第31話そろそろ試練を受ける時



 エマの食堂に足を踏み入れると、カウンターにはエミリオやリーンハルト、アイーダが雑談をかわしていた。

 カシアとランクスに気づき、彼らは話すのをやめて二人に目を向ける。


「カシア、今日もギードさんに挑んできたの? いつもコテンパンにやられてるのに、全然めげないわね。感心、感心」


 朗らかに笑うアイーダへ、ランクスが眉をひそめる。


「頼むからコイツを煽らないでくれ。すぐ調子に乗って無茶しやがるから」


「ええ。カシアは浮かれると周りが見えなくなりますからね。魔法を教えるのが面倒になりますよ」


 エミリオが相槌を打っているところへ、ランクスがその隣に座る。

 カシアも座ろうとしたが、ランクスの隣は面白くなかったので、敢えてリーンハルトとアイーダの間に座った。


 厨房のほうから「もうちょっと待っててねー」とエマの声が飛んでくる。肉を焼いているのか、香ばしい臭いが店内に広がり、カシアの空腹を加速させた。


「ところでランクス、エミリオ。カシアの特訓はどこまで進んでいる?」


 腕を組んで椅子に深く腰かけていたリーンハルトが、不意に口を開いた。それを受けてランクスは苦笑を浮かべる。


「最初はオレが手を抜いた攻撃でも防ぐことで精一杯だったが、今は少し本気を出しても反撃できるぐらいには成長したな。村に来る魔物も一人で退治できるようにはなったし……。腕力はないが、素早いからオレの服をかすることはたまにあるぜ」


 確かに以前よりもランクスの動きについていけるようにはなったし、ランクスが本気を出してくる瞬間もある。だが、まだ体に傷をつけたことがないので、今はそれがカシアの中で当面の目標となっていた。


 表情を変えずに今度はエミリオが口を開く。


「魔法はまだまだ初級の域を抜け出ていないですよ。ただ、火や氷の攻撃魔法も、回復や結界の魔法も覚えてくれました。順調に半端者になってますよ」


 最後の一言は余計だろうが。

 無言でカシアがこめかみに青筋を立てていると、リーンハルトがわずかにうなった。


「それぐらいの力がついたなら、そろそろ正式にストラント村の住人になるための試練を受けてもよさそうだな」


「試練って……なにをやるんだ?」


 カシアが首をかしげると、アイーダが「懐かしいわね」と大きく息をついた。


「この村に住む力があるかを試すために、近くにいる魔物の群れを一人で倒すのよ。私の時は森でグリフィンを二十体ほど引き連れた魔王を倒したんだけど、結構あっさり片付いたわよ」


 軽々と言っているが、鷲と獅子を合わせたような魔物のグリフィンは、カシアが一匹倒すだけでも苦戦する魔物だ。魔王クラスともなると、まだ相手にしたこともない。しかもアイーダは魔法も武器も使わず、素手のみで二十体――改めて彼女の強さを思い知る。


 今の自分にそんなことができるのか? とカシアが自問自答を始めたところで、ランクスが「お前は特別だろうが」とぼやいた。


「アイーダみたいな無茶をする必要はねぇが、確かにそろそろ試練を受けても大丈夫とは思う」


「それなら隣のブリジッド地方で弱小魔王と魔物の一味が現れているらしいですよ。ゴブリンばかりが集まっているようですから、カシアの試練にはうってつけだと思いますよ?」


 エミリオの提案に、ランクスたちが各々うなずく。

 勝手に話を進められて訳が分からなくなっているカシアに、ランクスは含みのある笑みを向けた。


「じゃあ今度、カシア一人でそいつらを退治してもらおうか。まともに戦えるか、オレとエミリオが見届けてやる」


「待て、私も同行しよう。お前たち二人に任せておくのは、少し心もとないからな」


 リーンハルトの意見に、ランクスとエミリオが少し不快そうに眉根を寄せる。おそらく「口うるさいのが来んのかよ」「面倒ですね」と思っているのだろう。


 この二人の面白くなさそうな顔を見ると、気分がスッとする。

 カシアが小さく嘲笑を浮かべると、それを見たランクスが「うわ、可愛くねぇ」と小声で吐き捨てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る