第19話ようこそ『まったり亭』へ
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午前中の時間を使って、取りあえずカシアは身につける防具を決めた。護りの指輪にグリフィンのローブ、素早さの上がる疾風のブーツ――大きさを調節するために、指輪以外はルカが家へ持ち帰った。
そして間もなく昼食の時間ということでランクスとエミリオに連れられて行ったのは、村のちょうど中央にある、ナイフとフォークの絵が描かれた看板のある建物だった。絵の色が掠れているせいで店名は入り口の扉に来てようやく読めた。
遠目からは少し大きめの民家にしか見えなかったその店の名は『まったり亭』。中へ入ると、点々と並んだテーブルと椅子と、香ばしいパンの香りが三人を出迎える。
カシアが口の中に唾をためこんでいると、奥のカウンターから小柄な女性が現れた。
大きな白いエプロンを身につけた、見るからにおっとりとした顔立ちの女性だ。前後の髪をひとつにまとめ、頭上でお団子にして束ねている。その分、広くツヤツヤした額が強調され、剥きたてのゆで卵を思わせた。
「いらっしゃい、ランクス、エミリオ。いつもより来るのが早いわねー……あら、もしかしてその子がカシアちゃん?」
女性はおっとりした口調に相応しいニコニコとした笑みを浮かべながら、カシアに近づいてその手を握ってきた。
「初めましてカシアちゃん。私はエマ、ここで料理屋をやってるの。よろしくねー」
ここまで馴れ馴れしくされると毒気を抜かれてしまう。カシアはエマの笑顔につられて口端を引き上げ「よろしく」と一言伝える。
こちらの手を離さず、エマは「せっかくだからこっちに来て」と言って、カウンターへカシアを引っ張った。
席にカシアが座ると、ランクスとエミリオも並んで座る。エマは手際よく三人に水を出すと、カウンターに備え付けられたキッチンで、野菜を刻みながらカシアの顔を見つめた。
「昨日の夜は、みんなカシアちゃんの話で盛り上がってたのよ。あのギードさんに女の子が挑んだって聞いたから、どんな子なのかしら? って思ってたんだけど、こんなかわいい子だなんて思わなかったわ。もっと――」
「もっと粗野で山猿みたいなヤツって思ってたのか、エマさん?」
ランクスの冗談めいた言葉に、エマは悪びれもなく笑顔で答える。
「だって、みんな言うことが『無謀なバカ』とか、『猿山のボス猿』とか、『頭も顔も怒ったイノシシだ』とかだったもの。誰だってそう思うわ」
人がいない所でそんな好き勝手言ってたのか、村の連中は……っていうか、それをアタシに言ってどうすんだよ! この人、かなり天然入ってる。
内心怒りよりも呆れのほうが大きい。カシアが目を細めて微妙な顔をしていると、ランクスが「相変わらず遠慮ないな」と苦笑してから頬杖をついた。
「コイツ、これからこの村に残ってオレが鍛えてやるんだ。ま、ようはオレの一番弟子ってことだな」
さらりと聞き捨てならない言葉を聞き、カシアは思わず「ふざけんな」と声を低くした。
「誰が弟子だって? アンタの弟子になった覚えはこれっぽっちもない!」
熱くなるカシアをよそに、ぽつりとエミリオがつぶやく。
「魔法も使えるようなら教えていきますから、私の一番弟子になるかもしれませんね。せめて便利な小間使いになるよう鍛えましょう」
「アンタの弟子にもなるつもりはない。それから、弟子と小間使いは違うだろうが!」
コイツらの弟子……なんて不快な言葉だ。
苦虫を噛みつぶしたような顔のカシアへ、ランクスは「強くなりたいんだろ?」と失笑した。
(クッ……コイツらを見返すためだ。そのための屈辱なら耐えてやる)
三人のやり取りを見ていたエマが、「まあ」と弾んだ声を出した。
「新しい村人さんになるなら、お祝いしなくちゃ。ちょっと待っててねー、ごちそう作っちゃうから」
そう言ってエマはくるりと背を向け、奥の厨房へと入っていく。早速なにか作ろうとしているのか、中からガチャガチャと調理の機材を取り出している音がする。
しばらくして音が消える。そして「あら」というエマのゆったりした声が聞こえてすぐ、厨房からヒョコッとエマが顔を出した。
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