第18話防具の選定も一苦労
ランクスが「意外と面倒だな」とぼやくと、エミリオが大きくうなずいた。
「まずは武器よりも防具を決めるのが先決ですね。また同じような目に合うでしょうから、ダメージを十分に軽減できる物を装備させましょう」
おもむろにエミリオはアイテムの山に向かうと、身を屈めて物色し始める。
上にあった剣や杖を退かし、下のほうから色合いの淡いローブや、軽そうな生地の外套などをいくつか取り出して隣へ分けていく。どれも男物なのか、カシアが身につけるには大きな代物だった。
「鎧や盾よりも、力のない魔導師や召喚師が身につけられる物のほうがいいんじゃないですか? 大きさはいくらでも変えられますから、好きな物を選べばいいですよ」
エミリオに言われてカシアはしっかり選ぼうとしてその場にしゃがみ、物に顔を近づける。気になった物を手に取り、形と感触を確かめていく。その中で薄茶色のローブが目にとまり、取りあえず羽織ってみた。
物色する手をとめて、エミリオがカシアに振り返った。
「それはグリフィンのローブ。魔物の革を薄く伸ばして作った生地で、ドラゴンの炎ぐらいは防いでくれますよ」
「よく分からないけど、なんか強そうでいいな。じゃあこれ貰おうかな」
カシアの声に、エミリオがいつになく爽やかな微笑を向けた。
「ああ、それは……金貨百五十枚ですね」
「は? 金取んの?」
目を丸くしたカシアを見て、すぐにエミリオは表情を消す。
「誰も無償だとは言ってませんよ。元々そのローブは私の物です。どうせ今は払えないでしょうから、強くなって魔物を倒して稼げるようになった後で構いませんよ」
カシアは呆然とエミリオを見た後、聞こえるように舌打ちした。
「ふざけんな。お前に払う金はない!」
「なら他の物を選んで下さい。もっとも、この中で一番いいアイテムは私が持ってきた物ですけどね」
偉ぶるエミリオの肩を、ランクスが軽く叩いた。
「エミリオ、お前こんな時まで金勘定かよ。商魂たくましすぎだって」
「私は商人。利を得ようとしてなにが悪いんですか」
黙っていれば聖人みたいな外面なのに……と、カシアは顔を引きつらせる。きれい事ばかり言う清らかさを気取った人間よりもマシだと思うが、コイツに金を払うなんてまっぴらだというのが本音だ。
金にならないと分かってか、エミリオは立ち上がって道具の山から離れた。
「ったく、しょうがないな。エミリオの物以外でいい防具は……っと」
入れ替わるように今度はランクスが物色を始める。
にやけながら彼が手にした物は、ほとんど紐のようなどぎついピンクの布きれだった。よく見ると、かろうじて女物の下着の形をしている。
「やっぱ女性の防具って言ったらコレだろ、魔女の水着」
「そんな穴あき雑巾みたいな物が防具になるか!」
間髪入れずにつっこんだカシアへ、ランクスは人差し指を立てて横に振る。
「見た目によらず防御力は高いぞ。身につければ防御壁を全身に張ってくれるし、どんなに色気がないヤツでも色っぽく見えるっていうオマケつきだ」
絶対に後のほうがコイツの狙いだ。
カシアがランクスへ軽蔑の眼差しを送っていると、背後から草を踏む足音が聞こえてきた。
「やっぱりアンタたちだけじゃあ、まともに道具を選べないねえ。そんな調子じゃあ、時間がいくらあっても足らないよ」
甲高くゆったりとした老婆の声。カシアが振り向くと、先日村の池で釣りをしていた老婆がにこやかに立っていた。今日も釣りをする気なのか、手には木の釣り竿が握られ、腰には自作と思しき木彫りのルアーがいくつもぶら下がっている。
ランクスが誤魔化すように咳をすると、老婆の元へ歩み寄った。
「カシア、この方は村の長老ルカ師。ギード師匠と並ぶ、伝説のシャーマンだ」
紹介されてカシアはルカに目を見張る。
同じ伝説と謳われるギードは見ただけでその迫力に圧倒されたが、ルカにはそれが皆無だ。どう見ても背中の曲がった気の優しそうな老婆にしか見えない。
(ここでアタシが突き飛ばしたら、呆気なく倒せそうな気がするんだけど)
そう考えたことを見透かしたように、ルカはカシアへ「やめておくんだね」と釘を刺してきた。
「あたしの得意分野は呪術……己を守る術を持たないヤツなら、あたしがちょっと念じれば殺すことだって出来るんだよ。勝てない相手にケンカは売らないほうが懸命だねぇ」
変に脅すような声ではなく、世間話をするような口調であっさり言っているところが逆に怖い。カシアは負けた気分になりながらも、大人しく殺気を引っ込める。
するとルカは「素直な子にはご褒美よ」と言いながら自分の懐を探り、小さな青い石のついた指輪を取り出した。
「ほら、ちょっと左手を出してごらん」
言われるままにカシアは左手を差し出す。と、ルカはその指輪をカシアの小指にはめてくれた。
「これは護りの指輪。身につけるだけでグンと防御力が上がるんだよ。一応ここの村人になったんだから、お古だけどカシアにあげるわねえ」
カシアはルカにぎこちなく「あ、ありがとう」と伝え、指輪をしげしげと見つめる。日の光を弾いて輝く石がきれいで、見ているだけで嬉しくなってくる。
不意にカシアの背後から、エミリオが指輪を覗き込んできた。
「そういえばそんな指輪がありましたね。初心者向けの誰でも装備できる物――けれど、ルカ師の護りの指輪ともなれば相当な物のはず。譲渡したというサインがあれば、金貨三百枚にはなるでしょうね」
うなりながらブツブツ言うエミリオへ、さっきのお返しとばかりにランクスが彼の頭を叩いた。
「金の勘定はやめろってーの。お前もカシアが村人になった祝いと思って、今回は持ってきたヤツをタダで譲ってやれよ」
珍しくまともなことを言ったと、カシアは腕を組んでうなずく。
エミリオは頭をさすってから、「しょうがないですね」と薄く笑った。
「ここは私が折れましょう。まあ、タダより高い物はないってことは覚えていて下さいよ、カシア」
不吉な言い回しだと感じながらも、タダという言葉にカシアの心は浮き足だった。
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