笑い冷血そして怒り



「おもしろい人になれる道具だせよ」とヒロシ。なんでも、クラスで一番ひょうきんなヤツが最近大人気で酒池肉林につぐ酒池肉林な毎日なのだそうで、そいつみたいになりたいのだそうです。



「そんなに皆に笑われたいのなら」と思ったマルぼんは、みらいのせかいの伝説的コメディアンの爪のアカを材料に作られた『ワラ式E型カプセル』を渡す事にしました。このカプセルを飲んだ人は笑える人間になれます。もちろん、飲めば飲むほど効果絶大。



「いいものあるじゃないか」と、ヒロシは早速『ワラ式E型カプセル』を飲もうとしたのですが、ふいにその手を止めてしまいました。



ヒロシ「いままで、みらいのせかいの薬を一度に飲んで、散々エラい目にあってきたからね。死んだり、命を落としたり、事切れたり……。用心して最初は少しだけしか飲まないことにする」



 上手にふたつに分けたカプセルの片方飲むヒロシ。



ヒロシ「これで僕は適度に笑われる人間になったハズ。ね、マルぼん」



 なぜでしょう。マルぼんにはそんなヒロシがとても愚かに見えました。なんだか哀れみさえ覚えるくらいです。



ヒロシ「なんだよ。なんでそんな慈愛に満ちた目で僕を見るんだよ、マルぼん!」



 必死。必死。ああ必死。ヒロシったら、とっても必死。ウフフ。



ヒロシ「おい、いま笑ったろ! 僕を見て、笑ったろ!」



 ウフフ。ウフウフ。滑稽。滑稽。ああ滑稽。ヒロシったら、とっても滑稽。とまらないマルぼんの薄ら笑い。なんでこんなバカなのが生きていけているんだろう。ふふふ。



ヒロシ「馬鹿にしているな! 貴様、僕を、この僕を!!」



『ワラ式E型カプセル』の効果が中途半端にでて、ヒロシは鼻先のみ笑われる人間になったのです。



 その後ひと騒動があり、マルぼんは深い傷を負い入院。ヒロシは木工技術が身につく自由のない授産施設で過ごすことになりました。そして幾度かの春が過ぎ、平穏な毎日が戻ってきたある日。



「やっぱり薬は適量を飲まなきゃダメだよね」。『ワラ式E型カプセル』をスズメの涙程度しか飲まなかったヒロシは、鼻先で笑われる人間となってしまい大反省。今度は指定された量をきちんと飲んだのでした。



 その結果、ヒロシは西で「犬が居ぬ」と言えばゲリラの爆笑を誘い、東で「馬は美味い」と言えば死刑囚の爆笑を誘い、北で「猫が寝込んだ」と言えば老人ホームで死を待つのみのお年よりの爆笑を誘い、南で「鳥がトリをつとめる」と言えば葬式会場を爆笑の渦に巻き込んでしまう人間となったのです。



ヒロシ「僕は世界で一番笑いを取れる人間になりたい」



 人々の笑顔が意識を変えてしまったのでしょうか。突然そんなことを言い出すヒロシ。『ワラ式E型カプセル』を大量に取り出すと、それを一気に飲んでしまったのです。



ヒロシ「どう!? 僕は笑える人間になったろ、マルぼん!」



 なぜでしょう。ヒロシがそう言った瞬間、マルぼんは笑いが止まらなくなってしましました。



ヒロシ「え? 僕はべつにギャグなんて言ってない…」



 プッ…フ、ハハハハハハハハハハハハハハッおもしろい! ヒロシはおもしろい!



ヒロシ「笑うなよ! 大声で笑うなよっ! 僕はなにもしていないぞっ!」



いたたまれなくなったのか外へと飛び出すヒロシ。その姿は最高におもしろく、笑いすぎたマルぼんの腹はそれはもう、オニのような激痛に襲われました。「あ、ヒロシだ。ギャハハ!」「プッ。ヒロシが走っている!」外からそんな声が聞こえてきました。



「ハハハ。ヒロシのヤツ、息をしているよ。」



「ヒロシくん生きてるわ。ウフフフ」



「ヒロシは今年で11歳? ププッ!」



『ワラ式E型カプセル』の効果は「おもしろい人間になる」ではなく「笑われる人間になる」です。『ワラ式E型カプセル』を大量に飲んだヒロシの一挙手一投足は人々の笑いを誘い、その存在はただそこにあるだけで人々の爆笑を誘うようになったのです。



 こうしてヒロシは世界で一番笑える人間になったのでした。あ、今、ヒロシの心臓が動いた。プッ。ププッ。ギャハハハハハハハハハハハハハハッ。



ヒロシ「馬鹿にしているな! 貴様、僕を、この僕を!!」



 その後ひと騒動があり、マルぼんやたくさんの人たちの居場所は草場の陰に。片手で数えられる程度の春が来た後、ヒロシの居場所も草場の陰となったのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る