恋人たち

「よい儲け話はありませんか? 転がっていませんか?」と、マルぼんとヒロシが夜の繁華街を歩いていると、外国人風の男性に声をかけられました。



男性「社長サン、空ヲ飛ブ気分ニナレル薬、アルヨ」



ヒロシ「間に合っているよ、そういう薬は。って、あなた、ナウマン象じゃないか」



ナウマン象「あ、バレた?」



マルぼん「こんなところでなにをしているのさ」



ナウマン象「母ちゃんが店番しとけってうるさいんだ。やらないと酷い目にあわされるし」



 ナウマン象の家がそういう商売ということをマルぼんは思い出しました。



ナウマン象「ダチにこんな体に有害な薬を売るわけにはいかねえな。じゃあな」



 去っていくナウマン象。



マルぼん「よい儲け話もなさそうだしさ、そろそろ帰ろうや」



ヒロシ「……」



 ヒロシは、壁に貼ってあったポスターを見つめたままで、返事をしてくれませんでした。



『平成の魔女狩りフェア好評実施中!!』と、ポスターには書いてありました。



マルぼん「警察のポスターだね。えっと、なになに…『ただいま微笑署では覚せい剤・麻薬追放キャンペーンを実施中! 怪しいと思う人がいたら、たとえそれが親兄弟でも容赦なく通報してください!! 有力情報には金一封が!!』だってさ」



 ヒロシは携帯電話を取り出すと、ポスターを見ながらどこかへ電話をかけはじめました。



マルぼん「ヒロシ、まさか…」



ヒロシ「金一封、明日にはもらえそうだね。明日は焼肉を食べに行こうよ」



 この普段と変わらない、なにげないやりとりが、まさかあんな事件を引き起こすことになろうとは、マルぼんは思ってもみませんでした。



 数日後。

ポリスメン「うわー殺せー」



ポリスメン「うわー死なせー」



 たいまつを持った微笑署の麻薬対策係のメンバーが、ナウマン象の母ちゃん経営の覚せい剤製造工場を襲撃しています。



ヒロシ「どうでやす? 旦那~組織が一網打尽です~げへへ~」



 対策係の部長にゴマをするヒロシ。



ヒロシ「げへへ~金一封はいついただけるでやんしょうか」



部長「おい」



ヒロシ「はい?」



部長「おまえの腕、なんか注射の跡あるんだけど。もしかして、やってたの? 覚せい剤」



ヒロシ「!!」



部長「図星って感じだな。取調室で、涙あり笑いあり血しぶきあり弁護士なしのきままなトークといこうか? 」



ヒロシ「ちが…ちがうんです! この注射の跡は、あの、血液検査の跡なんです!! 最近、動いてもないのに体重が激減して、頭がふらふらして吐血とかもして…だから検査を…」



部長「はいはい」



ヒロシ「自由のない授産施設で療養するのはいやー!! マルぼん、なんとかしてー!!」



マルぼん「はい『嘘からでた真琴』。この琴を弾けば、嘘が本当になる」



ヒロシ「それだ!!」



 ポロロン~ポロロン~♪



ヒロシ「ぶほっ」



部長「吐血した!! 本当だったのか!! 疑ってごめんね。あたい悪い子だった!」



ヒロシ「あうあうあう」



マルぼん「よかったね。本当によかったね」



部長「大団円ってやつだな、あはは」



 あうあう言っているヒロシの口に、金一封を押し込む部長。国家権力に超憧れるマルぼん。



マルぼん「ところでナウマン象は?」



部長「どうもうまいこと逃げ出したらしいな。今、近所を捜索させている」



ポリスメン「うわー」



ポリスメン「うわー」



ナウマン象「畜生…畜生!!」



 製造工場を襲撃され、ポリスメンに追い詰められるナウマン象。この町では覚せい剤が発覚=市中引き回しの上打ち首獄門です。捕まってはいけません。



ナウマン象「どこか隠れるところ…隠れるところは…あった!!」



 ナウマン象が飛び込んだのは、我らが微笑小学校。その校庭の隅にある、豚の飼育小屋でした。飼育小屋では、現在、3匹の子豚が飼育されています。



豚A「ぶひぶひ」



豚B「ぶひぶひ」



豚C「ぶひぶひ」



ナウマン象「すまねえ。おまえらの家、ちょいと借りるぜ」



 豚たちの間で身を潜めるナウマン象。しかし



ポリスメン「こっちに逃げ込んだはずだ。探せ」



ナウマン象(くっ…)



 ポリスメンたちに魔の手は、着実に彼に迫りつつありました。



豚A「ぶひ」



ポリスメン「おや、小屋から豚の声が」



ナウマン象「やばい!」



 右手で豚Aの口を塞ぐナウマン象。



豚B「ぶひ」



ポリスメン「おや、やっぱり小屋から豚の声が」



ナウマン象「やばい!」



 左手で豚Bの口を塞ぐナウマン象。



豚C「ぶひ」



ポリスメン「おや、やっぱりやはり小屋から豚の声が」



ナウマン象「やばい! ああ!!」



 豚Cの口を塞ごうとするナウマン象でしたが、彼の両手はふさがり、豚Cの口を塞ぐことはできません。



豚C「ぶひぶひ」



ポリスメン「おや? おや? おやおや?」



ナウマン象(やばい!!)



 このままで見つかってしまいます。どうするどうなるナウマン象。



ナウマン象(くそ…あれしかないか…畜生!! さようなら…)



 豚Cを抱きしめるナウマン象。



ナウマン象「さようなら、俺のファーストキス!!)



 手の代わりに、唇で豚Cの口を塞ぐナウマン象。



豚C「……!」



ナウマン象(これがファーストキス……太陽みたいな味だ、な…)



 しばらく後、ポリスメンが去ったあとも、ナウマン象は豚Cを抱きしめたままでした。そして数日後。



ナウマン象「俺、こいつと結婚するわ」



豚C「ぶひ」



一同「ええー!?」



 ナウマン象の、豚との結婚宣言は、微笑町各所に波紋を広げました。



ナウマン象ママ「きー!! 豚との結婚なんて許さないザマス!!」



 激怒するナウマン象ママ(逮捕されたけど、金という名の魔法で無事出所)



ナウマン象「母ちゃん、俺はカツ子(命名した豚の名前)を真剣に愛しているんだ。頼む、結婚を認めてくれ!!」



ナウマン象ママ「無理ザマス無理ザマス」



 結婚を反対され、激やせするナウマン象。ブックオフで買ってきた『失楽園』を読みふけり、「カツ子は川島なおみだな。血がワインだな」とわけのわからないことを言い出す始末。



 こんなナウマン象のために、なぜかヒロシが立ち上がりました。



マルぼん「この前、ナウマン象を国家権力に売ろうとしていたじゃん」



ヒロシ「あの時のことは僕も反省している。でも、僕は好きなのに愛しあうことを許されない恋愛をする人を応援しなければいけないんだ。なぜなら僕もまた、認められない愛を貫く男だから」



マルぼん「ふうん」



ヒロシ「これがその彼女さ」



女の子『べ、別にあんたのことなんて、好きじゃないんだからね』



 画面に赤面した女の子(アニメ絵)が映っているパソコンをマルぼんに見せてくるヒロシ。



マルぼん「(無視して)でも、ナウマン象はなんか気の毒だから、機密道具をだしてあげるか。『マイ法律』。このノートに書けば好きに法律を作ることができる。このノートに『異なる生物同士の婚姻もOK』とか書くと…」



ヒロシ「他の生き物と結婚できるんだね! よし、法律を盾にして、美都(お気に入りの攻略対象)との結婚を両親に認めさせるぞ!」



美都『べ、別にあんたのことなんて、好きじゃないんだからね!』



 パソコンを抱えて部屋を飛び出すヒロシ。



 他の部屋から「何を言っているんだ、このバカ!」「おまえなんて父親と認めない!」「育て方を失敗した私の罪です」「この子を殺して私も死にます!」『べ、別にあんたのことなんて、好きじゃないんだからね!』なんて声がしました。



 パソコンは生物じゃないと思いましたが、マルぼんは心に秘めることにしました。



 ここは微笑町の役所。マルぼんとヒロシは、ナウマン象とカツ子さんの入籍に付き合ってやってきました。



ナウマン象「ありがとうありがとう、心の友たちよ。入籍さえしてしまえば、お母様も納得してくれるはずだ」



カツ子「ぶひ」



ヒロシ「僕の恋は実らなかったけど、幸せになってくれよな」



ナウマン象「おう。おう。世界中の人の分まで幸せになるぜえ」



 婚姻届を提出するナウマン象。



役場の人「受理できませんね」



マルぼん「え!? でも、法律は…」



役場の人「たしかに法律は改正しましたけどね、異性物同士の結婚は可能ですけどね、同姓同士の結婚はまだ認めれられてないんですよ」



ヒロシ「ええ!?」



役場の人「その豚、オスですね」



ナウマン象「!!」



ヒロシ「『マイ法律』で同姓でも結婚できるように法律を変えよう」



マルぼん「アレな、一度しか使用できないんだ」



ヒロシ「それじゃあ…」



ナウマン象「…なぁ」



ヒロシ「なに?」



金歯「金歯の家ってさ、大奥あったよな。宦官とかも雇ってくれるよな」



ヒロシ「おまえ、まさか!!」



マルぼん「待った待った! これを使え! この薬! 3丁目の工場の裏の池から取った水を加工した薬」



ヒロシ「3丁目の工場の裏の池って言えば、魚類がなぜか性転換してしまうあの池? 近所の人が急に暴力的になって流血沙汰が異様に多くなっているあの3丁目の工場の裏にある池? 調査しようとした偉い学者さんが何者かに襲われると言う事件があったあの3丁目の工場の裏にある池?」



マルぼん「そうさ。この薬を飲んだら性転換が簡単に」



ナウマン象「こんなもんいらへんねん!!」



 薬の入ったビンをブン投げるナウマン象。



 床に叩きつけられる例の薬。ビンが砕け散り、辺りは薬でびしょびょしょに。



ナウマン象「愛があれば、性別なんて超えられるんや。こんな薬、いらん!!」



マルぼん「ナウマン象…」



ヒロシ「どうやら、ナウマン象に教えられたようやな」



ナウマン象「俺のわがままでカツ子の性別を変えるなんて、俺にはそんなことできない」



ヒロシ「なら、ナウマン象が性転換すればいいのに」



ナウマン象「!!」



 床にこぼれた薬をなめ始めるナウマン象。ナウマン象(♀)の誕生です。



 こうしてナウマン象(♀)とカツ子(♂)は無事、入籍したのでした。



ナウマン象子「2人とも、ありがと! ささやかだけど、披露宴をしたいの。近所の空き地に来て」



マルぼん・ヒロシ「わーい」



金歯「……」



役所の人「あ、坊ちゃま」



金歯「あの、ヒロシたちと一緒にいた、豚を抱いた美女は誰でおじゃる?」



役所の人「美女? ああ、坊ちゃまのご学友のナウマン象どのです。あの気色悪い生物のだした薬で女性になったんです」



金歯「萌え…」



役所の人「はい?」



金歯「ナウマン象萌えー!!」




 

 恋のルーレットは、思わぬ方向へとまわりだしました。



金歯「ナウマン象たんは、朕と結婚すべきでおじゃるから!!」



ナウマン象たん「ごめんなさい…ワタクシには愛する豚が」



カツ男(カツ子が改名)「ぶひ」



金歯「生まれて初めて好きになった人のココロが、すでに豚で満たされていた!!」



 泣きながら去っていく金歯。捨て台詞で「貴様らの人生、台無しにしてやる!!」とか言っていたんで、心配になったナウマン象たんは、いつものメンバーを招集しました。ナウマン象たんとカツ男の幸せを祝う会会合INヒロシの部屋。




ナウマン象「…というわけなの」



マルぼん「たしかに金歯はなにするかわかんないし、怖いな。ヒロシくんはどう思う?」



ヒロシ「うるさいなあ。もうすぐこのヒロインとのエンディングなんだ。黙れよ、現実世界。ごめんな、バーチャル世界のみんなー」



カツ男「ぶひ」



ルナちゃん「はい、はーい」



マルぼん「あ、ルナちゃん。今回初登場だね」



ルナちゃん「とりあえず、よくわかんない化け物と、バーチャルにしか興味を示さないバカと、豚に恋して性転換まで果たしたバカと、そんなバカにホの字の金持ちバカと、さっきから会議を覗き見している血だらけの半透明のバカが消えればいいと思います」




マルぼん「え、なに、最後の人って誰?」



ルナちゃん「さっきからそこにいるじゃない」



マルぼん「そんな人、マルぼんには見えないよ!! 怖っ」



 そんあこんなで話し合っていたら、突然、武装集団が乗り込んできました。手際よく一同を気絶させる武装集団。



 しばらくして目覚めると、そこは白い壁に囲まれた一室。



ナウマン象たん「カツ男さまがいないわ」



 一緒に拉致されたはずのカツ男の姿がありませんでした。



金歯「こちらでおじゃるよ」



一同「!!」



 ちょうどマルぼんたちを見下ろす位置にある小部屋。そこにいた金歯はなにかを食べていました。



金歯「とんかつでおじゃる」



ナウマン象たん「いやぁぁぁぁぁぁ!! いやぁ…カツ男!! カツ男ー!!」



金歯「安心するでおじゃる。このとんかつはカツ男ではないでおじゃるから」



カツ男「ぶひぶひ」



ナウマン象たん「よかった」



ヒロシ「…とんかつの匂いが漂ってくる」



ルナちゃん「おいしそうな匂い…」



金歯「うぬらは3日ほど、飲まず喰わずで眠っていたでおじゃるからな。とんかつの匂いがたまらんのは当たり前でおじゃる。ほら、そこのテーブルの上を見てみるみるでおじゃる」



マルぼん「…料理道具? それに本が置いてあるぞ。なになに『初心者でもできる!! 豚を殺すところからはじめるとんかつ作り』だって」



 一同の腹の音がなり、視線がカツ男に注がれました。



ナウマン象たん「ちょ、ちょって、みんな」



 そんなナウマン象たんの腹も「ぐー」と鳴りました。



金歯「うぬらがとんかつ作りをはじめたら、炊き立てのごはんと千切りキャベツの熱々の味噌汁、それから秘伝のとんかつソースを届けさすでおじゃる」



 一同の飢えた狼のような目が、カツ男に注がれました。



ナウマン象たん「だめだよ…カツ男は食料じゃなくて…恋人…私の…」



 でも、よだれをダラダラ流しているナウマン象たん。



金歯「好きな相手を食べてしまうナウマン象たんの表情。みものでおじゃるな!!」



ヒロシ「所詮は、人間と豚だよ…」



ルナちゃん「私、腕によりをかけるから…」



ナウマン象たん「マルぼん、なんとかして!!」



マルぼん「『擬人化光線銃』!! こいつから放たれる光線を受けたものは、なんでも人間に見えてしまう。カニバリズムな人でない限り、食欲はなくなるはず」



ヒロシ「は…!!」



ルナちゃん「私たち、こんな小さな男の子を食べようとしていたなんて…恐ろしい」



マルぼん「成功だ!!」



ナウマン象たん「……」



 ナウマン象の目が、据わっていました。



ナウマン象たん「カツ男…かわいい…かわいいよ」



 それはもう、愛に狂った女の目でした。カツ男が擬人化したことで、彼女の愛は暴走をはじめたのです。



ナウマン象たん「愛している…ひとつになりたい。身もココロも…血も……肉も………肉も!!」



 テーブルに置かれていた料理道具のなかから、巨大な肉切り包丁を手にしたナウマン象。それを思い切り振り上げて、カツ男めがけて

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