23 術の中心たる者

 そして村を滅ぼしたときに、火を放つ役割を引き受けたのは主に白虎の傭兵たちだった。マザーヒルズ本国の人間が『異端者の村』に近づくのをどうしても嫌がったため、急遽雇ったのだ。


 火から逃げ惑った者、火がおさまっても生きていた者の始末を彼らに任せ、この国は村をひとつ潰した。


 何故です、とカミルが問うた。何故、滅ぼしたのか?


「異端だったからだよ。この村は地租四神を崇める人間が国から逃げて、集まってできた村だ」


 地租四神――それは現在の四神ではなく、大陸に古く伝わっていた≪元の≫四神のことだ。


 大陸四神とも呼ばれるこのつ柱を崇める人々は、往々にして激しく現四神を糾弾する。彼らがどれほど現四神を嫌っているかは、その体を見ると分かるという。


 彼らは体に浮かぶ四神の《印》を焼いて潰すからだ。


「……なるほど」

 話を聞いたカミルは、さほど驚く様子もなくうなずいた。「少しはこの状況が分かりました」


 彼の体のそこかしこに火傷の痕があることに気づき、オルヴァは申し訳ない気持ちになる。自分はともかく彼は本当に巻き込まれただけだというのに、こんな目に遭うとは。


「……悪いな、俺の先祖たちのせいで」

「謝られる筋合いはありませんよ。旅をしていればたびたびあることです」

「……お前さんらどんな旅をしてんだ……?」


 呆れてそう漏らすと、カミルは珍しく少し笑った。ところで、と跳んできた火花を剣で払う。


「このループは、間違いなく朱雀の術でしょうね」

「そうだな。普通地租四神の信者は《印》の力を使わないんだが……背に腹は代えられないってことかね」

「朱雀の術なら、破るのはそう難しいことじゃないはずですね」

「……」

「術者は姿を見せませんが、ゼンとルナは術者に近しい人間でしょう。彼らの存在が現象の中心のようですから」

「……そうだな」

「なら、方法はあります」


 そしてカミルは炎の壁に向き直る。


 今回の炎は自ら動いてこちらには迫ってこなかった。何回目かのループの際には輪が縮まってきたりもしたのだが――今回は、まるで余裕を知ったかのように全く動きを見せない。


 ただ、ゆらゆらと揺らめいてこちらを挑発している。出て行けるものなら出て行ってみろとでも言うのか。炎の壁の厚さはどれくらいなのだろうか。突っ切っていくだけで散々な目に遭いそうだ。


 やれやれ、とため息をつくオルヴァと対照的に、カミルは全く呼吸を狂わせない。


「お前さん、冷静だなあ」


 思わずぼやきに似た声で言うと、振り向かないままカミルはこう答えた。やはり珍しく、笑うような調子で。


「鈍いんですよ、何せ朴念仁なもので」



 炎の壁を抜けると、どこからか、おお、という感心するような声が聞こえた。


 地面を転げ回って体についた火を消している最中、自分らに視線が集まっているのを感じた。ゼンをはじめとする彼らはもはや、隠れて眺めることすらしていない。


 ループするたび同じ言動を繰り返すのがゼンたちだったが、そういうふりをしているだけで、オルヴァたちと同じように記憶は積み重なるようだった。


 そしてこの炎のクライマックスは、彼らにとって楽しい見世物に他ならない。


「……今まで、疑問だったんですが」


 火が消え、ゆっくり立ち上がりながらカミルは低く囁いた。


「ルナが“迷い子”と戦うという場面が必ず差し挟まれているのは、あれも皮肉なんでしょうね。白虎の戦士という存在への皮肉」

「白虎への皮肉――? ってぇと」

「白虎の力の基本をご存じでしょう。我々はとどめを刺した相手の力を奪い取ることができる」


 ゼンがいる。横にルナもいる。手に例のナイフを持っていて、楽しそうにもてあそんでいる。

 カミルの抑えた声は、彼らにもきっと届いている。


 ――白虎の戦士の能力は無尽蔵。そう言われることもある。厳密には奪い取れる力のキャパシティに個人差があるため違うのだが、より多く力ある存在を始末した者が強くなるのは間違いない。とどめを刺した相手の力量も影響するが、数をこなすほうがずっと楽とも聞いた。


 そのため、子どものときから『鍛えよう』とする国も昔はあって――今は表向き、自重されるようになったのだが……


「だからこそルナはあれほど強いんです。ひょっとすると今回私たちはたまたま『火術で』報いを受けるように設定されましたが、他の人間……例えばそれこそ白虎の傭兵たちをループに落とすときには、ルナがとどめを刺す結末なのかもしれません」


 体があちこち痛む。こめかみがじんじんする。

 カミルの推測は、オルヴァにとって信じたくない話だった。彼はマザーヒルズの人間で、子どものころから鍛えるという白虎の古い習いを知ってはいても、なじみは薄い。


 まして子どもにループ世界で何度も何度も人間を始末させるなど――彼の理解の範疇を超えている。


(だが……そう、そうだ――)


 先祖の記録にあったのだ。村に数人いた、村で生まれ育ったとみられる子どもたち。

 先祖は、『彼らが一番厄介だ』と言葉を残していた。その理由は書かれていなかった。

 そしてゼンは、『』と自分で言っていたではないか。それが全員、白虎の戦士だとすれば……


 例えば他の三つ柱、青龍や朱雀、玄武に関しては、おおむね大人のほうが力が安定する。経験もものを言うし、一言で言えば、強い。

 子どものほうが強くなる可能性のある唯一の条件は、白虎であることだけだ。――


 カミルは一歩一歩ゼンたちに近づいていた。

 村人たちは逃げることもない。――そんな必要は、どこにもない。


 彼らの背後には灯り用の光球がただよっていて、一見牧歌的な笑顔を浮かべている彼らを照らしている。

 彼らの胸に巣くう復讐心も今は一時的に満たされ、オルヴァたちに対する敵意さえ見えない。――たぶん、面白いおもちゃが火の中を脱出してきた、程度でしかない。


 ルナが、わーいと嬉しげに両手を広げる。この少女は、どうやらカミルになついているようだった。

 それでも必要ならカミルに刃を向けるのだろう。とても無邪気に。


「今のは全て推論ですが。いかがですか、ゼンさん」


 ゼンたちまであと二歩。それくらい近くまで寄っても、村人たちは逃げなかった。

 オルヴァはカミルよりも数歩後ろの位置で、じっくりと村人たちの様子を観察した。


 ゼンは、裏にどす黒いものを隠した柔らかな笑顔で、

「なかなか、察しのよいお人ですな、あなたは」

 と言った。


「――……地租四神を崇めるあなたたちが、英雄四神の力をもちいて復讐する。これは矛盾なのではないですか」

「現代の方は皆そういう愚かなことを言うのです。ですが、お忘れですかな――そもそもあの四人は大陸四神の力を奪ったのですよ。従ってこの力は我らが四神のもの。そうでありましょう」


 答えるゼンの声は落ち着き払っていて、穏やかでさえあった。無知な子どもに言い聞かせるような。


「我らの持つ力は、あの四人による加護ではない。大陸四神様が我々にくださった力です。真なる神を抑え込み成り代わったあの四人に、そして目の曇った愚かな人間どもに、天罰を与えんがため」

「………」

「今は偽りのときです。いずれ真なる神が再び大陸に降りられるときがくる。そのときまで――」


 我らは生き続けるのです。――


 隠しきれない興奮が、その言葉の端ににじんでいた。

 その隣ではルナが、父の言葉にはまるで興味を示さず、ただうずうずと何かを我慢しているかのような顔をしている。


 カミルがふとルナに顔を向ける。そしてさらに近づき、ルナの頭を撫でた。

 ルナの顔がぱあっと輝いた。遊んで! と全身で表現しながら、カミルに飛びつく。満面の笑みを浮かべたまま、カミルの腰に、体ごとぶつかっていく――


「……助かりました」


 ルナの動きが、止まった。

 ゼンはまだ笑顔のままだった。カミルの淡々とした声は続く。


「……何もされないままでは、さすがにやりづらかったので」


 ルナが体を離す。その片手――ナイフを持っていた片手が、カミルに掴まれている。

 その刃先はまさにカミルに向かっていた。


「……っ、あーーーーーー!!!」


 やりたいことを邪魔され、ルナがだだっ子のように金切り声を上げる。

 そのときになってようやく、ゼンの顔に動揺が走った。ゼンの唇が何かを形作る。誰かを呼ぶ。


「魔女よ……!」


 ――ループから抜け出す方法はあるとカミルは言った。


 オルヴァにも、察しはついていた。朱雀の術は全て精神力から成る。幻覚術のたぐいは特に、長々と精神集中をせねば成立しない。


 それならば、


 カミルの手が動いた。ルナの手からナイフを奪い――そして、

 そのナイフでルナの心の臓を貫いた。

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