第3話 一周目の幼杉
「暇だ⋯⋯。」
俺はつぶやいた。
軌道に乗ったらあとは光合成で強化エネルギーを貯め終わるまで何もやることがない。
待ちの時間だ。この待ちの時間は地味に長い。
なんでって、雨降ってたり曇ってたりしたら終わるだろ。
光合成できないと俺たち植物種は何もできないんだよ。
呼吸で喰い繫ぐにしたって呼吸は効率悪いのがわかりきっているし。
どうせだから、一周目の生活でも思い返してみるか。
〜ぽわぽわぽわぽわーん〜
日本一樹高の高い木は日本固有種であるスギである。
対して、世界一高い木はジャイアントセコイアだ。
転生するに当たって、俺はこの二つの樹種のどちらにするのか真剣に悩んだ。
ちなみにスギの最高樹高は60m超、セコイアデンドロンは110m超である。
その差はほぼダブルスコアだ。
とはいえどちらも俺の目指す634mには届きようもないのだが。
それは仕方がない。土台最初の無茶振りがひどい。
だから日本の環境に適合するスギか、一番大きいという実績を持つジャイアントセコイアか。
悩みに悩んで、俺が選んだ選択は、日本固有種であるスギだった。
ジャイアントセコイアは日本の多湿な環境に適応できないと踏んだためだ。
日本の環境は特殊がすぎる。
異世界と呼んでもいいレベルだ。固有種も多いしな。
●
一周目の転生前。
あの神様が放置しておいたのをいいことに、俺は今まであやふやだった知識を蓄えていった。
なぜか植物に関する本が散乱していたのだ。神様の気遣いだったのだろうか。
いや、それはないな。あの怒りっぽい神様がそんな面倒なことをするわけない。
一旦出した本を片付けられなかっただけだろう。ただズボラなだけだ。
本を読む。全然違う生物になるんだ。いくら学んでも知りすぎると言うことはない。
ここに転がっている本の全読破はやりたい。
「おい、いい加減に転生しろ。いつまでここにいるつもりだ、こら。」
そんな俺に業を煮やしたらしい神様がせっついてきた。
ん? これ、ひょっとして俺が転生しようとしなければここから追い出せないんじゃないか?
正直この神様ムカつくし、嫌がらせしたいとこだ。
「そんなに転生させたいならさせればいいじゃないか。」
「ほーん。そこを見破るとは大したやつだな。だけどなあ、ここでお前をボコボコにすることはできるんだぜ?」
「俺に体は無いぞ。」
「ありゃあ、気づいていないのか。なら、お前、どうやって本を読んでいたんだ? おい?」
「えっ?」
意識していなかった。だが、改めて下をみると、腕やら足やらが生まれていた。
「そろそろ空間に意識が固定されっちまうぜ。そうなったら嫌だろう?」
ここで引きこもるのもありっちゃ、ありか⋯⋯。
「馬鹿なことを考えてるな。まあ、それは俺が許さないがな。」
神様が着物姿でシュッシュとシャドーボクシングをしている。妙に様になっているのが怖い。
植物を司る神様と言う話じゃなかったのか。どう見ても喧嘩の神様だろ。
脅された俺は渋々転生した。主導権を握れないのは、当然といえば当然なのかもしれない。
相手は神様だからな。
まあ、あの空間にもう一度足を踏み入れることはないだろう。あの人のことは忘れよう。
と、言うわけで、転生した。
体の感触はやはり全然違っている。
葉っぱと幹と根っこという構成成分があることは理解できる。ぼんやりとあたりの様子も見える。
でも、動かない。動かせない。風が俺を揺らすのをただ感じるのみだ。
さわさわと揺れている。
言われていたから心構えはしていたけど、自分から動けないというこの状況はどうにも慣れない。
思考がパニックを起こしかける。それでもパニックを紛らわす方法がない。
動かす手足がないから当然かもしれない。これはひどい。
今は鋭い葉が10個ほど。体長は20cmほどのようだ。鹿なんかにとってはいい食料だろう。
食べられないようにお祈りしないと。お祈りゲーじゃん。クソゲー確定。
なんどもなんども鹿が近くにやって来て、その度に肝を冷やしていた。
林業職員をしていた頃は鋭い杉の葉は悪態のタネだった。
だが、今はこれほど感謝するものはない。所変われば変わるもんだ。
こんな硬い葉っぱなど食べなくてもいい。
周囲にもっと柔らかい葉があるのだ。
ナイス杉。よくそんな形に進化してくれた。
丸呑みにされるなんて怖すぎる。
縄文人は俺には気も止めず、狩りを繰り返していた。
人恋しくてコンタクトを取ろうとしても、手段は何もない。
まあ、縄文人の言葉は正直意味わからなかったので、手段があっても無理だったのだろう。
そんなこんなで数十年がすぎた。俺はもうすっかり木になっていた。
富士山が噴火したり、洪水があったりとなんどもひどい目にあった。
よく考えたら関東ローム層の形成ってこの時期までだった。
おかげで土地が痩せていて、効率的に栄養を運用してもなかなか伸びなかった。
場所をここに決めたの、どう考えてもバカだ。神様め。ちゃんと生育に適した土地を選んでくれ。
文句を言っても始まらない。俺は俺にできる最善を尽くしていった。
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