第18話 新皇 平将門


 愛が不穏な情報を持ってきた。大規模な反乱が起こったらしい。


 いやな予感がする。


 その反乱の総大将を調べさせてみた。


 やはり、平将門たいらのまさかどだった。


 ついにきたか。俺が死んだ時代。


 絶対に油断しない。耐火性は十分。


450度くらいならば燃えない樹皮を0〜100mの間に配置している。


 さらには、小太郎に輝夜、愛もいる。


 俺だって葉っぱを飛ばすことで自衛できる。一周目とは違う。


 あの、ただ見ていることしかできなかった俺ではない。

 絶対に生き延びてみせる。


 将門が俺の下に陣を張るのは、負けかけた時だ。


 俺は御神木だったから、神にすがろうとしていたのだろう。


 だから、まだ猶予はある。


 理想はここを戦場にしないことだが、どうすればいいのだろう。


 うーん。わからない。俺に戦争の経験はない。


 今でも俺は御神木として崇められている。


 負けが続いたら、最後の望みをかけて俺の元にきてもおかしくない。

 迷惑だ。


 相手が普通の武将だったら、攻撃するのをためらったかもしれない。なんてったって神さまが宿る木だ。


 だが、藤原秀郷ふじわらのひでさとは神の罰より生きた人間の方が恐ろしいと言うのをよくわかっていた。


 なんのためらいもなく火矢を放ってたからな。とりあえずあちらに付け入る隙はなさそうだ。


 愛には情報収集に出てもらう。小太郎は愛との連絡役だ。


 技能「雲乗り」は、移動速度という点で優秀だからな。

 そうして届いてくる情報をもとに輝夜と頭をひねる。


 情報は正確で、もはや戦っている当事者よりも俺たちの方が現状を正しく把握している。


 目的を明確にしよう。


 俺の最終目標はこの戦いで俺が死なないこと。あと、輝夜、小太郎、愛もな。死ぬなよ。


 中目標として、将門が俺の下に陣地を敷くのを妨害すること。


藤原秀郷軍の火矢を使用不可能にすること。


 小目標は、まあ、おいおいね。思いつかなかったわけではないから。


「まずは火矢だな。比較的簡単だろうし。」


「補充されると思うけど。」


「そうですね。」


「申し訳ないですが、私もそう思います。」


 すみません俺が考えなしでした。


「それよりいい方法がありますよ。」


「なんだ?」


 愛が提案したのは平将門の暗殺だった。


乱戦になったあたりで潜入した愛が一思いに殺すと。


なるほど。中目標は達成できる。


「ダメだ。」


「なぜですか。これなら無用な危険はなくなります。」


「愛が危険だからだ。お前が死ぬ危険があるような任務は承知できない。」


「私を信用していないと?」


「違う。」


「そうよ。愛、この人が言っているのはたとえ少しでもあなたが死ぬ可能性があるのならそれは許せないってこと。」


「あるじ様はお前を大切に思っているのだ。」


「なるほど。」


 一瞬驚いたような様子を見せた。


 だが、すぐに笑顔になる。


「ご主人様は、私がいないとダメなんですね。」

「そうだ。」


 からかっているつもりなのかもしれないが、そんなので俺は動揺しない。愛は俺の大事な子供なのだから。


「っ。はい。わかりました。」


 なぜだか愛は頬を染めている。恥ずかしがる要素はあったのだろうか。わからない。


「愛も隅に置けないわね。」


 輝夜が気合を入れ直していた。なんなんだ、ほんと。


「というわけで、暗殺はしなくていい。その代わり、安全な場所で戦の趨勢を見張っておいてくれ。」


「わかりました。小太郎さん、行きますよ。」


「ああ。それではあるじさま。行ってまいります。」


 二人は飛び去って行った。


 とりあえずこんなところだろう。


「ねえ、私には命令ないの?」


 輝夜が拗ねた。


「拗ねてない!」


「俺を守る存在も必要だろう。頼りにしてるからな。」


「わかったわよ。」


 輝夜も頬を染めている。なんだろう。わからない。


 森人族はそういう性質があるということだろうか。俺はない首をひねっていた。


 〜


 平将門は不意を突かれた。

 招集していた将兵を一度国に帰らせていたのだ。

 それ自体は責められることではない。兵糧の問題もある。軍を維持して行くのは難しい。


 そのタイミングで藤原秀郷が軍を起こした。彼は将門の副将たちの軍を卓越した軍略で滅ぼして行く。


 そして、将門本隊と激突した。


 場所は下総国川口しもうさのくにかわぐち。今の群馬県の南端、利根川北岸あたりである。


 小太郎と愛が対岸で見守る中、将門と秀郷の最大の戦いが始まった。


 兵を帰らせた影響で、将門軍は秀郷軍の三分の一ほど。大将が勇猛なのは間違いないが、秀郷の用兵はそれを上回る。


 将門軍は徐々にその数を減らして行った。退却の銅鑼どらが鳴る。この戦いは藤原秀郷の完全勝利であった。


 将門は這々ほうほうていで逃げて行く。


 愛は暗殺しようと用意をしていたが、小太郎に止められた。暗殺大好き娘だ。


 逃げ延びた将門はやはり、大和杉の下に陣を構えることとなった。


 この神聖な敷地に入るものなどいるまいと考えてのことだ。


 これから江戸時代に至るまで寺も神社もこうして軍が陣を張る場所となっていた。

 その広い敷地が何かと便利だったのだろう。

 何はともあれ、大和杉の幹下が戦場となるのはこれが初めてである。


 藤原秀郷軍はすぐそこまで迫っていた。

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