ヒロシ激ファイト
夕方、マルぼんが帰宅すると、家の中から妙に楽しげな家族の笑い声が聞こえてきました。
ママさんの離婚以来(正確にはマルぼんが来て以来)、明るい話題の少なかった旧姓大沼家。
どんな明るい話題があったんだろう、と急いで家に入ってみると、居間でヒロシとママさんが、見知らぬ中年男性と楽しそうに談笑しているではありませんか。
マルぼん、すぐにピンとキました。
たぶんというかおそらくというか、この男性、ヒロシの新しいパパさんにもっとも近い男でしょう。
マルぼんは「ママさんもスミに置けないな」と薄ら笑いが止まらなくなったんですが、次の瞬間、居間に集った皆さんの発言で、そんな心に秘めたるエロ心を脆くも打ち砕かれてしまったのです。
ヒロシ「え! マルぼんが2人!?」
見知らぬ中年男性「貴様! ワシのマネをして、いったい何者だ!」
ママさん「ヒロシ! 騙されたらダメ! 本物のマルぼんはさっきまであなたと話をしていた、この後藤さんよ!」
見知らぬ中年男性改め後藤さん「その通り! ワシこそが本物のマ……マルなんとかだ!」
ママさん「そうよ! この後藤さんこそ、私のパート先の上司兼マルぼんなのよ! そいつは偽者の中の偽者!」
後藤さん「そうだ! このワシこそが、君のお母さんのパート先の上司で、マ…ル……マルボーンで、君の新しいパパだ!」
ママさん「後藤さん、最後の件、まだ承諾してません……」
ヒロシ「僕とマルぼんは半年近くも同じ釜の飯を食い、泥水をすすってきた仲! どちらが偽者なのか一目瞭然さ! 偽者よ、出て行け!」
こうしてマルぼんは、帰る家を失ったのでした。ニセマルぼんにより、現在の生活を全て奪い取られたマルぼんは、ふと「偽者晒し上げ光線銃」という、現状を打破するのにピッタリな、誰かの都合でいきなり登場したとしか思えない機密道具があることを思い出し、さっそく未来デパートに注文しました。
「偽者晒し上げ光線銃」が届くまで時間がかかるらしいので、その間、マルぼんは偶然であったナウマン象に事情を話し、彼の家で世話になることになりました。
ナウマン象の家は、白い屋根と大きな庭のある一戸建でした。
そして、ナウマン象の家族は、お父さんお母さんに、おじいちゃんおばあちゃん、そしてたくさんの兄弟姉妹、みんな明るくて親切で、マルぼんを温かく迎えてくれたのです。
ナウマン象の兄弟姉妹たちは、マルぼんを元気づけるためか冗談なんかを言ってくれて、マルぼん、その温かさに心を打たれ、目頭が熱くなってしまいました。
さらに、ご馳走になった夕食は、中国に伝わるという珍しい肉料理で、これもマルぼんの傷ついた心を癒しに癒してくれた絶品でした。
マルぼん「ごちそうさま。おいしかったよ。これは何の肉なの?」
ナウマン象「うん? まぁ、珍しい肉だよ。そう。珍しい肉」
マルぼん「ナウマン象の兄弟姉妹、みんな明るくていいよね」
ナウマン象「そう? ありがとよ」
マルぼん「あれ? そういえば、ナウマン象って一人っ子じゃなかった? 前に妹が欲しいとかごねていたような」
ナウマン象「……設定が変わるって、よくあることだろ?」
マルぼん「なんか、ナウマン象の兄弟姉妹、何人かいなくなってるね。でかけた?」
ナウマン象「……」
マルぼん「ナウマン象。手に持っているの何?」
ナウマン象「ゴミだ。ゴミだよ。今から捨てに行くんだ」
マルぼん「そのゴミ。子供服だね。……血で汚れてるね?」
ナウマン象「……」
マルぼん「あ。このビデオ。『光ごけ』と『生きてこそ』。」
ナウマン象「……」
マルぼん「……さっきの肉料理、中国の料理なんだよね? 中国ってさ、飢えたときに……親が子を、子が親を」
ナウマン象「……まぁ、血や肉になって生きるっていうし」
マルぼんは、ナウマン象の家を出ました。
ナウマン象家のカリバニズムに耐え切れなくなったマルぼんは、今度はルナちゃんの家で世話になることにしました。
ルナちゃんの家は、町から少し離れた、森の中にありました。
ルナちゃん「お茶とか、どう?」
ルナちゃんが差し出してきたのは、なんか毛のようなものがたくさん入っている水でした。
ルナちゃん「それ、尊師の御髪入り聖水。飲んだら、癌が治るのよ? コップ一杯3万円もするの」
マルぼんは、隙を見て聖水をドブに捨てました。
その後も「尊師の霊力が篭った象牙のハンコ(5万円)」やら「尊師の愛が篭った開運の壺(50万円)」やら「尊師が製作総指揮をとられたアニメ(公開中)」やらの素晴らしさをトクトクと語られたり、「ヒロシくんのお母様が指示している〇〇党の議員は共産ゲリラと繋がっているから投票するな」とか「政教分離はナンセンス」とか「尊師が舵を取れば宇宙船地球号は即エルドラド」などの妄想政治談義というおもてなしを受けて、マルぼん、終始ヘコみっぱなしなんですが、この寒空を外で過ごすのは自殺行為なので、なんとか耐えることにしました。
そうこうしていると、ルナちゃんの家族紹介タイムがスタート。
ルナちゃん「これがお兄ちゃん」
そうやってルナちゃんが紹介してくれたパイロットのお兄さんはどうみてもマネキン人形でした。
ルナちゃん「お兄ちゃんは私の自慢なの。国際便のパイロットとして、いつも世界中を飛び回っていて、帰ってきたら私にたくさんのお土産をくれるのよ。そうそう。オーストラリアでアポリジニーの集落へ行ったときの話が傑作で」
お兄さんがよほど好きなのか、自慢話ノンストップなルナちゃん。でもマネキン。
ルナちゃん「これが弟の冬彦。猿轡して体をしばってるけど、別に変な意味はないよ? いたずらしたからお仕置しているの」
冬彦「た、たすけ……! 塾の帰りに拉致されて……! グムムッ」
猿轡をなんとか外して、マルぼんになにかを必死に訴えようとした冬彦くんですが、首筋になにか注射を打たれ、気絶してしまいました。
ルナちゃん「パパ……なんだけど、今体調を壊していて、あっちの部屋で治療中なの。会う?」
『あっちの部屋』からは、現在の人類では発音できないような言葉の呪文と、激しい異臭が漂ってきたので、マルぼんは丁重にお断りしました。
ルナちゃん「あとはママなんだけど……ああ、いたいた。あっちの窓の方見て」
マルぼんはルナちゃんに指示された窓の方を見ましたが、そこには誰もいません。
しばらく窓をみていると、窓のガラスの部分から、なにか赤い、血のようなものが浮き出てきました。
血のようなものは、まるで意志をもつかのように形を作っていき、その形は文字そのものでした。
血文字「い ら っ し ゃ い 。 永 遠 に ご ゆ っ く り」
マルぼんは、ルナちゃんの家を飛び出しました。
その後、なぜか体中にじんましんができ、下痢が止まらなくなりました。
ナウマン象(カリバニズム)→ルナちゃん(カルト)と来たので、マルぼん、今度は金歯(資本主義)の家で世話になるこにしました。
金歯宅は、金持ちのせいかけっこうな噂があるんですよ。「奴隷同士が死ぬまで虎とか熊とかと戦いつづける闘技場があって、月一回、上流階級の人間が集まって観戦している」とか「地下で有名女優の次男とか有名政治家の長男とかアイドルと本当の意味でのお楽しみ会をやっている」とか「水道から出るのがコーラ」とか「金歯一族の開祖の死体が冷凍保存されている」とか。
前2つの家ではトラウマを負ってしまっただけだったんですけど、今度の金歯宅、そういう噂の真意を確かめる事ができるとあって、マルぼん、ものすごく楽しみなんです。
ウキウキしながら金歯宅へ行ってみると、門の前で金歯がマルぼんを待っていてくれました。
金歯「門から自宅まで遠いからさ、この馬に乗ってよ」
金歯の言う「馬」は、どう見ても四つんばいになった女性でした。
さっそく見せ付けられた上流階級の狂った常識に、マルぼん、早速身が震えてきました。
と、その時。金歯宅の庭の方から、なにか怒号のようなものがたくさん聞こえてきました。
金歯宅のメイド「ご主人様! 一揆、一揆です!」
金歯「なに! さては、邸内の農村の連中が! 防衛隊を呼べ!」
金歯宅のメイド「ダメです! 井戸に毒が投げ込まれて、防衛隊は全滅していてます」
そうこうしているうちに、マルぼんと金歯は、クワやスキ、ナタなどの農具で武装した、農民たちに囲まれていたのです。
農民A「オラたちの作った米を返せ!」
農民B「ワシの娘は、このガキの毒牙にかかって……」
農民C「もうピラミッド(金歯の墓になる予定)造りはこりごりだー!」
そして、マルぼんたちに一斉に襲いかかる農民たち。
騒乱のなかでマルぼんは気を失ってしまい、気がついた時には金歯宅は炎に包まれ、農民たちによる大略奪が始まっていたのです。
金歯とその一族は、事切れた状態で木に吊るされていました。
噂の真相をたしかめることができず、マルぼんは残念に思いました。
途方に暮れていたマルぼんの元に、ついに『偽者晒し上げ光線銃』が届きました。
これさえあれば、あの憎んでも憎みきれないパクリ野郎のどす黒い正体を暴き、マルぼんはいつもの生活を取り戻すことができるのです。
マルぼんは『偽者晒し上げ光線銃』片手にヒロシ宅へと乗り込みました。
で、乗り込んでみると、なぜかヒロシやママさん、パクリ野郎だけではなく、ナウマン象やルナちゃん、死んだハズの金歯など、関係者がたくさんいるんですよ。
一同「ドッキリでしたー!」
なんと、今回の事件は、素晴らしい友たちのささいないたずらだったのです。
ヒロシ「驚いた? 僕が本当にマルぼんを見間違えたと思ったかいー?」
偽マルぼん「ごめんなさい、断れ切れなくて、つい引き受けてしまったのです」
ナウマン象「へへ。うちにいた子供は、親戚の子供なのさ。肉は企業秘密だけどな」
ルナちゃん「うふふ。私が崇めるのは、ギュルペペ神サマ(オリジナル神)だけ!」
金歯「一揆なんて起こるはずだろー? うちと農民の関係は良好なのさ」
こうして、偽者騒動は、楽しげに幕を閉じたのでした。
ヒロシ「ところでマルぼん。その道具はなに?」
ヒロシは、マルぼんの持っていた『偽者晒し上げ光線銃』が気になるようです。
マルぼんは「光線を浴びたものが偽者だった場合即効で爆死」という『偽者晒し上げ光線銃』を説明してあげました。
ナウマン象「おもしれえ道具じゃねえか。この中に偽者なんていないだろうが、暇つぶしに使ってみようぜ!」
ナウマン象は『偽者晒し上げ光線銃』をマルぼんから奪うと、集まっていたみんなに乱射しはじめました。
はしゃぐ一同。『偽者晒し上げ光線銃』は偽者以外の人が浴びても無害なので一安心です。
ママさん「ギャーッ!」
光線を浴びたママさんが爆死しました。
ヒロシ「あ、あの。僕の真実のママンは」
みんな目をそらしました。
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