四章:最強のジジイVSカシアと愉快な舎弟ども

第40話おつかい修行も楽じゃない


 ルーテス地方の西端に位置するスピージャの町は、海に面した漁師町だった。

 海岸には小型船舶が隙間なく並び、大きな貿易船も何隻か停泊している。白壁で統一された町並みは日差しを浴びて白く輝き、海と空の青にとてもよく映えた。


 しかし今、砂浜の白い貝殻を思わせる町は激変していた。

 あちこちで建物に穴が空き、中には倒壊した家屋もあり、廃墟寸前まで追い込まれていた。


 原因は海の魔物――二週間ほど前から出没を始めた海竜や飛竜、カジキよりも巨大な体で鋭い牙の生えた大魚などが現れるようになり、町人の抵抗も空しく被害が拡大していった。


「魔物は怖いが、生まれ育ったこの町を失いたくねぇ。どうすりゃいいんだ」


「町長がストラント村に助けを求めたって言うが、本当に来てくれるのかよ」


 この二週間というもの、人々は町の広場に集まり、口々に不運を嘆き、いつ来るか分からない助けを待っていた。

 いつものように人々が話していると――シュンッ。

 人々の上空に三人の青年と、一人の少女が現れた。




 一行が地に足を着けると、真っ先にランクスが町人たちの前に出て声を張り上げた。


「オレたちはストラント村から派遣されてきた者だ! 今から魔物の討伐を始めるから、死にたくないヤツは町の外へ避難してくれ」


 にわかに歓声が上がり、沈んでいた人々の顔が明るくなる。そして「お願いします」「町を救ってくれ」と一行に言いながら、町の外へと移動を始めた。

 カシアが膝を屈伸させて体を慣らしていると、不意にランクスが上から頭を押さえつけてきた。


「おい、なにしやがる! 気安く触るな」


「いやー、触りやすいところに頭があったから、つい」


 ワシワシとなでくり回しながら、ランクスは言葉を続ける。


「今回は竜がいるから、お前さんは絶対に前衛へ出てくるな。浜辺に打ち上がったザコを退治してくれよ」


 正式にストラント村の住人となり、魔物退治を回されるようになって三ヶ月になるが、未だに任されるのはザコ魔王や魔物ばかり。今回はランクスたちの仕事を手伝えと言われ、少しは手応えのある内容かも、とカシアは期待していたが、フタを開けてみれば内容はいつもと変わらずだった。


 カシアはランクスの手から逃れると、途端に膨れっ面になる。


「またザコ退治か。いい加減、もっと手応えのあるヤツと戦わせろよ」


「まだ巨人タイプの魔物を一人で倒せないのに、生意気を言わないで下さい」


 準備を終えたエミリオが、海岸へ向かおうとカシアの隣を横切りながら言い捨てる。

 グッと言葉に詰まり、怒りでカシアが手を振るわせていると、リーンハルトが静かに肩を叩いてきた。


「誰でも最初は同じようなものだ、そんなに焦らなくてもいい。少なくとも以前よりも力をつけてきているから、今より格上の魔物や魔王たちと戦える日もそう遠くではない」


 いつも見下してくるランクスやエミリオと違って、リーンハルトは人の成長を認めてくれるから嫌いじゃない。……でも、これって言い方を変えただけで、アタシが弱いって言われてるようなもんだよな。ちくしょう。


 釈然とせずカシアが目を据わらせていると、ランクスが横目で見やり「さっさと行くぞ」とうながし、海岸へ向かい始めた。


 二人の背中をカシアが追い、最後尾をリーンハルトが歩いていく。広場から海岸へと伸びる坂道は思ったよりも急な斜面で、わずかに体を後ろへ倒しながら慎重に進んでいった。

 海岸へ近づくにつれ、海辺で水浴びをする飛竜や砂浜で日光浴をする海竜、海の中をグルグルと泳ぐ巨大な魚の影が見えてくる。


「それじゃあ、さっさと片付けるとするか」


 ランクスが剣を抜きながら駆け出す。

 下り坂の勢いを借り、あっという間に砂浜に出ると、鮮やかに海竜の胴体を斬りつけた。

 キャアァァァッと女性の金切り声に似た海竜の叫びに、魔物たちがざわめく。


 海竜が長い首をしならせて、頭部でランクスに殴りかかる。

 が、動きを先読みしたランクスは素早く飛び退き、再び海竜に一太刀食らわせた。分厚い皮を裂き、剣の風圧で砂浜や海に太刀筋ができた。


 認めるのは悔しかったが、本気を出したランクスは強いとカシアは思う。ギードのように山ひとつは斬れないが、装備品の力を借りずとも俊敏に動ける足がある。敵が一撃入れようとした隙に、何度も剣を閃かせて魔物を切り刻んでしまう。


 エミリオとリーンハルトも砂浜に出ると、各々に攻撃の態勢へ入る。

 軽く跳躍してそのまま空へ飛ぶと、エミリオは両手を海へかざし、真下に向かって巨大な暴風の塊を放つ。


 海の水ごと魔物たちが吹き飛び、砂浜に追いやられる。

 その瞬間にリーンハルトが槍を繰り出して魔物をなぎ払う。と、吹き飛ばされた飛竜が、口を開けて炎を吐き出してきた。

 炎に慌てる様子もなく、リーンハルトは槍を回転させながら突き出し、炎もろとも飛竜の口を穿ち、頭を貫いた。


 一方カシアは遠巻きに戦いを見ながら、たまにこちらへ吹き飛ばされてくる魚型の魔物を始末していた。


(こんなことやってても強くなれないだろ。アタシもアイツらみたいに華々しく戦いたいのに)


 カシアが恨めしそうにランクスたちの戦闘を見ていると――。

 ――エミリオが繰り出した火の玉が、カシアのほうへ飛んできた。


「なっ!」


 咄嗟にカシアは結界を張り、火の玉を跳ね返す。


「ちゃんと狙えよ! 危ないだろ――」


 顔を赤くしてエミリオを非難しようとしたカシアに、今度はランクスの斬撃が飛んできた。

 これも結界ではじき返すと、間髪入れずにリーンハルトからの斬撃も飛んでくる。


(リーンハルト、アンタもか!)


 こめかみに青筋を立てながら、カシアは魔物だけでなく、味方からの攻撃にも神経を尖らせる羽目になった。

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