第4話 行きつけのゲームセンター、商店街の喧騒は耳障りで心地いい

『不良とは関わらないほうがいいっていうし』


 凪の最後の言葉が、頭の中で何度も谺する。

 バイクを走らせながら、紀雄はダムでの出来事を思い出していた。


 なんなんだよ、あの女。不良には関わらないって、マジわけわかんねぇ。結局、クラスの奴らと同じかよ。


 大体、学校サボってる時点でお前も不良じゃねぇかって話だ。この時期にブレザーなんて着てるのも理解できねぇし、それに——

 ふと、頬を赤く染めた彼女の横顔を思い出して、紀雄の思考が止まる。

 ホント、わけわかんねぇ……。


 あれこれと彼女のことを考えているうちに、家の前に辿り着いていた。三階建てで、一階はほぼ駐車スペースになっている、無駄に豪華な家。

 紀雄が、ここで暮らす家族には必要な広さだと思ったことは、一度もなかった。家が広ければ広いほど、家族の距離は離れていく。この家に住んで、わかったことはそれだけだ。

 あの女の軽自動車の横にバイクを停めて、ムシャクシャしたまま玄関の重い扉を開けた。

 家の中は暗く、あの女——葉子は相変わらずいなかった。おそらく、最近できた新しい男の所にでもいるのだろう。

 浴室まで進み、汚れた制服を脱いでシャワーを浴びた。喧嘩で負った傷にお湯がしみたが、その温かさは心地よかった。急いで浴室から出るとタオルで身体を拭いて、Tシャツとジーンズに着替える。

 紀雄は早々に、再び夜になった外へと繰り出した。

 この家にいても、退屈なだけだ。それに今は、ふと気を抜けば凪のことを思い出して、モヤモヤと苛々が湧いて入り混じり、心が乱されてしまう。

 いつも暇つぶしに通っているゲームセンターまで、紀雄は早歩きで向かった。



「いいから金出せよ。おらぁ」

「お前から喧嘩売ってきたんだろ、おい」


 快活な声が漏れ出ている、居酒屋通りの一角。目的の建物の入り口に足を踏み入れようとしたところで、威圧的な声が聞こえてきた。

 ネオンサインが眩しすぎるほどに主張しているゲームセンターの端っこで、不良二人が中学生らしき男の子の胸ぐらを掴んで、睨みをきかせていた。


 ったく、こんな時間にカツアゲかよ。ここは警察が見回ってる場所だぞ。バカな奴らだな——


 ふいに、中学生の胸ぐらを掴んでいるゴリラみたいな男と目が合って、紀雄は思わず立ち止まった。

「あっ!」と、お互いが同時に叫ぶ。


「てめぇは……」


 昼間に、俺に喧嘩売ってきた奴の一人じゃねぇか。後ろの金髪は知らねぇけど。


「なんだ、雑魚か」

「茂野、知り合いか?」

「ああ、ただの雑魚だ」


 スポーツ刈りのゴリラが、後ろを振り返って金髪の質問に答えた。紀雄はすでに拳を握り締めている。


 こ、この野郎……。


「雑魚雑魚うるせぇんだよ! 俺にビビって三人でかかってきたのは、お前らだろうが!」

「あ? またやられてぇのか?」

「上等だ。俺がガキをカツアゲしてるような奴に負けるか!」


 スポーツ刈りが中学生を突き飛ばして、紀雄のほうに足を向ける。右手を伸ばして、肩を押して来た。改めて向き合うと、175センチの紀雄よりも頭一つ分は大きい。

 しかし、そんなことで怯む紀雄ではなかった。


「この……雑魚が!」

「それしか言えねぇのか、てめぇは! 大体茂野って、頭全然シゲてねぇくせによぉ!」


 途端に殴り合いが始まった。金髪は、喧嘩はめんどくさいのか、ハァとため息を吐くだけで加勢してくる気配はなかった。


「さっさと倒れろ!」


 何度殴られても、紀雄は激しく対抗した。昼間喧嘩した時よりも、気持ちが昂っていた。

 学校でのことと、凪との出会いが、頭でグルグル、グルグルグルグル回り続けているのだ。

 クラスに入った時に聞こえてきた男子生徒の会話、授業中の萩尾先生の説教。そして、彼女の言葉……。


 不良ってなんだ? 勝手にそんな名前つけやがって。俺はべつに、不良になりてぇわけじゃねぇよ。ただ先公が気に食わなくて、狭苦しい教室に縛られたくなくて、薄暗い家にいたくねぇだけだ。バイクが好きで暇つぶしにタバコ吸ってるだけだ。それの……。


「何が悪いんだよ!」


 一心不乱に振りかぶった拳が、スポーツ刈りの顔面に綺麗にはいった。

 金髪が「茂野!」と叫んで、駆け寄ってくる。再び身構えた紀雄だったが、金髪はやはり、殴りかかってくることはなかった。坊主頭の太い二の腕を掴んで心配そうにその顔を覗きこんでいる。


「もう終わりか? 茂野くんよぉ」

「上等だよ、てめぇ……」


 口元に垂れる血を腕で拭って、スポーツ刈りが立ち上がる。紀雄も少し楽しくなってきて、薄ら笑いを浮かべた。

 しかしここからが本番というところで、

「おい! なにやっているお前たち!」


 雷のような突然の怒鳴り声に、紀雄はすぐにヤバいと察して、反射的にその場を逃げだした。見なくても、警棒を腰に携え、肩の無線機に手をかけている警官だとわかった。

 紀雄は後ろに目を向けることなく、ただ全力で走り続けた。



 色とりどりの明かりを放つ商店街を抜けて、家やマンションが集っている団地の中へと入る。そこでようやく、紀雄は後ろを振り返った。警官は追ってきていなかった。

 ふぅ、なんとか撒けたか。茂野たちのほうに行ったか? あいつらが捕まってくれてりゃ、万々歳なんだが。


「先輩!」


 膝に手をついて休んでいるところ、さらに安心しかけていたというのもあって、いきなり声をかけられた紀雄の身体は、アニメのキャラクターのように跳ね上がった。


「うおわぁぁぁ! だ、誰だよ! 心臓止まるかと思った……じゃねぇか……」


 そこにいたのは、坊主頭たちにカツアゲされていた中学生だった。めげずにずっと、紀雄を追いかけてきたらしい。


「え? なに? 俺になんの用……?」


「助けてくれてありがとうございます! オレ、宮桐矢悠っていいます。先輩の舎弟にしてください!」


 言葉を遮って頭を下げてくる中学生に、紀雄はどうしていいか戸惑う。


「いや……舎弟とかいらねぇんだけど。そもそも教えることなんて——」

「先輩の喧嘩に惚れました! その不良の道に、ぜひ付き添わせてください!」


 何度も頭を下げる中学生を見て、紀雄は今日一番のため息を吐いた。


「だから不良じゃねぇって……」


 なんなんだよ、今日は。

 どっと疲れが身体を襲って、紀雄はもう何も答えずに、ただ手で追い払う仕草をした。それでも中学生はキラキラとした眼差しを紀雄に向けてくる。よく見ると、左耳に金色のピアスをしていて、前髪の一部分だけを金髪に染めていた。


「オレと一緒に、このつまらない世界をぶっ壊しましょうよ!」

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