第79話 ミト襲撃事件
愛の扇動はうまくいった。これまでの経験の賜物だろう。100万人もの法案反対の署名が集まった。
意図せずしてデモさえ起こってしまった。
普段は政治的な行動をしない人々すら参加して、過去最大規模と呼ばれた。
愛がうまく操って、暴動などは起こらなかった。
日本全体にとって大和杉はシンボルのようなものだった。
この動きを受けて諸外国からも抗議声明が送られてくるなど、世論に大きな影響を与えていった。
●
企業敷島は複合企業だ。その扱う内容は多岐にわたる。だが、製薬を担っているのは有名な話だった。
小太郎と将門の言葉を政治家が信じたのは、これも大きいだろう。
とはいえ、花粉症の特効薬など現実の歴史には存在しない。
いかに技能「薬物生成」を用いることのできるミトでも、その作業は困難を極めた。
企業のとある一室にこもって、作り続ける日々。試行錯誤の連続だった。
不安げに寄り添うルナの姿がなければとっくの昔に諦めていただろう。
でも、ルナの見ている前でまずい結果は出せなかったし出したくなかった。
ひいおじいちゃんが切り倒されるのも嫌だった。
大きな存在感で自分を包んでくれる存在はあの人しかありえない。
彼女は本能の部分で理解していたのだろう。
森人は大和杉から生まれた種族だ。大和杉が倒れる時、彼らもまた、死を迎える。
彼女は必死に薬を作り続けた。
白と銀孤は暇だった。いや、暇ではない。
敷島の業務を回す仕事があった。
直接動く方法は二人には思いつかない。みんなの成功を祈るだけだった。
ただ光合成をしているだけの杉に比べたらましだからそんなに気を落とすことはないと思う。
銀孤の耳がピクリと震えた。
社長室でだらけきっていた銀孤ははね起きる。
これは、侵入者の気配だ。
まっすぐにミトとルナのいる方向へ向かっている。数は4、5人だろうか。
今の作戦で最重要なのはミトの安全だ。
銀孤は走った。
侵入者よりも日常的に使っている人の方が屋敷を知っているのは自明の理。
銀孤は耳を思いっきり尖らせて、侵入者たちの前に立ちふさがった。
全身黒づくめである。
どこの組織のものかはわからないが、とんでもなく腕の立つ集団であることは確かなようだ。
いきなり立ちはだかった銀孤の姿を見ても動揺することなくそれぞれの役割を遂行する。
黒ずくめの男たちのとった手段は初手から煙幕だった。
一瞬の混乱。
銀孤は大妖怪なだけあって慢心することが多い。
慢心していても呪術で一網打尽にできるからこそなのだが、今回はその一瞬の油断が命取りだった。
「呪術「氷雪」!」
一拍おいてのち、氷が放たれる。
だが、彼女の氷の向かう先にはもう男たちの姿はなかった。
振り返ると先へ急ぐ男たちの姿。
うまく回避され、逃げられた。そんな事実に対して頭に血が上ってしまう。
「呪術「炎熱」!」
周囲への被害も考えずに業火が放たれる。
背中へ迫ったそれが着弾する直前、最後尾の一人が振り返って炎を切り裂いた。
不思議と消えてしまう炎。超自然的な力の素養もあるということだ。
銀孤は警戒心を強める。
振り返った男は、二言三言言い残すと銀孤と相対した。
ここは俺に任せて先に行けとでも言っていたようだ。
「ほう。一人でわっちを抑えられるんかいな。面白いわあ。」
銀孤は艶然と笑う。だが、笑顔の裏で彼女は怒り心頭だ。その証拠に手はプルプルと震えている。
「九尾の大妖怪の力、とくと味わうとええわあ。」
炎の玉が尻尾に九つそろい始める。
大怪獣相手にも使わなかった彼女の本気が今発揮されようとしていた。
場所を考えてほしい。自分の企業の廊下だぞ。
同じ頃、白も不穏な動きに勘づいていた。
しかし、位置が悪かった。追いつけそうもない。
仕方なく彼は長い廊下の端から狙いをつける。
クロスボウだ。
消音効果抜群の矢は、汚れ仕事に向いている。
彼は神弓使いとして裏の業界で名を馳せていた。
昔暗殺者業務についたことのある将門の指導の結果だ。
人生一度は暗殺者をやっていた方がいいというのが将門の持論だった。
確かに白も、暗殺を行うようになったことで自分の中の何かが据わった気がしている。
失われる命があるからこそ、命の尊さがわかるのだろう。
ただし戦闘機は論外とする。あれはもっと別の何かだ。
さて、廊下を曲がった先に、ミトとルナのいる扉がある。
そこにたどり着くまでには、白の射線に入らなくてはならない。
白の技能「射撃」は百発百中の妙技を保証する。
ただ、クロスボウは一発を放つと次を撃つまでに時間がかかる。
蓬莱の玉の枝と龍の首の珠は大和杉の中にあるため、今回は使用できなかった。
あれらを使うと、建物への被害が尋常じゃなくなるので仕方のないところだろう。
彼の放った弓は、黒づくめの一人を捉えた。廊下に倒れる男。
だが、それを気にするそぶりもなく、彼ら三人はミトたちの部屋に踏み入った。
部屋には薬が散乱していた。
ある女に唆された組織だったが、目的は遂行できそうだ。
迷いのない動きで確保にかかる。
「あなたたち、だあれ?」
ミトは震えていた。敵意も好意も何もない。そんな無感情な気配を感じる。今まで一度だってみたことがないタイプの人間だ。いや、この人たちは本当に人間なんだろうか。
「答える義理はない。」
一言だけ呟いた。
「お前さえ殺せば、勝ちだ。」
一人が銃口を向ける。
絶体絶命だった。
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