自室でストーカー


ヒロシ「気づかれることなくルナちゃんの部屋で一生過ごす方法ないかしら。ベッドの下とか、タンスとタンスの隙間とかはすぐバレそうだし。あ、天井裏という手もあるね」



マルぼん「とりあえず病院行こう、な。ダイジョウブキミハオカシクナイ。ワルイノハヤサシクナイ世界」



ヒロシ「僕は本気だよ!」



マルぼん「……確かに、その目は男の目。本気のようだな」



 こういう場合、漢と書いたほうがいいかとは思いましたが、マルぼんは「漢と書いてもおとこと呼ばせない協会」の理事なので止めました。止めましたけど、ヒロシの目は間違いなく本気。そんな本気に心打たれたマルぼん。



マルぼん(思えばヒロシもかわいそうなんだ)



 「双子は不吉」という古い考えを持つ家に、運悪く双子の片割れとして生まれたヒロシ。兄であるヒロフミが跡取りとしてチヤホヤされているのとは対照的に、学校へ行く以外は家の地下に造られた特設座敷牢(広さは畳二畳ほど)で過ごすことを強いられております。そんなヒロシのせつない願い……「好きな人の部屋で生涯を送りたい。老いていきたい。死んでいきたい。朽ち果てていきたい」という願望を現実のものとすべく、マルぼんはいつものように機密道具を使用することになったのでした。



 まずはマルぼん、一個の押しピンと微笑町の地図を取り出します。んでもってその押しピンでヒロシの手を



マルぼん「ブスっと刺す!」



ヒロシ「ひぎぃー!? なにをいたすー!」



 ※ヒロシとマルぼんは特別な訓練を受けており、押しピンで刺されても痛くないし、刺しても痛くありません(心が)。普通の人は痛いはずなので、マネしないでくださいね。マネしたら、きっとおそらくロクな死に方しません。来世も、消しゴムのカスとかそんなのになるような気がします。家族の人も悲しむだろうから止めた方がいいです。家族がいない人も止めたほうがいいです。だからあなたも生き抜いて!



マルぼん「押しピンに君の血がついた。これでこの押しピンは君になったんだ」



ヒロシ「は?」



マルぼん「ヒロシ、この押しピンを地図上のルナちゃんの家に刺してみな」



ヒロシ「わかった。えっと、ルナちゃんの家はここだね。ブスっと」



 刺した瞬間、なんということでしょう。ヒロシの部屋になんかあやしげな臭いが漂いだしたではありませんか。



ヒロシ「これはルナちゃんの家で常に焚かれているお香の香りじゃないか」



 ルナちゃんは宗教上の理由から常に自室に怪しいお香を焚いており、その香りに包まれながら、世界平和と、自分たちが支持母体になっている某政党の大躍進と、自分たちの活動に否定的な人物が一族郎党ごと不幸(できれば苦しんで死ぬように)になることを願い、聖なる呪文を唱えているのです、ブツブツと。それはもう、ブツブツと。今ヒロシの部屋に漂う臭いは、まさにそのお香の香りでありました。



マルぼん「この押しピンは機密道具なんだよ」



 まずは押しピンに自分の血を付着させる。次に、行きたい場所の載っている地図を用意する。押しピンで、地図上の「行きたい場所」を刺す。すると、なんということでしょう。自分の周辺が、今現在の「行きたい場所」と同じ環境になるのです。空気の量、温度や湿度、臭い、マイナスイオンの量。そっくり同じになります。今、「行きたい場所」にいる人の体臭とかまで堪能できるのです。見栄えこそ変わりませんが、まるでそこにいるかのような気分に浸れるというわけです。



マルぼん「こんなんでも、行けないよりはましだろ?」



ヒロシ「ああ、十分さ。ルナちゃんと同じ部屋にいて、同じ空気を吸い、同じ臭いを嗅いでいるという事実さえあれば、僕はどこへでも飛んでいける。妄想という翼で、どこまでも高く飛んでいけるんだ。この空を! 色情という名の空を! アイキャンフライ! ルナちゃん、ルナちゃん、ルナちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。むう!? この臭いは、ルナちゃんの体臭かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! フォォォォォォォォォォォォォォ!!」



 こうしてヒロシは、微笑町のライト兄弟となったのでした。1人だけど。



マルぼん(よかったな、ヒロシ……!)



 しかし幸せな時は長くは続きませんでした♪



マルぼん「ん。なんだろ。なんか熱くなってきたぞ。まるで近くでなんか燃えているかのような」



ヒロシ「ルナちゃんが部屋で火を焚いたんだろ。彼女は毎日、部屋でキャンプファイアーも裸足で逃げ出すような勢いで火を焚くんだ。それを神に見立てて、祈りを捧げるんだよ」



マルぼん「そうなんだ。おまえの好きな人、頭おかしい、な」



ヒロシ「と、ところで、なんか意識が、なんか、途切れ、そうなんだけど……ぐふっ」



マルぼん「奇遇だな! マ、マルぼん……もだ……ぐふっ」



 その夜。微笑町のローカルニュースで、ルナちゃんの家が火事になったという件が報道されました。



 原因は、室内で焚いた火の不始末。幸い、死者はいませんでした。でも、半焼した家から、死後数年は経っているとみられる死体がこれでもかってくらい出てきたから、さぁ、大変! 取り調べに対し、「生き返りますから! アタシのシャクティパッドで生き返りますから!」と意味のわからない供述をしており、世間で話題になりました。



 ヒロシとマルぼんが、なにも燃やした形跡もないのに一酸化炭素中毒で死んでいるのを発見されたことは特に報じられませんでしたが、数年後、「現代のミステリー」的な扱いで某番組で紹介されて、アレコレ推理されたりして、ちょっと話題になりました。2人が生きていたことに、意味ができたのです。無駄な命などない! これで成仏できるネ! よかったネ! 完。

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