自分が携帯している札を見た。

 それは、この暗闇にも関わらずに中に書いてある文字が見えるほどに淡く浮き上がっていた。


(遮断帯って……これ?)


 それは昼間に村人の一人であるサウジおじさんから貰ったものだ。

 たしか、必ず明日の朝までは身に着けるようにと、それから、夜の外出はしない事ということを言われていたのを思い出す。


「ひょっとして……これがあるから外に出るなって言ってたの……?」

「その通りだよ、お譲ちゃん」


 あくまで軽い調子の男の返答。

 しかし、その返答を聞き終わる前に狼が男に襲いかかった。

 先ほど少女に襲い掛かった時とは比べ物にならないほどのスピードでかける獣。

 しかし、男はそれを軽い身のこなしでかわすと、代わりに右手に持っていた『何か』を獣に投げつけた。

 そして、トントントンと、少女のすぐ傍まで近づくと、


「爆ぜろ」


 一言。


 それと同時に、先ほどの獣が音も無く弾けた。

 そして、黒い煙となって上空に向かってゆっくりと立ち上っていく。

 その様子を少女はぼんやりと見つめていた。

 その手際よりも、男の職業に気付いたからだ。


「ま……魔道士?」

「へぇ。博識だね、お譲ちゃん。こんなど田舎に住んでるくせに」


 あくまで馬鹿にするような男の台詞に、少女はムッとしたような顔を見せる。

 混沌が蔓延る前までは、少女は都会に出たいと思っていた。

 だから、この国のことをよく知っておこうと職業その他を勉強していたのだ。

 だからこそ、この男の職業である「魔道士」がどういう存在かよく知っている。


「あなたのような魔道士なんかに田舎者扱いされたくありません。剣士にも魔術師にもなれなかった半端物の癖に」

「そりゃそうだ」


 そう言って立ち上がる男の顔は特に気を悪くしたようなものは無かった。

 少女はその事に少なからず疑問を覚えた。

 自分は男を馬鹿にしたのだ。

 でも、男はそれをあっさり認め、あまつさえ笑みさえ浮かべている。

 そんな少女の疑問に答えるように、男は腰から新しい魔道具を出しながら答える。


「ホントの事だからな。俺達魔道士はこういった道具が無けりゃ力が使えない。魔力はあれどもスペルが扱えない半端な魔術師。それが俺らだ。しかも、魔力が高い分、身体能力が低いから剣士を目指しても高みには上れない。結果、剣士とも魔術師とも取れない中途半端な人間が多い訳だしな」


 その言葉に、少女の方が自己嫌悪に陥って頭を垂れる。

 売り言葉に買い言葉とは言え、助けてもらった相手に浴びせる言葉ではなかった事に気付いたからだ。


「けどな」


 けれど、男は少女に対して責める事はせず、代わりに持っていた魔道具を新たに腰から抜いたものも合わせて、都合六つの魔道具を辺りに突然投げはなった。


「飲み込め」


 その言葉と同時に伸縮する空間。

 その場所から僅かに見えた獣の足から、少女の傍にさっきまでとは違う獣が傍によっていた事に気付く。

 1頭どころではなく、まだ沢山の混沌の獣がいることに少女は驚き、恐怖した。

 しかし、そんな少女の頭を軽く叩くと、男は明るい声で笑いかけた。


「力の無い人間を守る事は出来る。中途半端でも俺達には戦う術がある。だから、その札今は大事に持っとけよ。そいつには俺の力おもいが詰まってる。そいつを持っている限り、奴らははお前さんに危害は加えられんのさ。だから……」


 男は瞳を鋭くすると、身に着けていたマントを少女に向かって放り投げた。

 マントの下から現れた体には、沢山の魔道具が括りつけられていた。

 その中の一つ。短刀型の魔道具を二つ、左右の手に持つと、


「安心してそこで見物してな! この俺の『舞台演劇』をな!」


 そう言って漆黒の集落を駆ける。

 その先には今正に沢山の獣が這い出しているところだった。

 暗闇の中に輝く二本の短刀のきらめきが、暗き悪魔を切り裂いていく。

 その様子は、正に舞台演劇のようだった……





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