第五章 座敷わらしはじめました 1-2



「私まだ、どなたにも見えない身体なんでしょうか」


「この土地の水を飲んで、湯に浸かっていればそのうち安定する」


「そうよ、気にしないでね。ねえ和泉、相良先生、思っていたよりお早いご到着だったのね。お出迎えできなかったわ」


「構わない。あの人は大仰おおぎょうな出迎えは嫌がる。それより今度は校了開けのご旅行であって欲しいもんだな」


この前のように編集者が死にそうな顔で飛び込んでくるのは勘弁だった。




「で、なにか用か?」


受付横の従業員室の引き戸を滑らせながら、和泉は振り返って聞いた。


「ねえ、マリカの仕事って、何を教えてあげたらいいのかしら。仲居?それとも女将でもやってもらうの?あんまり貫ちゃん一人に押し付けるのもね」


「あいつは楽しんでやってる」


「へ?」


マリカが眉をあげて頓狂とんきょうな声を上げた。


「え?なに、どういうこと?」


「さっきのご老人をご案内してたの、あれ、貫くんなのよ。美人だったでしょ?」


「あの浅葱色の着物の綺麗な人のこと?あれが、貫くん!?」


「こいつに聞いてないのか」


和泉は顎だけで亜美を指し、マリカに尋ねた。


「ちょっと、そんな責めるみたいな目で見ないでよ。何事にも順序ってものがあるでしょう。色々話してたら後回しになっちゃったのよ」


「どうだか」


たぬき耳の男児が変化の達人でこの旅館の誰よりも年長者だと知ると、マリカはひどく驚いた様子だった。


「私、てっきりさっきの女将さんが和泉さんの『恩人』で『恋人』の人なのかと思いました」


「なんだそれは」


「あら、私が話したのよ。気がほぐれるかなと思って女子トークを」

「勝手に適当な話をするな」


「あの。ご、ごめんなさい」


思いもよらない方から謝罪の声が上がる。「違う、お前のことじゃない」と釈明しようとしたら、言う前に亜美が話し始めた。


「いいじゃない、こう言う話をするとね、女子は気持ちが生き生きするもんなの。元気になるのよ。でも、あんた。私だって嘘は言わないわ。恋人、居るんでしょう?あんたってちょっと変人だし金に汚いけど、顔はいいもんね。顔が良ければ大概のことは目を瞑るって言う人も世の中にはいるし……ああ、でも私はやっぱり好きな人は中身で選びたいわ」


「変人で金に汚くて悪かったな」


散々な言われようだ。

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