枕返し! 恐怖の罠

桜井くん「マルぼん先輩、お久しぶりです」



マルぼん「桜井くん! 大学時代に入っていた『枕営業研究会』の後輩の、桜井くんじゃないか! たしか卒業式以来だよな! 今はなにやってんの?」



桜井くん「親のコネで公務員になったんですけど、夢を諦めきれなくて、退職して、専門学校へ行って、ついに資格をとったところなんです!憧れの『まくらがえし』の資格を!」



マルぼん「おお!」



 妖怪マニアの桜井くんは、大学在学中から「妖怪になりたい。大好きな『まくらがえし』になりたい。食っていきたい」と常々言っており、親の敷いたレールをちぎっては投げちぎっては投げし、ついに夢をかなえたようです。ちなみに「まくらがえし」とは、寝ている人に忍び寄り枕をひっくり返す妖怪です。



桜井くん「『まくらがえし』の組合に加入して、仕事を斡旋してもらって、4月から微笑町の担当になったんですよ。で、実はご相談がありまして……」



マルぼん「なんでも言ってごらん」



桜井くん「ありがとうございます。実は最近、業績が、めちゃくちゃ悪くなっているんです。満足に枕をひっくり返せていないんですよ。それというのも……ほら、そこで寝ている少年を見てください」



 近くではヒロシが熟睡しています。最近ハマっている漫画「魔法少女ちりめん☆じゃ子」のサブヒロイン「桜エビ子」の抱き枕をしっかりと抱きしめながら。



桜井くん「あんな感じで、枕を強く抱きしめている人がたくさんいるんですよ。よく見たら、絵柄も全部おんなじ。その少年の抱いている枕に描かれているものと、同じものが描かれているんです」


 

 『魔法少女ちりめん☆じゃ子』はアニメ化ゲーム化当たり前、CDもキャラソン中心に売れまくり人気漫画。中でもサブヒロインの「桜エビ子」は、主人公のマモルくんを一途に慕う描写や、清楚で可憐な魅力からダントツの人気を誇り、グッズはアホみたいにでております。特に抱き枕は発売されるやいなや売り切り続出の人気商品。供給が安定した現在も売れ続けており、男性の85%がオタクという微笑町で使われまくっているのも無理はありません。



桜井くん「みんながみんな枕を強く抱きしめているから、全然、枕をひっくり返せないんです。この業界けっこう厳しくて、月毎のノルマを達成しないものには、もれなく死が与えられるんです。抱き枕をひっくり返せるようにならないと、とてもじゃないけどノルマ達成は無理! なんとかなりませんかね」



マルぼん「ようするに、みんなが『桜エビ子』の抱き枕を抱きたくなくなるようにすればいいんだ。マルぼんに任せな!」



 マルぼんは家をでると、『魔法少女ちりめん☆じゃ子』の作者・かきあげ太朗先生の家へと向かいました。余裕で不法侵入して、先生とご対面。



かきあげ太朗「なんだチミは!? サインならやらぬ。やらぬぞ! そういうポリシーだからな!」



マルぼん「マルぼんの目をみな!」



 マルぼん、実は見つめた相手を自由自在に操る能力に長けております。



かきあげ太朗「きゅう」



マルぼん「次回『魔法少女ちりめん☆じゃ子』をだな、マルぼんの言うように描くんだ」



かきあげ太朗「あい」



 そして時間はながれ、『魔法少女ちりめん☆じゃ子』が好評連載中の、『月刊アシュラテンプル』の発売日。早速買ってきたヒロシ。ページを開いて阿鼻叫喚。



ヒロシ「な、なんぞこれー!?」



 清楚可憐なヒロインである桜エビ子が、実は「この世の男という男を手玉にとり、食い物にしては捨て、全てを吸い取っては殺す」という平成の毒婦だったという事実が、突如として明らかになったのです。マモルくんに好意を寄せていたのも当然演技で、マモルくんの祖父が経営する老舗旅館の乗っ取りが目的だったのです。ベッドの中で、下男の辰吉と「マモルくんを自殺に見せかけて死なす方法」を相談しているところで、次回に続く。



 すべてはマルぼんが、かきあげ太朗先生に指示したとおり。



ヒロシ「こ、こんなんあんまりや。あんまりや。殺生じゃ!」



マルぼん「見ろよ、ヒロシのあの阿鼻叫喚地獄絵図。今頃、桜エビ子に萌えていた全てのやつが、あんな感じになってるはずだぜ」



桜井くん「『あんな毒婦を抱いていられるか』と、みんな枕を抱かなくなる→ひっくり返すのが余裕になる、という寸法ですね。さっすが先輩!」



 しかし事態は思わぬ展開となりました。失望したファンは、くやしさ堪えきれず、所有していた『魔法少女ちりめん☆じゃ子』の関連グッズを次々と破壊。割ったCDをブログにアップしたり、破壊の様子を撮影して動画サイトに投稿したり、破壊した物を作者に送りつけまくったりと、やり場のない怒りをグッズにぶつけまくり。噂によると、微笑町にいる『魔法少女ちりめん☆じゃ子』ファンの95%がこのような行いをしたとか。



 抱き枕も例外ではなく、ズッタズタに切り裂かれて、作者の元へ。その数、星の如しだったと言います。「どうせみんな、抱き枕使うんだろ」と、普通の枕が一切製造されていなかったので、微笑町から一時的にひっくり返すべき枕が消えました。



 抱き枕を切り裂いた人々は当分、枕なしの人生を送ることになり(その数、微笑町民の95%)、その間にノルマ達成できなかった桜井くんは夜空の星に。



 かきあげ太朗先生は送りつけられてきたズッタズタ枕に押しつぶされて、夜空の星に。


 

 ドル箱作品の崩壊を止められなかった編集者も首になって、色々あって夜空の星に。



 ヒロシもなんか知らないけど、ついでに夜空の星に。めでたしめでたし。完。

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