第70話 おねショタ with余計なの


 ついた別荘はしゃれた洋館だった。


 シラカバの林の中にあるそれは景色とマッチしている。


 お金持ちはここに別荘を作るのが当然と言う流れのせいで、作るはめになった。


 この場所が用意できたと言う意味があるから無駄ではないのかもしれない。


 別荘の管理人は歓迎してくれた。


 初老の老人である。やはり、執事はこうでないとダメだ。


 小太郎たちから言いつかっていたのだろう。


 必要最低限の事項だけ連絡して、老人は姿を消した。


 見事に仕事をこなしている。


 有能な執事だ。


 二人で家事をこなしていく。


 普段はしないことだ。


 明にとっては気晴らしになった。


 白はドキドキしっぱなしだった。


 不公平だ。



 一方その頃。


 執事の老人が合図をする。


 ささっと、5人が別荘の中に入っていった。


 小太郎、愛、銀孤、将門、輝夜である。


 将門は無理やり連れてこられた。

 なんで自分がここにいるのかわかっていない。


 たまたま会社の方に顔を出していた輝夜も同行した。


 こんなに面白そうなことを見逃すわけにはいかなかった。


 動けない大和杉が哀れである。


 一人だけ何も知らないままだ。

 上から車を見ていても、誰がどこにいってるかなんてわからない。

 みんな頑張ってるんだろうな。

 そう思っているだけだった。


 無能の極み。杉だから仕方ないね。

 彼ら5人はこっそり地下室に入った。覗き穴は完備している。

 一線を越える瞬間を見届ける準備は完璧だ。


 明と白が知り得ないのは幸いだろう。


 何が楽しくて、自分の親が覗き見てる時にラブコメしなくちゃいけないんだろうか。


 まあ、お膳立てを親に任せたのが間違いなので諦めたほうがいい。


 ここは一回置いておこう。


 気にしていてはラブコメを楽しめない。何もなかった。いいね?



 ところ変わって、明と白のいる部屋だ。


 白は薪ストーブを焚いた。手持ち無沙汰だったのだ。


 もっと直接的な何かをすればいいのに。

 やはり奥手。

 じれったい。覗き見してる親たちはやきもきしていた。

 流石にこれ以上の介入はできない。白の奮起に期待するしかなかった。


「俺が流血沙汰を起こせばいいのか?」


 将門が殺人鬼の格好を勝手にし始めた。


 コスプレだ。ごまかせると思っているのだろうか。


 いや、でもワンチャンあるやろと考え始めた銀孤がいる。


 早く話を進めないとまずい。

 それを察して、愛が動いた。


 執事に合図を出す。


 執事も心得たもので、すぐに頷いた。


 そっと、二人のいる部屋に入り、高級ワインを置く。グラスに注いだ。


 一礼して出ていく。


 あまりにも自然で二人は呆然と見送ることしかできなかった。


「⋯⋯飲もうか?」


 恐る恐る、白は切り出した。


「いいわね。」


 明も乗り気だ。


 執事も入れて3人しかいないと思い込んでいる。


 今ならどれだけ飲んでも大丈夫だ。

 開放感があった。


「乾杯。」


 グラスがコツンと当たった。


 いい雰囲気だ。愛のナイスプレイである。


 二人は止まらず杯を重ねた。


 徐々に顔が赤くなってくる。


 二人とも到底酒豪とは言えないのだ。


 酔いがまわるに連れ、二人の会話はどんどん気楽なものになっていった。


 まるで、あまり話せなかったこれまでの空白を埋めるように。


「明お姉ちゃんは、僕のことをどう思ってるのさ。」


「それはもちろんかわいい弟としてだよ。」


「なら、異性としては、どうなの。」


 素面しらふでは決して言えなかった問い。


 酒の力を借りて、白はついにそれを口に出すことに成功した。


「そりゃあ。⋯⋯うん。意識したことはない、はず。」


 徐々に明の言葉は小さくなっていく。彼女は白が大好きだった。


 それが親愛の情なのか、それとも恋愛感情なのか。


 どちらともわからなくて、曖昧な関係で満足していた。


 だが、今日の白はそんなものでは止まらない。


 みんなの協力もあって、ようやく手に入れたこの場所を逃がすつもりはなかった。


「これでも?」


 言うなり、彼は顔を明に近づけた。



 そのまま、唇を唇に触れさせる。




 すぐに離れたそれは。


 それでも、確かに恋愛感情を伝えるキスであることに間違いはなくて。




 白の顔は真っ赤だ。



 でも、明の方もそれに負けないくらいには真っ赤だった。


 彼女はようやく完璧に理解した。


 白が自分に抱いている感情と、自分が白に抱いている感情の種類。


 それが同一のものであることを。


「明お姉ちゃん。いや、明。僕と結婚してください。」




 その告白は無垢な色をまとって尊いものだった。


 まっすぐな感情が叩きつけられる。


 それを受け取る明の胸に去来しているのは喜びだった。


 あの、引っ込み思案な白が、ここまでやってくれた。


 ずっと見てきたからこそ、彼のその告白に込められた勇気のほどがわかった。


「ありがとう。白、私を君のお嫁さんにしてください。」


 言葉は放たれた。

 どちらからともなく顔を近づける。


 2回目の味は、甘やかな幸せに満ちていた。


「よし、祝福してやるか。」


 将門が空気を読まないことを言い出したので、銀狐にしばかれている。


 最後まで残念だ。


 小太郎と愛は胸がいっぱいになっていた。ずっと見守ってきたのだから感慨もひとしおだろう。


 200年くらい進展しなかった恋だからな。


輝夜は祝福と、決意の入り混じった感情を抱えていた。


 お姉ちゃんと慕ってくれた二人の結婚は嬉しいけれど、自分の身と比べて考えてしまう。絶対に私も結ばれるんだと言う決意を新たにした。




 そんな地下室の様子を知るわけもなく、白と明は寝室に消えていった。気を利かした執事によってダブルベッドに整えられている。




 明には、愛から受け継いだ技能「房中術」がある。エロエロだ。


 長い夜になりそうだった。


 ●




 この頃、警察の山狩りを逃れるべく、山越えをしてきた連合赤軍のメンバーがいた。五人である。

彼らは銃で武装していた。


 本来ならば、彼らはあさま山荘と言うところに立てこもることとなっていた。


 死者三名、重傷者二十七名を出した日本最悪の人質事件、あさま山荘事件の犯人たちだ。


 だが、この歴史において、彼らが目をつけることになるのは、小洒落た洋館。


 敷島の別荘だった。


 まだ警察とも遭遇前である。銃を持ちながらも、油断があったことは確かだ。



 彼らは、何手かに別れて、この館に侵入した。



 当然、愛はすぐに気づく。


 白と明の逢瀬を邪魔させるわけにはいかない。


 手の空いている大人たちに、指示を出すのだった。




 初遭遇は、将門だった。


 まだ殺人鬼のコスプレをしたままである。覆面にチェンソーと言う黄金パターンだ。


 遭遇した二人は、予想外の事態に呆然としてしまう。



 食料を得ようと押し入った屋敷に殺人鬼がいたのだ。偶然にしてもタイミングが良すぎるだろう。


「ひっ。」


 思わず及び腰になる犯人。


 一方の将門は事態を把握している。子供達の情事を邪魔させるわけにはいかない。


 すぐさま制圧しにかかる。


 出来るだけ音を立てないように、チェンソーは使わない。


 タックルから入る。


 一人は、すぐに吹っ飛ばされて気絶した。


 もう一人は、震えながらも引き金に手をかける。


 それを横目で確認した将門は回し蹴りを放った。

 身体能力に身を任せた豪快な一撃である。


 弾は放たれず、拳銃は宙を舞った。

 弾が当たったとしても将門は構わず動けていただろう。

 伊達にゾンビというわけではない。


 とはいえ、静かに制圧という目標は達成できた。


 結果オーライだ。


 あと、三人。


 彼らは別々に行動していた。

思っていたよりも屋敷が広かったためである。

 とはいえ、相手は一般人だ。一人でも楽に制圧できるだろう。


 そんな中、犯人の一人は、気の弱そうな女性と鉢合わせる。


 人質にぴったりだ。本来の歴史でも人質を確保した男は、そう思った。



 銃を突きつけて脅す。


 女は恐怖で顔を真っ青にしているようだった。


 ただの女だ。


 気をつける必要もない。


 彼は仲間を呼ぼうと、彼女から意識を離す。



 しかし、彼女はニヤリと笑った。


「わっちから目を離すのはあかんやろ。呪術「氷雪」。」


「おい何をブツブツと⋯⋯ってなんだ?! 俺の腕が、凍ってやがる?!」


 男の腕は拳銃ごと、凍り付いていた。


「油断しすぎや。」


「お前、その顔。さっきと違う。なんでだ?! 」


「さあ、なんでやろなあ?」


 本来の銀髪に戻った銀孤は悪そうな表情になる。


 あと、二人。




 小太郎は、後ろから手刀を一発叩き込んで無力化させた。描写する必要もないくらいの早業だった。


 あと、一人。


 仲間たちからの連絡が入らないのを最後の一人は不審に思っていた。


 最初に入った二人の姿もなく、だいぶ歩いたはずなのに誰もいない。


 声も聞こえない。


「なんだよこれは。」


 男は不安になってきた。

 目の前に人影を見つける。


「おい、お前。動くんじゃねえ。」



銃を掲げて脅す。

 相手は、初老の執事のようだ。


 これなら、人質として使えそうだ。



「お嬢様たちのために排除いたします。」


「あ?」


 何を言ってるんだ。

 男には理解ができなかった。


「御免。」


 老人の体が膨れたように感じた。

 次の瞬間、手元の拳銃が消える。


「は?」


 さらに、衝撃。

 頭に何か食らった。

 男に理解できたのはそれだけだった。

 崩れ落ちる。




「愛さま。こちらも済みましたよ。」





 彼は名もなき老執事。昔ボクシングの世界で名を成していたという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。

 敷島の人材の層の厚さが伺える。

 五人は地下室に連れてこられた。


 尋問してもよくわからないことしか喋らない。どうも、敷島とは関係ないようだ。

 なら、捕まえておく意味はない。帝愛のように地下労働施設を作っている訳でもないし。



 捕まえられた五人は、翌日、警察署に送られた。

 拳銃を持った凶悪犯を制圧したと言うことで、敷島に関する変な噂が広がった。


 だが、警視庁では、またかと言う声が大半だったと言う。


 敷島の戦闘力のほどは公然の秘密だった。


 一回、家宅捜索したこともあったが、なんの兵器も見つからず、恥をかくだけに終わったのだ。


 触れないことにしておこうと言うのは上層部の共通認識である。

犯罪者を捕まえるのに協力してくれることだし、気にしないようにしたのだ。




 本来ならば、あさま山荘で人質となり、誹謗中傷で精神が不安定になってしまうはずだった女性。

 彼女は今日も変わらない1日を満喫していた。これまでと同じで、これからも続く日々は守られた。


 ちょっとしたことでも歴史は変わる。


 ラブコメの片手間に、大きな不幸が一つ減ったのだ。

 もちろん、誰も気づいていないのだが。

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