レベル48

「どっちにしろオレは姫様にその気なんてないから無理だ」


 そのセリフを聞いた瞬間、体が硬直してしまう。

 当然の話だ。

 いきなり呼びつけておいて、お前は必要ないと言った。


 そんな事を言っておきながら最後は無様に泣いて縋り付く。


 最初からあのドラゴンスレイヤーの手を借りていれば、失われなかった命も有る。

 ふと、彼の者に怒鳴りつけられた、このワガママ娘。と言われた台詞が思い出される。

 まさしくその通りだ。私のワガママでどれだけの被害を出したか。


 そんなワガママ娘が気に入られる訳が無い。


「どうした姉貴、入らないのか? さっきはあれほど目が覚めた事に喜んでいたのに」


 このドアノブを回すのがなぜだか出来ない。

 あんたの所為で死にそうになったじゃないか、なんて詰め寄られたらどうすればいい……

 彼の者が窮地に陥ったのは……ひとえに私がバカな提案をしてしまった所為だ。


「……んだよ、らしくねえな」

「先にカシュアの部屋へ行こう。事情を知ってから話をしたほうがいい」

「……姉貴? どうしちまったんだよ一体。まるで何かに怯えているみたいだ」


 私が怯えているだと……怯える、など……この私が……

 生まれて始めて芽生えた感情に私は戸惑う。

 私には、スキル封印などというものが最初から存在していなかった。


 生まれ付いて自由に影を操る事が出来た。

 そんな私を害する事が出来るものなど、何一つとして存在しなかったのだ。

 2年前白竜が襲って来たときも恐れる事は決して無かった。

 私の影は思うがまま動き、実際に竜をも撃退したのだ。


 恐怖など感じた事は、本当にこれまで一度も存在しなかった……


「まあいいや、オレもカシュアには聞きたい事がごまんとある」


 私達はカシュアが居る別棟へ向かう。


「おお。兄上と姉上ではないか! 良く来たね!」

「……ちょっと見ないうちに、ふくよかになって」

「その姿なら俺でも見間違いしねえな」


 いやだって、彼に万が一の事があればボクだってただじゃすまないんだよ! 今のうちに食べられるだけ食べて置かないと。などと言ってくる。

 まあそういいながら、コイツはコイツで心配していたのだろう。

 昔からこの弟は、ストレスが溜まると食べる方向へ向かってしまう。


「目を覚ましたぞ、お前のご主人様」

「それは本当かね! ……いやあ良かった、本当に良かった」


 ポロポロと涙を零し始めるカシュア。


「そこであいつに話を聞く前に、先にお前の事情を聞いておきたいと思ってな。なんで女装なんてして居たんだ?」

「ん? 女装? ふむ、女装ね」


 カシュアは良くでっぱったお腹をポンポンと叩く。


「どうやらボクは女性になってしまったようなのだよ!」

「……ふざけてんのか?」

「イヤイヤ本当だよ! ほら見てくれたまえ!」


 とったのか?

 リーヴィ、いやここは本名であるカユサルと言おう。

 そのカユサルが真剣な顔をしてそれを見つめる。


「そこまでして……すまなかった、もうお前の命を狙う事は無い。許せないというのなら……この剣で、俺のモノも落とすと良い」

「イヤイヤイヤ! なに怖いこと言ってるの! やんないよ、そんなこと!」


 それに兄上には感謝している、と続けるカシュア。

 クイーズ君と引き合わせてくれて、魔都に送ってくれて、おかげでボクは自由と言う翼を手に入れる事が出来たのだと。


「そうか……確かに酒場でのお前はいつも笑顔であったな。心から笑って過ごせる、そんな場所を手に入れた訳か。そうだよな、あの場所はまさしく……理想の世界だ」

「そうだろう、そうだろう! なんたってエクサリー君のご飯はうまい! 歌もうまい! ああ、あそこで食っちゃねしてる頃はほんと幸せだったよ!」


 それではクイーズ君の所へ行こうかとカシュアがそう言ってくる。

 いや、まだ、心の準備がだな……


「そ、それにお前、そんなお腹で、あいつの前に出たら驚かれるだろう。少しは痩せてから……」

「ああ、それには心配は及ばないよ。クイーズ君のカードに戻れば、肥満どころか大怪我だってたちどころに元通りだ! ……あれ? どうしたの二人とも、そんな怖い顔して?」


 カシュアの話では、自分は魔都で一度死んで蘇ったという事だ。

 そして蘇ったカシュアには実体と言うものがなくなったらしい。

 年を取る事も無ければ、死ぬ事も無い。


 にも係わらず、記憶は継承される。


 それは過去未来、全ての者が求めやまない――――不老不死の秘法。


「お前、その事を誰かに話したか!?」

「うん? う~ん、ないと思うよ!」

「アホかお前! 口が軽すぎるにも程があるぞ!」

「ヒィ!」


 チャキンとカユサルが剣を構える。


「何の真似だ?」

「今師匠を失う訳にはいかない。王家の道具にさせるにはもったいなさすぎる」

「室内で私に勝てるとでも思っているのか」


 なるほど、私があ奴を捕らえ、国の所有物とする事を危惧しているのか。


「まってまって、ボクの場合はほんと偶然だから! 普通はモンスターしか出来ないんだよ!」

「だが、前例を作ってしまった。お前のようになりたい、もしかしたらお前と同じようになれるかもしれない。そう思う奴は後を絶たないだろう」


 ジリッ、ジリッと間合いを計るカユサル。


「お前にとっては実の姉である私より、そっちの方が大事なのか」

「元々俺達に兄弟の情など存在しないだろう? どちらかというと敵のようなものだ」

「確かにな……」


 バカな弟だ。影の充満するこの地で私に刃を向けるなど。

 だが、ここを抑えたとしてどうする?

 命の恩人でもあるあの者を国へ突きだすのか? 私が?


 そんな事をすれば……もう目も合わせてくれなくなるかもしれない……


 いや何を考えているのだ私は! あんな者の事などどうでも言い事ではないか!

 なによりも国以上のものがあってたまるものか!


「後悔するぞカユサル」

「灰色の世界に戻るぐらいなら、百万回後悔したほうがまだましだ!」

「オロオロ……」


 その時だった! 何者かが部屋に駆け込んでくる。


「伝令! 伝令でございます! 国境の街オホーテクルに、隣国ヘルクヘンセンが襲撃! そこにいた王と王子が襲われ、っ、王子が死去! 王も重体の模様!」


 それは、戦争の音を告げる衝撃の報告であった!

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