レベル41
「絶対音感……か」
まさか俺のスキルに、こんな使い道があったとは……
俺の名はカユサル。今はリーヴィ・スイ・ベリキュラスと称して、例のドラゴンスレイヤーの元に潜入捜査をしている。
しかし俺は今、当初の目的とはかけ離れた行動を起こしている。
――ビィーン!
師匠から貰ったベースギターを鳴らす。
心地いい響きだ。
俺があの小僧を師匠と呼ぶのは理由が有る。
俺のスキルは『聴覚探知・極』である。
このスキルを使えば、城中の内緒話が聞き放題だ。
どんなに聞きたくない言葉でもな。
俺に笑顔を振りまいていたアイツが。
俺の為にと言って駆けつけてきたコイツが。
俺を愛していると言った両親が。
その全てが虚言で出来ていると知るのに時間はかからなかった。
基本、どの国でも王家の者はたいがいスキルを隠している。
王族は強力なスキルを持っている場合が多く、他国に知れるのはまずいからだ。
俺も両親・兄弟にはスキルを隠している。とはいえ、親父は気づいてそうだがな。
王の寝室にはスキル封じの札を張り巡らせている。
ただ、俺のスキルは音の振動を探り出す。
その部屋から少しでも空気が漏れれば、何を言っているかバレバレだ。
そこまで気づいてはいないのだろう。
そしてそんなスキルを俺は――――毛嫌いしていた。
こいつはいつも、知りたくも無い、聞きたくも無い。そんな情報をいくつも俺に運んでくる。
だが俺にはコイツしかない! ここで成り上がるにはコレを使うしかない!
今回もまた、俺は耳を澄ます。王家の宝剣を手にされていないかどうかを探る為に。
そしたら聞こえてきた、異国の音楽。
少年が、世界を震撼させたバラードだと言って奏でだした音楽。
その一つ一つの音が、スキルを通して聞こえてくる。
心を締め付けられる、不思議な音色。まるで目の前に広がる雪景色のような真っ白な音楽。
俺のスキルが、音の世界を頭の中で再現する。知らず、一筋の涙が頬を伝う。
次の瞬間、打って変わって激しい音が俺を突き抜ける。
お次はハードロックだぜ、と音楽に合わせて少年が跳ねる。
それは今まで感じた事の無い熱い情熱が込められている。そんな気がする音楽。
体が、心が、逸りだす! 今にも走り出せと言わんがばかりに。
気が付けば俺は、身を隠そうともせずに、その音楽に夢中になっていた。
演奏が終わった後も、俺はじっと立ち尽くすしか出来なかった。
ずっと、そうずっと、スキルの効果か、頭の中で響き続ける歌。
音の一つ一つを分解し、そしてまたつなぎ合わせる。俺の聴覚探知にこんな力が?
「えーと……弾いて見る?」
ずっと立ちつくし続ける俺を不信がってかそう問いかけてくる。
俺は差し出された楽器のような物を手に取る。
これは……!? 音楽が、異国の歌詞が、頭の中を駆け巡る!
俺は夢中で楽器をかき鳴らし続ける。
「どうしよう、この人ちょっと壊れちゃったかもしれない」
「でも上手ですね」
「おい、なんだよその目は? えっ、同じスキルなのにどうしてこうも違うのかって? そりゃおめえ……どうせオレはへたっぴでございますよ」
どれくらいそうしていただろうか。
もう腕が痺れて動かない。
何時間? いや何十時間? まるで無限とも感じられる時間を俺は過ごしていた気がする。
と、一人の少年が拍手をしてくる。
辺りを見回すと、もうその少年しかここには残って居なかった。
「あんた凄いな? 名前はなんていうんだ」
「リーヴィ・スイ・ベリキュラス……」
「おっと貴族か……う~ん、もし良ければオレ達のバンドに入らないかって言いたかったんだが……」
俺はガシッと少年の手を取る。
「俺にも、あんたと同じ、あんな演奏が出来るのか!」
「いやもう十分……リーヴィには音楽の土台となるベースをやってもらいたいんだが」
「やらせて欲しい! ぜひとも! 俺に!」
その日から、俺はその少年に音楽について教えを請う事になった。
最初の頃はまだ、取り入るつもりで師匠と呼んでいただけなのだが、その行動と教え方に、いつの間にか心から敬える、そんな存在になっていった。
師匠が教えてくれる技術には、聞いた事も無い、見た事も無い、とても素晴らしい演奏方法がいくつもある。
たぶん、その技術だけでも値千金の価値がある。それを惜しげも無く教えてくれる。
そして師匠は言う。演奏に対して一番必要なのは心構えなのだと。
技術より、楽器より、なによりも心が大事なのだと。
音楽というものをなぜ人は聞くのか?
音楽は心の安らぎであり、また、心のエネルギーになるもの。
そんな人の心に作用する音楽を奏でるには、精一杯の心を込めなければならない。
人の心を動かす事が出来るのは同じ人の心だけだ。オレ達はそれを楽器に乗せて運ぶんだ。そう言った師匠の顔が思い出される。
「入るぞ」
ふと現実に戻る。
俺の部屋に第一王子である兄貴が入って来る。
「カシュアと宝剣の事はどうなった」
「カシュアは……居ない、宝剣もまた失われた」
師匠の傍には、そんなカシュアと良く似た女性がいた。
名前も同じカシュアらしい。聞けば身寄りが無いとの事。
守りきれなかったアイツの事を思って、師匠が引き取ったのかもしれない。
「もはやカシュアは居ない、もうあんたの地位を揺るがす奴は誰一人としていない」
そう俺を含めて。
今ほど2番目であった事を嬉しく思う事は無い。
俺はあんたが居るおかげで自由に音楽に打ち込むことが出来る。
ハハッ、ちょっと前の俺とはまったく逆の発想だな!
「フッ、何を言うかと思えば……お前らしくも無い。それに邪魔者なら、まだいるだろう」
「姉貴の事か? ハッ、あの戦争バカが王位を狙うかよ」
「お前達、人の悪口はせめて扉を閉めてから言ったほうがいいぞ」
部屋の外から、よく通る声が聞こえて来る。
カツ、カツ、と歩いてきた人物は、この国の第一王女、エルメラダス、であった。
「フンッ、別に間違えちゃいねえじゃねえか、なんだよそのかっこ」
そのエルメラダスは、今にも戦争に出かけようかという重装備であった。
「2年前、取り損ねた称号をやっと手に入れる事が出来そうでな」
「将軍職であるお前が、自ら戦うというのか?」
「その為に将軍になったのだからな。全権を支配する私の言う事は軍においては絶対だ!」
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