第42話 明の西洋見聞録 転

 


 明と支倉常長はまだローマに滞在している。




 変な貴族が、明を妾にしようとする事件もあったが、すっかり明のファンになっていた教皇たちの力で解決した。




 居心地が良い。




 大きな肖像画も描いてもらった。




 日本人としては初めてのことだ。




 明と常長の肖像画は長く残ることとなる。




 のちの明を見た人はそっくりだと驚嘆するのだが、それは別の話。




 流石にそろそろ帰らないといけない。




 日本を出発してからすでに4年の歳月が経過していた。




 彼らはローマを辞して、スペインに戻った。




 今度は逆のコースを辿って、日本へ戻ることになる。




 スペイン国王からの返書をもらって、彼らは帰路に着いた。




 なかなか好感触な返書だった。明の存在が大きかったのだ。




 すでに幕府が鎖国政策に転じていることだけが残念である。








 再び大西洋を渡り、メキシコシティに戻った。




 明はこっそり街へ抜け出した。




 貴族っぽい格好をした娘が好奇心たっぷりに街を歩いている。




 どう見てもいいカモだった。




 ある露天商がニコニコした顔で近づく。




 美味しそうな匂いに惹かれて、明は口に入れてしまった。






 足取りがフラフラし始める。




 商人はニヤリと笑うと介抱するふりをして、明をスラム街の方へ誘導した。






 明がいなくなったことに気づいた使節団の人間は必死で探す。




 しかし、路銀がそろそろなくなってきた。






 支倉常長は苦渋の決断で、出発することにした。




 帰国後、政宗からいかなる罰を受けるのも覚悟の上だ。




 彼には使節団の人員を預かる責任があった。








 気を失った明は奴隷商の地下牢に囚われていた。




 貴族のお姫様は高く売れる。




 明が一人で出歩いていたのが悪い。




 ほとんどのトラブルなら彼女一人で解決できるという自負がこんな事態を生んでしまった。






 真っ暗闇。ぽとりぽとりと水が滴り落ちる。




 そんな地下牢だ。お世辞にもいい環境とはいえない。




 明も思わず泣きそうになってしまう。




 でも、そうしても事態は好転しないことを、彼女は理解していた。






 心強い保護者たちは、近くにいない。




 自分でなんとかしなくてはいけない。




 明の技能は「軍勢召喚」「雲乗り」「全体麻痺付与」「諜報」「忍術」「房中術」の六つだ。




 海外でフル活用していたため、すでに習熟しているものがほとんどだ。




 だが、地下牢からの脱出は難しい。




 鍵開けを試みるも、見たこともない形状だ。




 どうにもうまくいかない。




 よしんばうまくいったとしても、技能「単体麻痺付与」は連発できない。




 狭い地下で戦うのは賢い選択ではなかった。




 運ばれてくる食事を大人しく受け取って、とりあえず、体力だけは落とさないようにする。




 用心からか、地下牢の鍵が開けられることはなかった。




 それでも明の目から光が失われることはない。






 不用心に近くで交わされた会話の様子から自分を捕らえた目的は、売り払うためだとわかった。




 その前に必ずここから出るタイミングがあるはずだ。






 彼女はじっと、その時を待った。








 奴隷商が薬を用いたのは、余計な騒ぎを起こさないためだ。




 彼女自身に戦闘能力があるとはみじんも考えていなかった。




 それが彼の敗因となる。




 




 技能「全体麻痺付与」の対集団戦での優秀さは周知の通りだ。




 ついでに技能「雲乗り」もある。




 競りの場所に連れていかれる途中、見知った通りに出た。




 彼女は全体麻痺付与を行使する。




 突然動かなくなった体に恐怖する奴隷商人たち。




 誰も奴隷のことを気にする余裕はない。




 その場から脱出するのは容易だった。




 騒ぎに気づいた衛兵が、呆然としている奴隷商を捕まえると言う一幕もあった。




 明はそれには気づかずに使節団の宿舎に向かう。






 しかし、そこで聞いたのは、すでに使節団は出発したと言うことだった。




 明は一瞬気落ちする。




 だが、立ち止まっている暇はない。ただ前を見て歩き続けるしかない。




 明は強い意思の持ち主だった。卓越した人格と言い換えてもいい。






 幸い、向かう航路はわかっている。彼女は一人で太平洋を目指すのだった。




 アカプルコの港で、彼女は間に合わなかったことを知る。




 すでに船は出発したあとだった。




 少し前に出発したらしいと聞いた明は空を飛んで追いかける決意を固める。




 常長は怪しむかもしれないが、今更だ。それよりも、日本に帰れない方が怖かった。




 彼女は、日持ちのしやすいの食料とともに、空へ乗り出した。




 飛ぶ姿が天使の降臨だと話題になるのは別の話である。




 さて、明が飛び出したのは広い広い太平洋。




 基礎的な知識だけは叩き込んでいるが、空の上からでも、島影ひとつ見えない。




 本当にこの航路であっているかわからない。




 一応方位磁針は入手しているので、そこまではずれていないはずだ。




 明は飛ぶ。




 ずっと技能「雲乗り」を発動するのは疲れるので、時々は海上に降りて休む。




 もともと泳げなかった明だったが、なんども海を渡るうちに覚えた。




 襲ってくる危険生物も、麻痺させて追い払う。




 魚も麻痺させられるので、食料には困らなかった。




 偶然柑橘類を持ってきていたのも大きい。壊血病対策もできていた。




 基本的に森人族はそこまで食料を必要としない。




 わずかな食料だけで明は太平洋を横断しようとしていた。






 先行していたはずの使節団の船は見当たらない。




 まだ先にいるか、追い抜かしてしまったかのどちらかだろう。




 技能「雲乗り」の速度はかなりのものだ。帆船とは比べ物にならない。






 広い海原を飛ぶ彼女は 謎の煙が上がっているのを見つける。




 多分海底火山の噴火だろうとあたりをつけた。




 でも、やっぱり気になる。




 明はそちらへ飛んでいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る