第71話魔王に出し抜かれて
「エミリオ、危ない!」
咄嗟にランクスはエミリオを突き飛ばし、ソルの口内を穿とうと狙う。
にやり。ソルの口元が不穏に歪む。
そして俊敏に口を閉じ、下から上へ爪を振り上げた。
(マズい、防げるか?)
ランクスは剣でどうにか爪を受ける。
だが、土砂崩れのような勢いに力負けし、体が大きく後ろへ吹き飛んだ。
空を舞う最中、ソルがランクスへ迫る。
「面倒だ、さっさと始末してやる」
ソルの溢れ出る殺気が、すべて自分のところへ向けられている。
そんな気配を感じているのに、ランクスは目を閉じずに剣を握り続けることが精一杯だった。
次の瞬間――。
風の渦がソルを横殴りにし、リーンハルトの槍が炎を揺らしながら鋭い突きを繰り出す。
小さく「チッ」と舌打ちし、ソルは身を翻してリーンハルトへ向かった。
飛ばされたままのランクスは、背中から木にぶつかる。鋭い痛みが胸を突き上げ、全身へ広がった。
そのまま地面へ崩れ落ちると、即座にエミリオが駆けつける。
「大丈夫ですか、ランクス!」
口を動かしながらエミリオは回復魔法をかける。しかし、魔界で力が弱っているせいか、いつもより効きは遅かった。
足に力を入れて立ち上がると、ランクスはふらつきながら剣を握り直した。
「オレは大丈夫だ。早くリーンハルトを加勢してくれ」
チラリと光の結界を見ると、ベルゼも鈍いながら動き始めている。悠長に回復している暇はなかった。
エミリオは「分かりました」と言い残し、駆けながら魔力を貯め、雷の矢をソルとベルゼへ放つ。
駆け出そうとしたランクスは、脇に走る痛みに顔をしかめた。
(肋骨にヒビが入ったか? まあ、こんな痛みなら後からいくらでも治せる)
心で強がりながらも、痛みで息がとまる。それでもランクスは歯を食いしばり、ソルへ斬りかかった。
「案外しぶといな人間ども。フンッ、時間がもったいないわ」
鼻を鳴らしながらソルはランクスの剣を避けると、踵を返して飛行した。
そして向かった先は、カシアたちが向かった方角だった。
「じゃあな、ベルゼに人間ども。テメーらの命より、杖のほうが大事なんだよ」
そう言ってソルは姿を消してしまった。
「ヤバい、カシアがソルに追いつかれる!」
ギョッとなってランクスがエミリオに叫ぶと、彼は小さく首を横に振った。
「アレは私と相性が悪いですね。肉体が強靱すぎると魔法が効かないんですよ。だから二人のどちらかが追って下さい」
ランクスがリーンハルトに視線を送ると、彼はベルゼが飛ばす氷の槍を避けていた。
こちらと目が合い、リーンハルトは応戦したまま叫んだ。
「ランクス、お前が行くんだ! ベルゼは私とエミリオで食いとめてみせる!」
迷っている暇はない。ランクスがうなずくのを見て、エミリオは指先を真上に指し、わずかな魔力を飛ばす。
そして上空から舞い降りてきたのは、純白の羊らしき幻獣だった。半透明の体はモコモコとした毛に覆われ、頭の左右には鋭く尖った角が生えていた。
「力こそありませんが、走ることだけは誰にも負けません。ランクス、それに乗ってソルを追って下さい」
「分かった。杖を村に届けたら、すぐ助けに戻る。それまで生きていろよ」
ランクスは助走をつけて幻獣に乗ると、そのまま後ろを見ずに幻獣を走らせた。
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