2020年1月下旬(2) 「この間のカラオケ、うちは気に入ったし」

(承前)


古城こじょうミフユ 


 中谷なかたにさんがどこから話そうかなという感じで天井を見上げてから私の方を見ると話を切り出した。


「うちら軽音部で『ティエンフェイ』ってバンドやってるんだけど聞いてくれた事はある」

「ごめん、ない」


 即答、瞬殺、ごめん。去年妹と友達で学祭見て回った時、屋台とか研究室巡りと練習船体験航海に気が取られて回れなかった事を思い出した。


「そうか、それは残念。でね、ヴォーカルは西田にしださんがやってるんだけど、喉の調子が悪くて春休みには簡単な手術で治す予定なんだけど、しばらく歌うのはドクターストップが掛かっちゃって。今度の学祭に間に合わないんじゃないかって焦ってる。年1回のうちらの中では一番大きなお披露目の場だしさ。でもヴォーカルのいない『ティエンフェイ』は考えられない」


 そういうと中谷さんは私の方へ身を乗り出してくるや私の手をガシッと握って来た。


「古城さんの声ってとても魅力的。この間のカラオケ、うちは気に入ったし、みんなにも聞いてもらったらイケるって事で意見は揃ってるの」


 えっ?


「んー。中谷さんはあの場にいたからわかるけど」


 なんで他の人が分かるの?


「ごめん。私が隠れてスマフォで録音していてみんなに聞いてもらってるから」


 それはちょっとね。


「中谷さん、それは良くないよね」

 そんな気はなかったんだけど絶対零度の声になった。やり過ぎぃ、自分!


「古城さん、ごめん。これは私が悪かった。コピーとか無断で絶対しないから」

 中谷さんは平謝り。他のメンバーの人も口々に「こいつバカやってごめん」「確かに良くないよね。私達も気付かないで悪かったから」と謝ってくれた。


「……許す。でも消してね」

「……分かった」


 中谷さんの凄いところはこの程度でへこたれない所だった。


「続けるね。古城さんにうちのバンドに入ってもらって一緒に春の学祭の舞台で一緒に演奏しよう。古城さんの声なら成功間違いなし」

 この劣勢でなお攻勢に出てくる中谷さん。中々の不屈の人らしい。そして彼女は言葉を続けた。

「っていうか助けて。お願いしたいと思えた人って君しかいないの。うちのバンド、インスト曲もやるけどメインは歌だから。ヴォーカル抜きのティエンフェイは考えられないから」


 凄い口説き方されてる。問題は愛の告白じゃなくてバンドの話だという事だけど。


 中谷さんが北見きたみ先輩の片腕を掴んで言った。


「ええい。北見先輩のノートつけるからさ。この人、とっても頭がいいから。ノートコピー希望者多いんだ」


 と勝手に北見先輩のノートを売りつけようとしてきた。


「中谷さん。勉強は自分でやるからいいです」

 これはちょっとねえと思ったのでちょっとキツく返してしまった。勝手にノートをドナドナされそうになった北見さんも「コラッ」と無言で口を動かして中谷さんに怒っていた。


 私は気を取り直して誠実に答えようとした。

「中谷さんにはカラオケの時にも言ったけど、私、重度の音痴だよ」


 この様子を見ていた比嘉ひがさんが言った。


「ごめんね。中谷さんがあなたの声を気に入ってちょっと熱が入り過ぎてるみたいだから。とりあえずみんなでコーヒー飲みましょ。今日は一旦話は終了。また出直します」

「分かりました」

「ごめん。私もちょっと無茶苦茶だった」

「いいよ。中谷さん。熱心さは分かったから」


 そして五人で淹れたコーヒーを飲みながら互いの紹介とか雑談になった。みんなからは古城さん淹れたがるだけあるねと味を褒めてくれた。


 中谷さんからメッセアドレスだけ交換しようよと言われて断る理由もないのでみんなとスマフォを振ってアドレス交換までした。

彼女達の熱さは嫌いじゃないんだな、私。

みんなでマグカップとか洗って元に戻すと解散になった。


 部屋に戻るとメッセが飛んできた。西田さんだった。


マーヤ:私達の演奏、ネットで聞けるようにしているから。良かったら聞いてみて感想教えてくれたらうれしいな。

ミフユ:ありがとう。聞いてみるね。


 西田さんが送ってきたメッセのメッセージ末尾にURLが添えられていた。スマフォをBluetoothスピーカーにつないで聞いてみた。


 曲が一巡して終わった。私は思わずもう一度プレイボタンをタッチした。


 リプレイで何回も何回もずっと聞いていた。

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