第二幕ノ二十四ガ下 天井裏の痴れ者たち――イケナイ三人衆
花魁道中が終了する少し前、蒼龍たちが松竹屋へと来る前に、双葉の部屋の天井裏に忍び込み、天井裏に張り付いて身を潜めている三人の姿があった。
「おい、小袖……!! いくらなんでも、これはマズくはないか……?!」
「……ちょっとホコリっぽいけど……大丈夫……」
「そういう快適さについて論じているのではない……!! 蒼龍殿の言いつけを愚弄するかのような、この忍び込むという行為について言っているのだ……!!」
「そげんこと言うても、凛嬢もなんだかんだで一緒に忍びこんじょるやないか……」
「そっ、それはだな……いや、ちょっと待て……!! その前に、お前たちに問いただしたいことが一つある……!!」
「……なに……?」
「なんかい……?」
首をかしげる女中二人に、本気にわかっていないのかと、凛が小さな怒声をあげる。
「なぜ、私がこの服装をしなければならんのだ……!! よりにもよって、
凛の言う、“この服装”とは、楓から押し付けられた、あの生足にょっきり露出度MAXな巫女衣装のことである。
「……だって……それが凛ちゃまの正装だから……」
「ふざけたことを申すな……!! こんな破廉恥な恰好が私の正装なわけがないだろうが……!!」
「やけんど、凛嬢、正式に楓の弟子んばなって、その服装をもらったんやろう……? ちゅうことは、それが凛嬢の仕置き人としての正装っちゅうことたい……」
「な、なに……?! そ、そういうことになっているのか……?!」
「……間違いないと思う……」
小袖の肯定の言葉に、わなわなと怒りで全身を小刻みに震わす凛。
「そのような勝手なこと、私は容認できぬ……!! かくなるうえは、楓殿に直談判を――――」
「やめちょったがよかばい、凛嬢……」
「なぜだ……?!」
「……楓のことだから……凛ちゃまが文句をつけてヘソを曲げたら……もっとひどい服装をさせられると思う……凛ちゃま……ここは素直に妥協したほうがいい……」
「むぐぐぅ……!!」
言いたいことは山ほどあるが、確かに、女中二人の言い分はもっとも――というより、間違いないだろう。女狐が逆ギレしている姿が簡単に想像できてしまい、凛は言葉にならない呪詛を口の中で
「……それより……部屋の様子を見ないと……」
そう言うが否や、小袖は四次元袖口から、
「いつも思うのだが、キサマの袖口はどういう構造をしているのだ……?」
「……小さいことを気にしてると……良いお嫁さんになれない……」
小袖のこの一言に、凛は顔を赤く染めあげた。
「お、大きなお世話だ……!! それに、キサマの袖口に関する謎は小さいことではないぞ……!!」
「まあまあ凛嬢、どうせまともな答えば返ってこんとやき、小袖の袖口はこういうもんっち思っておいた方がよかたい……」
「……そうそう……小さいことは気にしない……」
「だから、小さくなぞないと――――」
凛がそこまで口にしたところで、小袖が凛に向かって人差し指を立てて、し~~っと静かにしろと訴えかけた。どうやら、部屋の中で何やら動きがあったらしい。
息を呑んで、物音をたてまいとじっとする凛。大袖もその横でじっと気配を消し、小袖は先ほど空けた穴から部屋の中を覗いていた。
そしてほどなくして、小袖が穴から視線を外し、凛の方へと目を向けた。
「……気のせいだったみたい……」
「なんのことだ……?」
「……下の部屋で……何か気配を感じたけど……誰もいない……」
「小袖んとこから見えんだけかもしれんぞ……?」
大袖がそう言うと、小袖が袖口を錐を出して大袖に投げわたした。大袖はそれを受け取り、キコキコと穴をあけてそこから下の部屋を覗き込む。
「おい……!! 私にも貸せ……!!」
凛は大袖からひったくるようにして錐を奪い取り、女中二人と同じようにキコキコと穴を空け始めた。それを見た小袖が、無表情のまま、ぷふぅ~っと吹き出した。
「……凛ちゃまも……悪い娘……」
「や、やかましい……!!」
凛が怒って小袖に向かって錐を投げつけるが、小袖はそれを袖口の中に吸い込むような恰好で受け取り、自分の空けた穴に目をやった。
まったく!! それでも藤堂家の女中か!! と不満に思いつつも、凛も女中二人にならって、自分の空けた穴から下の部屋の様子をうかがう。
しかし、小袖の言った通り、下の部屋に誰かがいるような様子はない。強いて言うなら、部屋の中の調度品が、実に趣味の良い絢爛華麗なものであることくらいだ。あれほどのものは、凛が一度だけ将軍様と御目通りしたときに、江戸城の中で見た調度品くらいしか見たことがなかった。
「すごいな……」
思わず感嘆の声を漏らす凛。すると大袖が凛の肩に手を置き、人差し指を立てた。
すると、下の部屋から、微かながら物音が聞こえた。緊張する三人。物音から察するに、障子戸を開けた音か。
各々が空けた穴から下の様子を、三人がじっとうかがっていると、果たして、下の部屋に一人の老婆が入ってきた。
部屋の調度品とあまりにも似つかわしくない醜悪な姿をしたその老婆の姿に、凛は首を傾げた。
女中……にしては、歳が行き過ぎているようだが……。
そんなことを思っていると、老婆に異変が起こり始めた。なんと、老婆の身体が淡い光に包み込まれ始めたのだ。いや、正確に言えばちょっと違う。老婆の身体から、淡い光がにじみ始めたと言ったほうが正しいのだろう。
何が起こっているのだ……?
凛が疑問を抱くと同時に、老婆の姿は完全に光によって包み込まれた。そして老婆の輪郭をしていた光が、見る見るうちに長身の人型の輪郭へと変貌していく。
やがて、光が消えた。そして、光の中から現れたモノの姿に、凛は息を呑んだ。
美しい肢体を惜しげもなくさらした、生まれたままの姿の絶世の美女。至高の芸術品ともいうべき神々しさを帯びたその美女の美しさに、凛が呆気にとられていると、小袖が凛のそばへとにじりよってきて耳元でささやいた。
「……大丈夫……凛ちゃまも……負けてない……」
「う、うるさい……!! そんなことより、キサマは、あの女性のことを知っているのか……?」
「……うん……あれが、双葉……」
「なに……?!」
改めて自分の空けた穴をのぞきこむ凛。しかし、そこからは双葉の姿が見えなくなっていた。
「こっちからやったら見えるばい……」
大袖の言葉を聞き、カサカサカサカサっと大袖の空けた穴へと移動する凛。
……まるで、ジョロウグモみたい……吉原だけに、女郎蜘蛛……。
ぷふぅ~っと無表情のまま、自分が上手いこと言ったとチョイウケしている小袖を無視し、凛が大袖の空けた穴を食い入るように覗き込む。
すると、そこには襦袢をまとおうとしている双葉の姿があった。
襦袢の袖への腕の通しかたにしろ、長い艶髪をかき上げる仕草にしろ、その一挙手一投足の全てが洗練された所作事だった。
む、むう……。
言いしれぬ敗北感をひしひしと感じている凛に、
「そもそも、双葉と張り合おうっちところが間違いっちゃ……凛嬢は凛嬢なりのいいところがあるんやき、そのままの凛嬢でおればよかたい……」
と、フォローをいれる。
「そ、そうなのだろうか……」
すると、今度は小袖がカサカサカサカサっと凛のもとへと這いずっていき、
「……そう……肌の白さとお尻の大きさと形の良さでは……凛ちゃまに勝てる者はいない……」
「や、やかましい……!! キサマはいつも、一言余計なのだ……!!」
「……褒められちゃった……」
「褒めてなぞおらん……!!」
「二人とも、じゃれるのはそこまでにしちょき……」
大袖がそう言うと、下の部屋から、まるで琴の調べのような優雅な声が響いてきた。
――どうぞお入りくださいませ。
姿、動作も美しければ、発する声も雅なモノか。天は二物を与えずなどという言葉、私は二度と信用せぬ。
ふんっ! と荒い鼻息一つつく凛の姿に、さしもの女中二人もフォローを入れることはなかった。
ほどなくして、部屋の中にぞろぞろと見知った顔が入ってきだした。その中で、凛がまず目をやったのは煉弥の姿。
……煉弥のああいう正装した姿をこうしてじっくり見るのは久方ぶりだな。
じぃ~っと煉弥を見つめ続ける凛。すると、いつの間にか自分でも気づかぬうちに、頬をほわっとほんのり紅く染めていた。
「……凛ちゃま……かわいい……」
「――――ッ?!」
思わず大声をあげかけてしまう凛の口を、大袖がデカい手のひらでしっかと塞ぐ。
「気持ちはわかるっちゃけんが、今は静かにしとき……」
凛は明らかに不満そうな表情を浮かべながらも、大袖にコクリと小さく頷いてみせた。その間に、小袖がまた錐で穴を空けていたらしく、小袖はその穴から下の様子をうかがっていた。
「……やっぱり……気のせいじゃなかった……」
小袖がそう呟くと、大袖が小袖に問うた。
「なんのことっちゃ……?」
「……見てみれば……わかる……」
小袖から促され、凛を身体で押しのけて穴を覗く大袖。そして、大きなため息をついた。
「まぁた、面倒しいやつがおるのぉ……」
やれやれと肩をすくめる大袖を、今度は凛がぐいっと身体で押しのけて穴をのぞいた。
すると、先ほどまで部屋の中にいなかった、ド派手な服装をした妙な優男が煉弥の背中に愛おしそうに抱きついている姿が目に映った。
ギリ……!! 歯ぎしりをする凛。
世知辛いものだ。女相手ならばまだしも、男にも嫉妬をせねばならぬとは。
「あいつは何者だ……?!」
「あいつはエンコっちいうて、昔、特忍組におったカッパたい……」
「か、カッパだと……?」
大袖からエンコの正体を告げられ、もう一度その姿をまじまじと見つめる凛。
どこからどう見てもカッパになぞ見えぬ。江戸の役者小屋から抜け出してきた売れない役者のようだ。
「……妖怪は……見た目で判断しちゃ……ダメ……」
小袖から言われると、なぜか物凄い説得力を感じるが、まあ実際のところそうなのだろう。それを言い出すと、楓なんかは、尻尾と耳さえなければ、どこぞの茶屋の看板娘のように見えなくもないのだから。
ううむ、と凛は一唸りしたところで、小袖に聞いてみた。
「しかし、昔いたということは、今はあのエンコという者は特忍組にいないのか……?」
「……うん……もし、いたら……小袖が八つ裂きにしてる……」
「物騒なことを言うな……」
「まあ、しかたなかと、小袖とエンコはちょっち因縁があるっちゃけんね……」
「八つ裂きにしたくなるほどの因縁なのか……」
と、凛が小袖を横目でチラリと見た時だった。突如として、下の部屋から大声が天井裏へと向けられた。
――隠れてねえで、出てきやがれ!!
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