第72話そして一人に……

 

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そわそわと何度も後ろを気にしながら、カシアは舎弟の魔物たちとともに、人間界へ戻る洞窟へと向かっていく。

 その手には、玉虫色の石が不気味にきらめくエナージュの杖が握られていた。


(人間界に戻れば、あんな中堅魔王ぐらいアタシでも相手できるのに……)


 カシアは強く杖を握りながら唇を噛みしめる。口の中が急に苦くなり、体の奥深くまで貯まっていく気がした。


「あ、姐さん、大変です! 後ろからソルが追って来ています!」


 幻獣レミュアに並んで飛んでいたガーゴイルが、後方を指さして叫ぶ。


(まさか……アイツら、やられたのか?)


 愕然となり、カシアの目が大きく開かれる。

 動揺して指示を出せないカシアの代わりに、ワーライオンが大声を出した。


「俺たちもシャンド様に習って、体を張ってソルをとめるぞ! 姐さん以外、全員レミュアから降りろ!」


 どの魔物も反論どころか躊躇さえせず、次々にレミュアから飛び降りていく。

 最後に残ったワーウルフは、カシアをチラリと見て申し訳なさそうに笑った。


「姐さん、どうかお達者で」


 その一言が終わらぬ内に、ワーウルフの姿も消え、カシアだけがレミュアの背に残った。

 思わず泣きそうになるが、カシアは歯を食いしばって耐える。


(……絶対に杖を村に持ち帰ってやる。アイツらの犠牲をムダにしてたまるか)


 前方にいた魔物たちがいなくなり、前からの風が直接カシアへ当たる。それに負けじと頭を低くし、行く先を凝視し続けた。


 間もなくして、洞窟の入り口が見えてくる。

 レミュアはそのまま洞窟の穴へ頭を突っ込もうとした。が、その大きな体躯は洞窟に入りきらず、立ち往生することになった。


 カシアは背中から降りると、レミュアの顔に近づいてそっとなでた。


「お前はしばらくここら辺に隠れていろ。ソルが洞窟に入ったら、シャンドたちを見つけに行ってくれ」


 言葉は話さなかったが、レミュアは返事の代わりにゆっくりとまばたきをして、森の中へと姿を消す。

 倦怠感はあったが、ここでめげる訳にはいかないとカシアは息を深く吸ってとめる。そして洞窟の中へと駆け出した。

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