第80話 衆議院議決

 ルナは机の下に隠れて震えていた。


 恐ろしい男の人たちが飛び込んできて、黒く光るものを構えたのだ。


 その金属からは濃厚な死の香りがした。




 昔、彼女が纏っていた匂いとそっくりだった。






 だが、今の彼女はただの少女に過ぎない。


 よく覚えていない昔の力を発揮することはできない。


 でも、それでも、大好きなミトがいなくなるのは、絶対に嫌だった。




 男たちの指は引き金にかかっている。もう一刻の猶予もない。






 彼女の口に三つの光球が生成される。




 突如現れた光にさしもの黒づくめの男たちも気を取られてしまった。


 引き金は引かれず、そのままだ。






「がおー!」




 気の抜けるような言葉とともに、三つの光球から紫色のレーザーが発射される。




 それは三人の銃を溶かし、腕を貫いて、空へ抜けていった。




「技能「全体麻痺付与」!」




 呆然とする男たち。その隙をついて、ミトの麻痺が入った。




 ルナの援護があればこれくらいならできる。ミトは輝夜以外のみんなの技能を受け継いでいるのだ。




 弱いわけがない。








 黒づくめの男たちは床に倒れている。無事な方の腕を動かそうとするも、痺れて動かない。




「無事か!」




「今の音、二人がやったん?!」




 駆けつけた白と銀孤によって、男たちは拘束された。




 こうして、ミト襲撃事件は幕を下ろした。




 男たちは口を割らなかったが、愛の調査で京都の神社の力関係が変動したことがわかった。


 ある有力な神社が没落したらしい。


 そちらからの刺客だったようだ。






 どうしてミトを狙ったのかは不明だった。




 これの後処理に愛が忙殺され、デモ隊が暴走したという後日談は蛇足だろう。




 他はともかくレーザービームはやりすぎだ。




 ●




「反対多数により、この法律案は否決されます。」




 参議院議長の言葉が国会議事堂、参議院の議場に響き渡った。


 拍手がおこる。




 中継を見ながら明と輝夜はほっと一息ついた。




 野党の一部が賛成していた状況から、なんとかここまで持ってこれた。


 野党の取りまとめは骨だったが、彼女たちは成し遂げた。




 影働きでは、なかなか翻意を促すのは難しい。




 永田町の政治家たちは、下手な発言をしないように精一杯気を使っている。


 情報を集めるのは困難を極めた。




 だが、他の仲間たちが行ってきたことが実を結んだ。




 デモ運動の動きが広がったのが大きかった。




 与党内部でも動揺が広がっている。




 こちらは小太郎と将門の圧力が効いたのだろう。




 ミトの薬物生成は、あと少しで花粉症特効薬を生み出せるところまできている。




 あとは、法案が止まるかどうか。それにつきた。




 最後に必要なのは与党内の足並みを乱すことだ。






「情報は十分に集まったわ。これなら政界を塗り替えることもできないことじゃないはず。」




「明はすごいわね。」




 輝夜はただひたすら感心していた。




「とりあえず、この人に話を通します。随分と野心に溢れた人のようだから。」




 彼女が指し示した政治家は、古くから二大政党制にすべきだと主張していることで有名だった。




 未だ与党一強状態が続く今の政局は彼の望んだものではないだろう。




 彼女らは、彼に接触することとなった。




 出会いは割愛する。




 どちらも互いの利用価値を認めたということだけは確かだった。




 彼の会派と、同調してくれそうな会派を合わせれば、否決ラインまで持っていける。






 明と輝夜は、根回しに奔走した。




 その動きを掴んだ与党だったが、誰が動いているのかはわからない。




 明と輝夜が証拠を残すような真似をするはずがない。




 何かが進行しているのはわかるのに、何が起こっているのかはわからない。




 そんな不気味な噂が党上層部に浸透し始めた。誰も有効な手は打てなかった。






「わしがやらないといかんのだろうな。この日本に二大政党制を作り出すため、必要なこと。大義のある裏切りは裏切りとは言えないのだから。」




 二大政党制を主張する政治家は自分に言い聞かせていた。


 時期は多少尚早に見えたが、有能な手足が手に入ったのだ。


 タイミングの悪さは補ってあまりある。




 二人の目的が政界再編でなく、一法案の阻止であることに、彼は最後まで気づかなかった。




 政治家の豪腕と、二人の働きで、票は半々近くまで確保できた。


 三分の一だった頃から考えると凄まじい進歩である。




 だが、まだ足りない。あと一押しが必要だった。




 特効薬の存在のみがそれへの道を開く。




 明はやきもきしながらも、自分の娘の力を信じていた。






 そして、ついに薬が出来上がった。大和杉の花粉が最後のピースだった。




 長年自分の花粉をばらまいてきた大和杉は、日本各地の杉の親玉のような存在だった。


 彼の子種は各地に広がっている。




 輝夜は考えないようにしている。不可抗力だ。相手の杉の場所も遠く離れている。


 そこに意思は介在していない。




 それはいい。




 だが、花粉対策として、これ以上ない素材となったのだ。




 一粒の花粉を加えることにより、この薬は完成する。




 ミトの才能と、仲間たちの力があったからこその成果だ。




 薬はすぐに増産体制にうつされた。




 衆議院、本会議。




 大和杉を切るための法律は、今審議にかけられようとしていた。




 趣旨説明が行われる。




 花粉症対策のためというお題目がもっともらしく唱えられた。




 質疑応答の時間に入る。




 与党の一人が質問台に立った。




「今日、敷島が花粉症の特効薬について発表しました。今、医学的な裏付けを求めているところですが、まず間違いないと思われます。」




 ざわめきが広がる。今審議中の法案は、花粉症対策のためという理由で提出されたものだ。


 その必要性がなくなるということだから、動揺が広がるのも当然のことだろう。




 特に与党の方での動揺は大きかった。もう大義名分はない。


 これ以上推し進めても無用な反発を産むだけだ。




 それは皆分かっている。だが、審議の途中で党の意向を変えるのはかなり難しいことだった。




 与党は意思決定を統一することができなかった。




 そして採決の時間がくる。運命の瞬間だ。




 明たちは国会中継を固唾を飲んで見つめていた。大和杉の樹上なので、杉もちゃんと見ている。


 自分に関係することなので当然だ。


 ここまでやれることは全てやってきた。


 あとは結果がどうなるのかを見守るだけだ。






 集計が読み上げられていく。




 ギリギリだ。上二桁まで同じである。




「右の結果。法律案は否決されました。」




 議長の言葉が響いた。




 拍手が起こる。




 採決後の礼儀としての意味合いが強い。




 だが、それはある場所では勝利への賛辞として聞こえた。






 明は少しだけ涙を見せていた。初めて彼女が陣頭指揮をとった戦いだった。




 みんな口々に労ねぎらいの言葉をかける。




「明、よくやった。本当にありがとう。」




 中でも、大和杉が直接言ったその言葉が彼女には一番嬉しかった。








 ●






 暗闇の中で少女は笑う。




「カヤノヒメが出てこないうちに終わるなんて思わなかったわ。案外優秀なのね。」




 紫のドレスで彼女は嗤う。




「あら卑怯なんて言わないでよね。そちらもカヤノヒメの力で超強化されてるわよね。そう、私は私の全力を尽くしているだけ。」




 人々の群れは彼女に気づかない。神と人は交わらない。彼女の存在を認識できるのは、それこそ神の力に触れたことのある神木と、それに関係する者達くらいなものだろう。




「まあ、絡め手はこのくらいにしておくわ。十分力は削げたしね。あとは真っ向勝負。絶対に負けないわよ。カヤノヒメ。」




 銀糸の髪が翻る。彼女は地中に溶けていった。

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