第8話カシアの決意


 驚きのあまりまばたきを忘れ、カシアはその場に固まる。


(な、なんだよそれ……いくらなんでも強すぎだろ。まさかこのジジィ、人間じゃないのか? ヤバい、みんな殺される!)


 今まで感じたことのない恐怖が、カシアの全身に行き渡る。

 圧倒的な力の差。どうあがいても太刀打ちできない。しかし、このまま家族同然に過ごしてきた仲間を殺されることだけは避けたかった。


(アタシが村へ行こうって言い出したから、こんな目に合ったんだ。だから――)


 カシアは振り返って首領に目配せした。


「お頭! アタシに守護のカギを下さい」


 叫んだ瞬間、首領の眉間にシワが寄る。

 少し間を空けてから、かすれ気味の声で「野郎ども!」と大声を張り上げた。


「カシアに守護のカギを渡してやれ! いいか、必ずコイツら全員の息の根をとめるんだ!」


 号令が出た瞬間、仲間たちは一斉に動き出す。

 その足音は――カシアに近づくことなく、後方の森へと消えていく。


 これはいざという時に使う仲間内での暗号。

 『守護のカギ』を渡された人間は、しんがりを務めるということ。


 そして『全員の息の根をとめろ』は、しんがりを切り捨て、残りは全員退却しろという合図だった。


 カシアは硬く目を閉じ、奥歯を強く噛みしめる。

 これでまた一人ぼっち。一人のまま、死んでいくんだ。


 溢れそうになる涙をこぼすまいと我慢していると、目頭が熱さを通り越して痛くなってきた。

 カシアは小首を振って気を持ち直す。


(こうなったらもうヤケだ。どうせ死ぬんだったら、アイツらに一泡吹かせて死んでやる!)


 カシアは目をつり上げて村人たちを睨みつける。と、ランクスが森を指さしながらギードへ話しかけた。


「師匠、あいつら捕まえて王都のヤツらに引き渡しますか?」


 ギードは面倒そうに頭を掻き、カシアへ背を向けた。


「放っておけ。あんな小物、まともに相手するだけ無駄だ」


 小物……家族同然だったみんなを……っ!

 仲間を見下されてカシアの心が逆なでされる。悔しくて思わず奥歯を強く噛みしめた。


(アンタらみたいな化け物から見ればそうかもしれないけどな、バカにするな! しかも追わないのか? アタシが残った意味がない――)


 不意にポンと肩を叩かれ、カシアは弾かれたように振り向く。

 いつの間にか隣へ並んだランクスが、にこやかにカシアを見下ろしていた。


「よかったなーお嬢ちゃん。まあ、オレらの気が変わらない内に逃げたほうがいいぜ」


 あの老人も腹立たしいが、この青年も不愉快この上ない。怒鳴りたくなるのを抑え、カシアは憎らしげに言葉をこぼす。


「そんなこと言って、アタシが背を向けたら容赦なく斬りつけるつもりなんだろ。信じられるか」


「用心深いことだな。まあお前さんがどう思おうが、オレたちはこれ以上弱い者いじめしねぇよ」


 呆れたように肩をすくめるランクスを見て、カシアの怒りが膨れあがった。


(ふざけんな! こうなったら――)


 カシアは軽く膝を曲げ、足に力をこめる。


(一番強そうなヤツに一矢報いて、コイツらの鼻をあかしてやる!)

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