乗り物あつまれ人間どもあつまれ

 ある休日。ここは微笑町内にある、ショッピングセンターのフードコート。時刻は13時。



ヒロシ「今日もヒマやな。なんぞおもしろいことはあらへんやろか」



マルぼん「おいヒロシ。あそこに電車の時刻表とにらめっこしている奴がおるで」



ヒロシ「あれは同僚の調部くんやないか。彼は時刻表チェック専門の鉄道マニアなんや。おーい、調部くーん」



調部大冶「あ、大沼くん。奇遇やね」



調部 大冶(しらべ だいや) 株式会社 ポンポコ仏具 社員 28歳独身



ヒロシ「なにしてるん」



調部「色々な鉄道会社の時刻表と睨み合って、オリジナル乗換案内を作ってたんや」



ヒロシ「ほうほう」



調部「たとえば、大阪梅田へ行きたいとするやろ。僕らの場合やと、微笑電鉄の『微笑駅』から特急に乗って『床擦れ南口駅』まで行って、そこからJRに乗り換えるのが普通やろ?」



ヒロシ「そやな。2時間くらいかかるわ」



調部「例えば今から梅田へ行くと仮定するやろ。『微笑駅』の13:09発の『床擦れ南口駅』行きの電車に乗って、途中の『股ズレ林駅』に13時15分に着くからそこで下車する。『股ズレ林駅』のすぐ目の前にはファンタジー電鉄の『フェアリー駅』があって、そこから13:20分発の『ゴブリン駅』に乗り、途中の『エクスカリバー北口』に13時34分に着くから下車して、目の前のもっこり鉄道の13:43分発『うっふん駅』行きの乗り換えると、13時55分に『もっこり鉄道梅田駅』に着く。14時までに大阪へ行けるのや」



ヒロシ「乗り換えを駆使すると1時間も時間が短縮できるんか」



調部「まぁ、こんな感じで、あらゆる鉄道のあらゆる時間帯のあらゆる乗換を駆使して、あらゆるところへ最短時間でいける『オリジナル乗換案内』を作るのが、僕の趣味。で、つい今しがた、『オリジナル乗換案内』がようやく完成したんや!」



ヒロシ「おめっとさん。でもなんか、あんまり嬉しそうやないね」



調部「……燃え尽き症候群や。全力で作った分、最大の目標を終えてしまったむなしさがどうしようもないんや。ほかに趣味もないし、休日にやることものうなる」



マルぼん「ようするに、また新たな目標があればいいんだ。別の『オリジナル乗換案内』を作りましょ。鉄道以外の乗り替え案内を」



調部「鉄道以外の乗り換え案内?」



マルぼん「ヒロシ、君らのとこの職場、派閥争いがすごいんやろ」



ヒロシ「うん。会長の長男が社長で、次男が副社長やねんけど、この二人がすごい仲悪いんや。会長一族以外にも会社の覇権を狙う輩もけっこういて、その他にも部署毎に細かい覇権争いなんかもあってぐちゃぐちゃや」



調部「うちの部署も、課長と係長がいがみあっとる」



ヒロシ「うちは、この前まで力もっとった部長が女子社員に総スカンくろうて、今は課長の天下や。部長派やった連中は涙目」



マルぼん「そう。君ら平社員は、どの派閥が力を持ちどの派閥が衰退しているかを常に把握して、場合によっては所属している派閥から別の派閥へ乗り換えをする必要があるわけや。この乗り換えの時期を見極めるのは非常に重要なわけや……」



ヒロシ「そうそう。それが大変で……僕もえらい目にあっとる。派閥の乗り換え時期がわかる案内でもあれば……あ!」



マルぼん「そう。会社の派閥を電車に見立て、派閥から派閥へのオススメ乗り換え時期を知らせてくれる案内を作る。おもしろそうだろ」



調部「一時期鉄道以外の交通機関の乗り換え案内を作ろうかと考えたけど、いまいち燃えんかったんやけど、派閥乗り換え案内はおもしろそうや。でも、僕、自分の部署以外の人間のことはようわからん。鉄道と違って時刻表もあらへんし、乗り換え案内なんか作るの無理や」



マルぼん「心配すんな。実はな、金になるかなと思うて、君らの会社の全社員の個人情報を機密道具で集めておいたんや。ほら、このファイルみてみ」



ヒロシ「えっと、なになに。副社長派のナンバー2である山田部長が実は重篤な病気!? あんなに元気そうなのに!? 山田部長がいなくなったら、副社長派は大打撃や!」



調部「今まで日陰の身だった、第1営業部の田中課長、ひそかに外資系の大手とパイプを作っとるんか! これが判明したら、新たな派閥が出来て社内の勢力図が変わるで!」



マルぼん「そのファイルには、そんな感じの情報がたくさん載っとる。いつ、だれが、どんなことになるかが記されとる。それを使えばどの派閥がいつ力を持ち、いつ力を失うのか。わかるはず。調部さん。あんたならその情報を使って、いつどのタイミングで派閥を乗り換えたらよいかを記した『派閥乗り換え案内』を作ることができるんとちゃうかな」



調部「できる! 僕ならできるはずや! これ、借りてええか!? 鉄道の乗り換え案内を作るより面白そうや!」



マルぼん「もちろんええよ。楽しい休日を送ってや」



 そんなこんな数日後。ポンポコ仏具社内。



調部「大沼くん『派閥乗り換え案内』の試作が出来んや! このノートがそうや!」



ヒロシ「ほんまか! ちょっと見せてみぃ」



調部「僕の作った案内が正しければ、今日は絶好の派閥乗り換え時期なんや」



ヒロシ「ほうほう。うちの課長がセクハラで女子社員の信頼を失い、部長が復権するんか」



調部「『課長電車』から『部長電車』への乗り換え時期! 僕の予想通りに来ているのか!」



女子社員A「課長逝け! 女の敵!」



課長「ひょえー」



女子社員B「部長最高! 抱いて!」



部長「がはははははは!」



調部「よっしゃ!! 案内通りうまくいったでぇぇぇぇ! 最高やー!!」



ヒロシ「よかったな! よっしゃ。今夜は酒奢ったるわ。マルぼんも呼んだるさかい」


 

 その夜、某居酒屋。



マルぼん「よかったよかった。趣味が充実したようで、ほんまよかった」



調部「これもマルぼんはんのおかげや」



マルぼん「マルぼんとしてもファイルを貸したかいがあったわ。あ、でも、ひとつ約束してほしいねえやけど」



調部「なんですか」



マルぼん「そのファイルを貸したのはな、あくまで調部くんの趣味にかける情熱にほだされたからやねん。だからそのファイルの使うのは趣味の範疇に留めておいてほしいんや。会社の派閥争いをしている連中を電車に見立てただけの、単なるお遊び。実益のために使うのは止めてほしいんや。趣味と実益を兼ねへん、きっぱりと分けると約束してほしいんや」



調部「もちろんや。僕、派閥争いとか興味ないし。自分の作った案内通りにことが運べば、それだけで幸せなんや。約束なんか何ぼでもしたるわ」



マルぼん「ほな約束や。約束は破らんといてや。どうなってもしらへんで」



 数日後。



調部(ふふふふ。鈴木常務が失脚して、社長派が盛り返したみたいやな。僕の作った案内の通りや)



先輩「おい調部。なにノートを見てにやにやしてんだよ。おもしろいことでも書いてんのか? どうせまた電車乗り換え案内とか作ってるんだろ。見せてみろよ」



調部「あ、先輩困ります」



先輩「!? おい、このノートって……! いや、でもまさか」



調部「返してください! 返してくださいよ!!」



先輩「し、調部。このノートに書かれた情報、売ってくれないか!? 1ページ3万! いや、5万だす!」



調部「え!?」



先輩「お願いだ! この通り!!」



調部「だ、だめなんです。約束があって」



先輩「なんならもっと出しもいい! ほら、前に言ってたろ。『自分の作った鉄道の乗り換え案内に従って、日本一周するのが夢』だって。そのノートを売ってくれたら、その費用を全額だしてやってもいいぞ!」



調部「え!」



調部(あの『乗り換え案内』は、最短ルートのみを考慮して、運賃のことは二の次やった。だから実際に日本一周を行おうとしたら莫大の費用がかかるからあきらめとった。かなうんか。夢が。夢。夢が。夢っ)



先輩「どや!?」



調部「わ、わかりました」



 その夜。調部の自宅前。



調部「ふひひひ。新しい旅行鞄買っちまったわ」



マルぼん「調部くん」



調部「あ、マルぼんはん……」



マルぼん「約束破りはったね」



調部「あ、あれは! ご、ごめんなさい! もう二度と破らへんから」



マルぼん「もう遅い。言ったはずやで、どうなってもしらんて。君の趣味と実益はひとつになるんや」



調部「どういうことや」



マルぼん「君の鉄道趣味は、君の実生活と一体となる。会社の派閥を電車に見立てたお遊びも、君の実生活混ざり合うのだ。遊びが遊びではなくなる。遊びが現実となるのだ!!」



調部「な、なな」



 気が付くと、調部大冶は自宅ベッドにいた。昨夜のことはなんだったのか。新調した旅行鞄は部屋にあったので、夢ではなさそうだ。ぼーっとしながら時計を見てみると、時刻は朝8時。



調部「やばい! 遅刻や」



 あわてて準備をして職場へと向かう。ポンポコ仏具になんとか着いて、急いでタイムカードの置かれたところへ向かう。慌てていたので、副社長が自分の派閥のメンバーを引き連れて歩いてきていることに気が付かなかった。出会い頭に正面からぶつかる副社長と調部。副社長は思わず尻餅をついた。



副社長「いてて、誰だ! 廊下を走るやつ……って、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



 副社長が驚くと同時に、周りにいた社員たちも悲鳴をあげた。無理もない。自分とぶつかった相手が、自分たちの目の前にいた者の肉体が、いきなりバラバラとなり肉片と化したのだから。



 実況見分にきた警察たちは、いわゆる『全身を強く打った』状態の調部の遺体を見て首を傾げて言った。「まるで電車に正面からぶつかったみたい」、と。



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