リモコン

 ヒロシが自室にはいると、見慣れないリモコンが置いてありました。隅々まで調べてみると、『早送り』『スロー』などのリモコンではおなじみのボタンの他、『人間リモコン』という名称らしき文字が。



ヒロシ「ははーん。マルぼんの機密道具だな」



 名称から考えるに、これは人間を自由に操ることのできる機密道具だろうとヒロシは思いました。人に向けて『早送り』のボタンを押すと、相手はすばやく動くようになる。『スロー』を押すと、動きがスローになる。たぶん絶対、こんな感じの機密道具だろう。



 マルぼんは知人の葬儀へ行って留守。最近色々あって世界のすべてが憎くて仕方のなかったヒロシは、こいつで世間を騒がしてやろうと、アッと言わせてやろうと決意しました。『人間リモコン』を持ち。ママさんの部屋へ向かうヒロシ。



 部屋には、杉山さん(ママさんのパート先の上司。酒好きで四六時中飲んでいる。『もうすぐ新しいお父さんになるのよ』とはママさんの談。ヒロシはこいつが死ねばいいと思っています)が眠っていました。ビールの空き瓶が布団代わりのようです。



ヒロシ「杉山さん、酒の飲みすぎで四六時中フラフラしているユーに、すばやい動きをプレゼントフォーユーさ」



 杉山さんに『人間リモコン』を向け『早送り』を押すヒロシ。でも、杉山さんの動きに変化はありませんでした。イビキの感覚が早くなったり、寝ながらゴロゴロするのが早くなったりということはカケラもありません。



ママさん「ヒロくん、ダーリンになにをしているの!!」



 色恋沙汰に身を焦がし、母としての感情をなくしたママさん、ヒロシを見て激怒しました。



ママさん「またマルちゃんの機密道具ね! もうアンタたちのせいで彼氏を失うのはたくさん!!」



 包丁を振りかざすママさん。ヒロシは咄嗟に、『人間リモコン』の『停止ボタン』を押していました。動かなくなるお母さん。脈もありません。息もしていません。



ヒロシ「やっちまったぜ、尊属殺!」



 マルぼんが家に帰ると、ヒロシが「殺すつもりはなかった。今は反省している」と、ママさんを庭に埋めていました。マルぼんは大学時代は黒魔術同好会のエースだったので、得意の呪術(ヒロシの寿命を軽く消費)でママさんを復活させることに成功。自体はなんとか収束しました。



 ことの発端は、ヒロシがマルぼんの『人間リモコン』で世間を騒がそうとしたのが原因らしいです。ヒロシは『人間リモコン』の効果を勘違いしています。たしかに人間を操ることができるのですが。



マルぼん「『停止ボタン』を押すとだな、相手が本当に停止…つまり死んでしまうのさ。『一時停止』なら仮死状態」



ヒロシぶっそうな機密道具だな! じゃあ、『巻き戻し』を押したらどうなるんだよ!」



マルぼん「体感してみるかい。ほら」



『人間リモコン』をヒロシに向けて『巻き戻し』を押すマルぼん。



ヒロシ「昔は…昔はよかった…楽しかった…なんで、なんで21世紀はこんななんだ…イエスタディ・ワンスモア!!」



マルぼん「過去を振り返るようになる。で、『スロー』の効果はというと…」



ヒロシ「はやく窓を閉めて!!  空気中の有害物質が部屋にはいる!!  水道水は使わないよ、有害物質が混じっている!!  ひっ!?  この牛肉、産地が書いていない!? こんな肉は食べられないな! おい、その野菜は当然、無農薬なんだろうな! ああ、運動しないと。運動不足は体に毒だ。あ。そろそろ寝ないと。寝不足は体に毒だ!」



マルぼん「とにかく健康に気を使うようになる。健康になるということはつまり、『寿命の尽きるスピードがゆっくりになる』ということさ」



ヒロシ「ということは、『早送り』は…」



 同時刻、近所の酒場。



マスター「スギやん、飲みすぎや」



杉山「ええねん。僕、いつ死んでもええんや。死ぬまで飲む」



マスター「その飲み方、やばいって。体に毒や」



客「スギやんなぁ、今付き合っている女の連れ子がな、自分になついてくれへんのを悩んどるんや」



マスター「せやかてなぁ。ああ、スギやん、からあげにそないに塩かけたらあかんて!!」



杉山「ええねん。ええねん。死んだらええねん。僕なんて死んだらええねん。ごめんな、ごめんなヒロシくん…! 父親になれんでごめんな」



 杉山さんは、泣きながら、酒を飲み続けるのでした。

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